(私が、家康にして欲しいことは・・・どうしよう・・・、なんにも出てこない)
私が悩みこんでいると、隣で家康がぷっと吹き出した。
家康「いくらなんでも悩みすぎでしょ」
「だって、なかなか出てこなくて・・・」
家康「そんな厳しい顔してると疲れるよ」
あやすような仕草で、家康がぽんぽんと私の頭に手を置く。
(こうされると、ほっとする・・・私も家康に触れたいって言ったら怒るかな・・・?)
家康に触れられながら、胸に小さな好奇心が芽生えた。
「じゃあ・・・私も家康の髪に触りたい」
家康「・・・は?」
私の言葉に、家康が目を丸くする。
家康「そんなの、感謝でもなんでもないでしょ」
「やっぱりだめかな・・・?」
家康「・・・・・・けどまあ、あんたがしたいならどうぞ」
(あ、良かった)
しぶしぶ頷いてくれた家康の髪に、そっと手で触れてみる。
(わ・・・ふわふわだ。シャンプーもトリートメントもないのに)
柔らかい髪が指先をするすると滑り、その感触に夢中になってしまう。ひたすら頭を撫でていると、家康が不満げに息を吐いた。
家康「これじゃ、立場が逆だ」
「あ・・・ごめんね、嫌だった?」
家康「嫌だけど・・・あんたが楽しいならそれでいい」
(ムッとしながらも、触らせてくれるんだな)
「家康の髪って綺麗だよね」
家康「そんな褒められてもひとつも嬉しくない。それに・・・」
ふいに伸ばされた手が横髪を梳いて、頬へと触れた。
家康「あんたの髪の方が、ずっと綺麗だ」
(えっ・・・)
まっすぐに注がれる視線に、胸がぎゅっと詰まる。
「そ、そんなことないよ」
家康「そんなことあるから」
小さく呟くと、家康が髪の先に口づける。
(いきなりこういうことされると、緊張しちゃうな・・・)
「私は・・・家康の髪の方が好きだけどな」
家康「俺は嫌い」
「え、どうして?」
家康「俺の心と同じで髪の毛の質もひねくれてるんだ。おかげで、いつも寝ぐせをつけてる三成には仲間扱いされるし、いい迷惑」
少し拗ねたような態度に、ますます愛しさがこみ上げた。
「たしかに家康の心と似てるかもね。だって、触るとこんなに柔らかくて、いつまでも触ってたくなるから」
家康「っ・・・よくそんな恥ずかしいこと言えるね」
「本当のことだよ」
家康「あっそ・・・」
(意外なところで、お願い聞いてもらっちゃったな)
満足して、私は家康の髪から手を離した。
家康「・・・ほんとに、これだけでいいの」
「うん。十分だよ。ありがとう」
家康「なんか、納得いかない」
(あ・・・)
不機嫌そうな顔を見せた後で、家康が片手でそっと私の体を抱き寄せる。
家康「全然あんたを甘やかし足りない」
(家康・・・)
耳元を吐息がくすぐり、そこが淡い熱を帯びていく。
「したいことはいっぱいあるけど、今日は家康も疲れただろうし・・・」
家康「むしろ逆。あんたのその顔見てたら、疲れなんて飛んでいくから。雨も止んだし、なんなら今から出掛ける?」
「え、いいの?」
家康「今夜は月も綺麗だから。あんたが嫌じゃなければだけど」
「ううん・・・、行きたい」
家康は満足そうに微笑むと、そっと私の手を取った。
家康「じゃあ、行こう。今夜はまだ、あんたを甘やかしたい」
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家康と一緒に、夜の城下町を歩いて行く。
「雨あがってよかったね」
家康「はしゃぎすぎ。暗いから気を付けてよ」
「うん」
家康「ほら、足元」
(あっ・・・)
水たまりに気付かず足を進めかけた時、家康がそっと私の肩を抱いた。
家康「言ったそばから・・・」
「ごめん、はしゃぎすぎた」
