光秀「送ってやるついでだ。少し寄り道していくぞ」

(っ、どこに行くんだろう?)
繋がれた手にどきりとしながらもその背中を追いかけた。

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光秀さんに連れられたのは、城下町の呉服屋だった。

「あの、どうして呉服屋に・・・・・・?」

光秀「細かいことは気にするな。お前は好きに見るといい」

(よくわからないけど・・・・・・せっかく来たんだし、みてみようかな)
内心首をかしげながらも、店内を見回すと・・・------

「わっ、すごく綺麗・・・・・・」

ひとつの襟巻きに目を奪われた。
(どうしたら、こんな柄が出せるんだろう。染め方もすごく綺麗だし、どんな着物でも合わせやすそう・・・・・・!)

お針子の癖で、つい細かいところまで熱心に観察してしまう。すると、横で光秀さんが微かに笑った気配がした。

光秀「わかりやすくていいな、お前も」

「えっ?」

不意に、光秀さんが私の手から襟巻きをかすめ取る。そのまま店主のところまで歩いていき・・・------

光秀「これをもらおう」

(な、なんで・・・・・・!?)

早々と会計を済ませた光秀さんは、襟巻きを私に差し出した。

光秀「受け取れ」

「そんな悪いです・・・・・・!」

光秀「少し早い、くりすますぷれぜんとだ」

(プレゼントの話・・・・・・覚えてたんだ)

「ええっと・・・ありがとうございます・・・・・・すごく、嬉しいです」

光秀さんから襟巻きを受け取りながら、思わず頬が緩む。

(光秀さんって、本当に人のことよく見てるな・・・・・・私がわかりやすいだけなのかもしれないけど)

光秀「つけないのか?」

襟巻きに見入っていたことに気づいて、慌てて顔を上げる。

光秀「貸してみろ」

「え、あ・・・・・・」

光秀さんは、ふわりと襟巻きを取って・・・------

「っ・・・・・・!」

手を伸ばし、優しく私の首にかけた。
(わ・・・・・・指が・・・・・・っ)

首筋をかすめる指先の感触に、小さく肩が跳ねた。
(っ・・・・・・今の、気づかれたかな)

ちらりと見上げると、光秀さんとばっちり目が合って・・・

光秀「からかってくださいと言っているようなものだな」

つぶやきが届いたと同時に、指先が直に首筋をなぞる。

「ん・・・・・・っ」

くすぐったさの中に湧いてくる熱を感じて、思わず声をあげる。
(こんなの恥ずかしくて、無理・・・・・・っ)

すると、くっと笑った気配がして・・・------

光秀「できたぞ」

光秀さんはあっさり手をおろした。
(っ、またからかわれたんだ・・・・・・)

「あ・・・・・・ありがとうございます」

にやつく光秀さんの横で、いたたまれない心地のまま、私は帰路についた。

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その夜・・・------

(なんだか、今日はいろいろあったな・・・・・・)
一日の出来事を振り返りながら、借りていた羽織をたたんでいた時だった。

秀吉「ゆう、起きてるか」

(秀吉さん?)
襖の向こうから秀吉さんの声が聞こえ・・・------

「起きてるよ、こんばんは」

襖を開けて、秀吉さんを招き入れた。

秀吉「さっきまで軍議があったんだ」

「そうだったんだ! お疲れ様」

秀吉「ありがとう。お前もまだ起きてたんだな」

「うん。ちょうど今、残ってた仕事を終えたところ。お茶淹れるから、座って待ってて」

秀吉「ああ」

(あ・・・・・・そうだ、秀吉さんに羽織返さなくちゃ)
そう思いながらお茶を出していると、頬に温もりが触れ・・・------

(え・・・・・・)
秀吉さんが、片手で私の頬を包んでいた。

「っ、秀吉さん?」

(どうしたんだろう・・・・・・っ)

秀吉「頬、冷たいな。いくら火を起こしていても夜は冷える。頑張るのもいいが、無理はするな」

(心配してくれたんだ・・・・・・)

「う、うん。ありがとう」

秀吉「ああ」

(でも、急にこういうことされるのは心臓に悪い)
秀吉さんは、そのまま私の頭をぽんぽんと撫でる。

(とりあえず、落ち着こう・・・・・・)

「そういえば、今日はどうしたの?」

(こんな夜遅くに秀吉さんが訪ねてくるなんて、珍しい)

秀吉「・・・・・・お前に聞きたいことがあったんだ」

「聞きたいこと?」

秀吉「ほよの・・・・・・宿り木の話、光秀に聞いた」

(! ・・・・・・そうだったんだ)

秀吉「明日、そのくりすますなんだろ。予定はもうあるのか」

秀吉さんの真面目な声色に、胸の奥が再び騒ぎ出した。

「あ、ええっと・・・・・・特にないかな」

答えた私を、秀吉さんはまっすぐに見つめ・・・------

秀吉「だったら・・・・・・俺と行かないか」

「っ、どこに・・・・・・?」

秀吉「その、木の下だ。ほよなら、城下の外れにある」

(え!?)

