扇ぐと、思った以上に火が大きくなり、ばちっとはぜた。

「きゃっ・・・・・・!」

声を上げた時、後ろから強く身体を引き寄せられて------

(あ・・・・・・!)

信長「無事か」

私を守るように、信長様が腕の中に包んでくれている。

秀吉「ゆう、大丈夫か・・・⁉︎」

「うん、すんでのところで信長様が引き寄せてくれたから・・・・・信長様、ありがとうございます」

信長「礼より、火傷をしていないか確認させろ」

慈しむように、手や腕に優しく触れられる。火傷はしていないのに、その部分が熱を持った。

「あの・・・・・・本当に大丈夫ですよ?」

信長「ああ、どうやら問題はないな」

無事を確認すると、信長様は少しだけ真剣な顔で私を見つめる。

信長「だが、覚えておけ。貴様はその肌、髪の毛一本まで俺のものだ。勝手に傷をつけるのは許さん」

「っ、・・・・・・はい、気をつけます」

ドキドキして思わず素直にそう返事をすると・・・・・・

信長「秀吉、なぜ顔を背けている」

秀吉「なんとなく、邪魔してはいけないと思いまして」

顔を背けたまま、秀吉さんは真面目にそう答えた。
(そんな気を使ってたんだ・・・・・・)

信長「秀吉、余所見をしている暇があるのか。手元を見ろ」

(あ、火が消えかかってる!)

秀吉「・・・!危ないところでした。ありがとうございます」

薪が追加され、火に勢いが戻った。

秀吉「ゆう、ここは大丈夫だから、お前は火から離れてろ」

「うん」

(そう言われるのは仕方ないか・・・・・・。火傷しかけて、ふたりに心配かけちゃった)
少ししゅんとしていたところへ・・・・・・

三成「ただいま戻りました」

「三成くん、おかえりなさい」

秀吉「戻ってきたか。川には落ちなかったようでよかった」

信長「「首尾はどうだ、三成」

三成「はい、たくさん釣れました」

三成くんが見せてくれた魚籠(ぴく)の中には、魚がいっぱいだった。

「すごいね、三成くん!」

秀吉「ああ、大漁じゃないか」

三成「川の流れなどから、効率的な魚の追い込み方を考えました」

(頭のよさが、こういうところにも生かされてるんだ)

信長「三成も戻ってきて準備は整ったな。では、これより夏の宴を始める」

信長様の一声で、みんなの顔に笑みが浮かんだ------


------

秀吉「よし、芋が焼けたぞ」

三成「信長様どうぞ。ゆう様も。熱いのでお気をつけください」

「ありがとう。・・・・・・うん、ほくほくで美味しい・・・!」

信長「芳ばしい香りだ」

三成「外で焼きながら食べるのも、いいものですね」

秀吉「そうだな。あ、こら三成、ちゃんと人参も残さず食べるんだぞ」

(みんな楽しそうでよかった)
太陽の下で笑顔を輝かせるみんなを眺めていると、不意に信長様と目が合った。

信長「暑さを忘れることには成功しているようだな」

「はい、そうですね」

(信長様にも満足してもらえたみたい。でも結局、私は色々やってもらってばかりだな・・・・・・)

てきぱきと食材を焼く秀吉さんや三成くんを見て、少し寂しい気分になっていると・・・・・・

信長「ゆう。貴様がこの魚を俺に食べさせろ」

(それって・・・・・・冷ましてあーんしてたべさせろってことだよね?)

「でも、みんなの前ですよ」

信長「構わん。俺と貴様が触れあう光景ですら、安土城の奴らには見慣れたものだ」

(確かに・・・・・・)
これまでのことを思い出して、耳が熱くなった。ほぐした魚の身を箸で持ち上げ、息を吹きかける。

(まさかこんな場所で、信長様にあーんするなんて思わなかった)

「どうぞ」

そっと箸を信長様の口元へと運んだ。

信長「・・・・・・身が柔らかく、油ののった濃厚な味だ。もうひとくち寄越せ」

「はい」

信長様に魚を食べさせてあげながらくすぐったいような気持ちになっていた。その後も、食べたり飲んだりと、楽しい夏の宴が続き------・・・


秀吉「では、俺たちは先に失礼します」

三成「後は、おふたりでごゆっくりお楽しみください」

あっという間に陽が沈んで暗くなり、秀吉さんと三成くんは先に帰ることになった。

「気をつけて帰ってね」

ふたりきりになると、急に辺りの静けさが際立ったように感じる。
(秀吉さんたちがいた時は、バーベキューのことはほとんどやってもらっちゃったけど、せめてここから、信長様に何かしてあげられないかな)

「信長様、何か食べますか?」

信長「いや、もう腹は満たされた。秀吉たちが散々皿にのせてきたからな」

また何もできないことを残念に思っていると、急に肩を抱かれた。
(わ・・・・・・)

信長「それより、もっと傍に来い」

口づける時のように、信長様の端正な顔が間近に迫り、どきりとする。

「っ、信長様?」

信長「酒の相手をしろ」

「え・・・・・・」

(キスじゃなくてお酒・・・・・・?)
勘違いに気づき、顔が火照る。

「わかりました。今、注ぎますね」

信長様のお猪口(ちょこ)にお酒を注いだ。

「どうぞ」

信長「ああ。貴様も飲め」

「ありがとうございます。じゃあいただきます」

不意に、緑の香りのする夜風が肌を撫でていき、蒸し暑さを和らげてくれる。

「風が気持ちいいですね」

信長「もう大分涼しい時間だからな」

たわいない時間を楽しく思っていると・・・・・・
(あ・・・・・・)

ふわりと、黄緑色の小さな光が私たちの前を横切った。

「蛍・・・・・・?」

信長「川が近いから、迷い込んでここまで来たのだろう」

(綺麗・・・・・・集まったらもっとすごいんだろうな)
ちらりと信長様の顔を見る。

「あの・・・・・・川に行ってみませんか?」

信長「蛍の群れが見たいのか」

「はい。信長様と一緒に」

笑みを向ける私を見て、信長様は・・・・・・

信長「俺と見ることで貴様が愉しめるのなら、良いだろう。行くぞ」

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「わぁ・・・・・・」

空を舞う淡い光の群に、感嘆の声をもらした。

信長「ほう、見事だな」

「あ、奥の方がもっといるみたいですね。行ってみましょう」

上流の方に歩き出そうとすると、手を取られる。

信長「慌てなくとも、時間はある。それより足元に気をつけろ」

「はい」

しっかり握られた手はあたたかくて、さりげない優しさに、胸がきゅんとする。上流の方は、水の流れが穏やかなせいか、さらにたくさんの蛍が光を瞬かせていた。

「すごい・・・・・・綺麗ですね」

信長「これだけの数は、なかなか見られるものではないな」

(まるで光の中を歩いているみたい。こんな風景を、信長様と一緒に見られるなんて・・・・・・)
揺らめく蛍火を眺め、のんびりとふたりで歩いていく。幸せな気持ちに浸っていた時、ぽつっと頬に冷たいものが落ちてきた。

「! ・・・・・・雨?」

見上げてみると、いつの間にか流れてきた黒い雲が空を覆い尽くしている。

信長「濡れる前に天幕へ戻るぞ」

「はい。・・・・・・せっかく綺麗だったのに残念ですね」

信長「蛍を見るのは終わりだが、まだ宴は終わっていない」

「・・・!」

腰を抱かれ、信長様との距離が一気に近くなる。

信長「ここからは、貴様とふたりで夏の夜を愉しむ」