家康「仕方ないから俺にくっついて歩きなよ。そうすればいくらでもはしゃいでいいから」
「あ、ありがとう」
(こんなふうに甘やかされるのってなんか新鮮だな)
口元に笑みを滲ませながら、家康の手をぎゅっと握り返す。
家康「さっきからなに笑ってるの?」
「家康が気遣ってくれて嬉しいなって」
家康「あんたが危なっかしいから仕方なくだよ」
「うん。それでも、嬉しいよ」
家康「・・・その割にはあんたってあんまり甘えないよね」
「そうかな?」
家康「そうだよ。もっと、俺を頼っていいから」
「え・・・?」
手を家康の腕に絡ませられ、更に体がぴったりとくっ付く。
家康「こっちの方がころばないでしょ。遠慮しないで素直に寄り添ってれば」
「うん・・・」
(あったかいな)
「やっぱり家康のそばが、一番安心するな・・・」
家康「っ・・・いきなり素直になりすぎても困るんだけど。それより、どこか行きたいところある?」
「ええっと、そうだな・・・」
(夜だから開いてるお店も限られてるし、それに・・・)
「っ・・・あ」
話している最中、私のお腹がぐう、と音を立てた。
家康「・・・お腹まで正直すぎ」
「ご、ごめん」
(どうしてこんな時に・・・)
恥ずかしさで小さくなっていると、家康がふっと微笑む。
家康「とりあえず、食事にしよう」
「うん・・・!」
家康と手を繋いで歩き出すと、それだけでますます胸が弾んだ。
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家康に誘われるまま、私達は城下の食事処へとやって来る。夜も遅いからか、店内は人もまばらで静かだった。
家康「あんた、何食べたい?」
「えっとね・・・」
家康とお品書きを覗き込みながら、何を頼もうか悩む。
家康「あんたの食べたいもの、とりあえず注文しなよ」
「うん。家康は決まった?」
家康「俺のもあんたが好きに選んでいいよ。ふたりでわけたら色んな味が楽しめるでしょ」
「え・・・いいの?」
家康「今日は特別だから」
「ありがとう・・・そういえば家康は、嫌いな食べ物はないの?」
家康「基本的になんでも食べる」
「へえ、そうなんだ・・・」
(辛いもの好きなのは知ってたけど・・・)
家康「あんたといたら、なおさら美味しく感じるのかも」
「え、どういうこと?」
お品書きから顔を上げると、家康は淡く笑みを浮かべながらこちらに手を伸ばす。
家康「あんたが美味しそうに食べてる顔が、俺にとってはご馳走だから」
(・・・っ)
指先が頬に触れて、そこが赤く火照るのがわかった。
「家康こそ、急に素直になられたら困るよ・・・」
家康「あんたのがうつった」
(すぐドキドキさせられちゃうな・・・)
照れる私を見つめる家康の顔は、いつもよりも少し楽しそうに映る。
家康「あんたに苦手なものがあるなら、今日だけは俺が食べてあげる」
「いつもはダメなんだ・・・」
家康「栄養の偏りはよくないでしょ。・・・あんたには健康でいてほしいから」
「うん・・・そうだね」
言葉の裏に隠されたささやかな優しさが、またひとつ私を笑顔にする。食事が運ばれてきても、他愛ない話し声は途切れることなく続いて行く。
「家康、さすがに唐辛子かけすぎだよ・・・っ」
家康「このくらい平気だから。心配しなくてもあんたのにはかけないよ」
「限度の問題だよ・・・」
家康「なんならあんたもかけてみる?」
「わぁ、待って・・・っ」
慌てる私を見て、家康がくすりと笑う。
家康「冗談だから。落ち着いてゆっくり食べなよ」
(こういう賑やかな夜も、楽しいな・・・家康と一緒なら)
いつもより少し特別な時間が、私達の間に流れている。心からの笑みを浮かべながら、何よりも大切なこのひと時を胸にしまい込んだ。