「・・・・・・それ、って」

(光秀さんから話を聞いた上で誘ってくれてるってことは・・・・・・っ)
予想外だった秀吉さんからの誘いに、私はどぎまぎしてしまう。

秀吉「お前がもし、俺と行きたいと思ってくれるなら------」

答えを求めるように言葉を止めた秀吉さんから、思わず目を逸らす。

「ええっと・・・・・・」

(・・・・・・どうしよう)

秀吉「今すぐに、返事をくれとは言わない。考えておいてくれ」

「・・・・・・わかった」

なんとか答えた私に、秀吉さんは安心したように微笑んだ。

秀吉「お前を喜ばせる自信ならある。それに・・・・・・お前の唇を、あいつに譲るわけにはいかない」

「え?」

ふと、頭に浮かんだのは意地悪な笑顔だった。
(あいつって・・・・・・まさか)

秀吉「まぁ・・・・・・あとはお前次第だ。お前が俺と行ってくれるなら、明日の夕方、御殿に来てくれ」

「・・・・・・うん。考えておくね」

秀吉「ありがとな。遅い時間に押しかけて悪かった」

「ううん、嬉しかったよ」

見送ろうと一緒に立ち上がりかけふと羽織が目につく。
(あ、これ・・・・・・!)

「秀吉さん、羽織・・・・・・ありがとう」

秀吉「ああ、どういたしまして」

渡そうとすると、不意に手が触れた。
(っ・・・・・・あ・・・・・・)

触れた指先を、秀吉さんがきゅっと握る。

秀吉「じゃあな。おやすみ」

「うん、おやすみ・・・・・・」

私の指先に微かな熱を残して、秀吉さんは去っていった。

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その後------

(なんだか眠れない・・・・・・お水でも飲もうかな)
部屋を出て廊下を歩いていると・・・------

光秀「こんな夜中にふらふら出歩いて何をしてる」

「! 光秀さん。眠れなくて、お水をもらいに行こうとしてたんです・・・・・・光秀さんは軍議ですか?」

光秀「ああ。これから御殿に戻るところだ」

(夜も遅いし、あまり引き止めても迷惑だよね)

「遅くまで、お疲れ様です。じゃあまた」

光秀「待て」

(え・・・・・・?)
急いで去ろうとすると、光秀さんに手首を掴まれた。

光秀「・・・・・・」

(っ・・・・・・なんだろう)
じっと見つめられて、落ち着かない。けれど、目を逸らせずにいると------

光秀「・・・・・・秀吉に何か言われたか」

「えっ・・・・・・どうして・・・・・・」

光秀「軍議が終わった後、秀吉が真っ先にお前の部屋へ向かったからな。話の内容は・・・・・・おおよその見当がついている」

(っ・・・・・・宿り木の話、光秀さんが秀吉さんに話したって言ってたよね・・・)

光秀「それで、行くのか?」

「それ、は・・・・・・」

答えようがなくて思わず口ごもると、光秀さんの手にきゅっと力が込められた。

光秀「少し遠いが・・・・・・丘の上にその木があるらしいな」

「え・・・・・・」

光秀「行きたいのなら、俺と行くという選択肢もある」

「! どうして・・・・・・」

(光秀さんが私を誘ってくれるの・・・・・・?)
言葉の続きはうるさい鼓動に飲み込まれて、ただただ頬が熱くなった。目の前に見える、月明かりに照らし出された光秀さんの妖艶な笑みに、鼓動は治まりそうにない。

光秀「ただの気まぐれだ」

(また・・・・・・いつもみたいにからかってるんだ)
ちくりと痛んだ胸に、うつむきかけた時・・・------

光秀「明日の夜、お前が来るのを待っている。嘘だと思うのなら、その目で確かめにくるといい」

「・・・・・・っ」




光秀「・・・・・・おやすみ」

そっと私の手を離し、光秀さんはその場を後にした。

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(明日・・・・・・か)
部屋に戻った私は、思わずため息をついた。

(指先と、手首------握られたところがなんだか熱い)
急かすような余韻にそっと目を閉じて・・・------

(私が一緒に行きたいのは・・・・・・)