政宗「お前は黙って見てろ、ゆう」
(まさか、本当に江介さんを・・・・・・!)
静かに目を閉じた江介さんに向き合った政宗が、刀を構え、狙いを定める。
(嫌・・・・・・!)
ぎゅっと目を瞑った直後、刀が風を斬るような音が聞こえて-----・・・何かが落ちる音が響いた。
(政宗、まさか本当に・・・・・・あれ?)
恐る恐る目を開くと、江介さんの後ろにあった燭台が真っ二つに切れていた。
政宗「これで、満足か?」
江介「政宗様、何故・・・・・・」
政宗「お前はここで一度死んだ。それでいいだろ」
江介「しかし・・・・・・!」
政宗「冷静になれ、この馬鹿。お前の命を奪って、俺に何の益があるんだ。お前にはまだやるべきことが山ほどあるだろう」
江介「政宗様・・・・・・」
政宗の言葉の裏に隠れた優しさに、胸が熱くなる。刀を鞘(さや)に戻した後、政宗が凛とした眼差しで江介さんを見つめた。
政宗「下らねえことで命を粗末にするな。失態を犯したなら、今後の働きで挽回しろ。それに・・・・・・」
(わっ)
にやりと笑みを浮かべると、政宗は私の肩を抱き寄せた。
政宗「俺は、ゆうの前で人殺しはしない」
「政宗・・・」
江介「・・・・・・敵いませんね、政宗様には」
江介さんがふっと表情を緩ませ、政宗を見上げる。
江介「この度の失態は、今後の働きで必ずや挽回いたしましょう。------・・・政宗様が、そう望まれるのであれば」
政宗「わかればいい。お前の働きを、期待してる」
江介「はっ」
緊迫した空気が弱まり、江介さんが素早く立ち上がった。
江介「すみませんでした、ゆう様。お見苦しいところをお見せしましたね」
「いいえ・・・・・・」
江介「政宗様、先刻の浪人共に仲間がいないか、調べてまいります。あのような輩(やから)を、信長様のお膝元でのさばらせておくわけにもいきませんので」
政宗「そうだな、頼んだ」
精悍な顔つきに戻った江介さんが、部屋を出て行く。その様子を見送ったあと、私はそっと政宗の顔を見上げた。
「政宗、腕、離して?」
抱き寄せられたままでは動けないと思い、声をかけると・・・
政宗「もう少し、このままでいろ」
(・・・・・・あれ、なんだか)
政宗の腕に抱かれながら、響いた声色に違和感を感じた。
(いつもより、声が弱い気がする)
心配になり、政宗の顔を覗き込む。政宗はいつもと変わらないと表情をしていたけれど。ふと、脳裏に江介さんとの会話が浮かんできた。
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江介「ただ・・・・・・時々、強くあろうとするあまり、無理をかさねているように見える時があります」
「政宗が、ですか・・・・・・?」
江介「ええ。政宗様は、今まで一度も、私どもの前で弱音を吐いたことがありません。あの方は、いつもひとりで戦っているようにも思えます」
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(もしかしたら、政宗は・・・・・・今、一人で戦っているのかもしれない。そうだとしたら、私は------・・・政宗を、支えたいよ)
「政宗、大丈夫?」
政宗「何がだ?」
手を伸ばし、政宗の頬にそっと触れる。
政宗「・・・・・・ゆう?」
「・・・・・・頑張ったね」
(江介さんの前では、堂々と振舞ってたけど、大切な家臣に『殺してくれ』って言われて、なんともないはずないよね)
私の言葉に、政宗がわずかに眉を寄せた。
政宗「それは、どういう意味でだ?」
「無理、してるんじゃないかと思って」
「政宗はいつも、辛いって感情を隠す人だから」
政宗「・・・・・・なに言ってんだ」
誤魔化すように笑った政宗を、真っ直ぐに見つめる。
「政宗の顔、見てればわかるよ」
(あの時の政宗と、同じ・・・・・・)
政宗「当たったみたいだな」
「どうして、わかったの?」
(キス、して欲しいって)
政宗「お前の顔、見てればわかる。ゆうのことは、俺の方がよくわかってるからな」
(政宗自身よりも、政宗の気持ちが、わかる気がするの)
政宗と見つめ合いながら、強く、そう思った。
政宗「俺は、使命のためなら腹心だって殺せる。・・・・・・知ってるだろ」
政宗が私の髪に指先を通して、ふっと微笑む。
政宗「唯一殺せないやつがいるとしたら、お前くらいだ」
そのまま、腕の中にきつく抱きしめられた。触れた場所から感じる政宗の温もりに、心がとくんと音を立てる。
「------・・・うん、知ってる」
(政宗が、私のことを大切にしてくれていることは、痛いほどわかってる)
「でも・・・・・・政宗だって、江介さんをころしたいわけじゃないでしょう?」
胸元に頬を預けながら、静かに言葉を紡いでく。
「知らないうちに、心って削られていくものなんだよ」
(政宗が気付いていなくても、辛いって気持ちが消えるわけじゃないから------・・・)
せめて、私は政宗の心を癒せる存在でありたい。
この気持ち、わかるな。。
ただその一心で、政宗の背に腕を回し、強く抱きしめ返した。
政宗「それくらい、慣れてる。大したことじゃない。ただ------・・・」
(あ・・・・・・)
背中を抱かれ、そっと畳の上に寝かせられる。私を見下ろす政宗の瞳が、少しだけ揺らめいているように見えた。
政宗「今は・・・・・・お前の体温を感じさせろ」
「んっ・・・・・・」
片手が頬を包み、慈しむような口づけが贈られる。
(政宗の心が癒えるなら、私は・・・・・・)
「いいよ、政宗の好きにして」
政宗「・・・・・・いい返事だな」
ふっと笑みを浮かべた政宗が顔を傾けて・・・・・・先程より深い口づけに、思考が溶けていく。優しく肌をすべる指先に、胸が甘く震えた。
政宗「お前には、敵わないな」
「・・・どうして?」
政宗「まさか、やり返されるなんて思ってなかった。表情を見て、思ってることを当てるのは・・・・・・俺の得意分野なんだけどな」
(ふふ、いつも読まれてばっかりだから、たまにはいいよね)
政宗が安らいだ笑顔を見せて、私も小さく笑みを返した。
「私、ちゃんと政宗の気持ち当てられた?」
政宗「どっちだと思う?」
答え方が、オシャレ〜!政宗。
「教えてくれないの?」
政宗「知る必要も、ないだろ」
前髪を払われ、額にそっと、唇が触れる。
(さっきよりも、目が優しくなった。少しは、政宗の役に立ててたらいいな)
心が温かいもので包まれていく感覚に酔いしれていると・・・
政宗「俺の好きにしていいって言ったな。後悔してもしらねえぞ」
「しないよ・・・知ってるくせに」
(政宗になら何されても幸せだって)
政宗「ああ、知ってる。お前の気持ちも・・・・・・望んでることも、なんだってな。ひとつ残らす、今から叶えてやるよ」
「政宗の好きにして、いいんだよ?」
政宗「お前を喜ばせることが、俺のしたいことだ」
指先で私の横髪をよけた政宗の瞳が、ゆっくりと迫って・・・・・・
(政宗・・・・・・)
唇に触れた熱に心が震え、愛に溺れる夜に始まりを予感した------・・・