(家康、喜んでくれるといいな)
少しどきどきしながら部屋を訪ねると、文机に向かっていた家康が顔を向ける。
「失礼します。今、大丈夫?」
家康「うん。急に来てどうしたの?」
「今日はバレンタインデーだよ。だから家康にチョコを渡したくて」
家康「ばれんたいんでー・・・?」
「うん。好きな人にチョコを渡す日」
家康「そういえば、そんなことを佐助が言ってたね」
(あれ? なんか反応が薄いような・・・)
家康は素っ気なく呟くと、開いていた書簡へと視線を戻した。
家康「ちょこれいとなんて、別に興味ないけど」
「えっ、そうなの?」
家康「南蛮の催し事で浮かれるなんてくだらない」
「そっか・・・」
(せっかくチョコレートを作ったけど・・・興味ないなら、無理に押しつけない方がいいのかな・・・)
残念に思う気持ちを隠して、部屋を出ようとした。
「じゃあ、チョコは持って帰るね・・・。邪魔しちゃってごめん」
家康「っ・・・ちょっと待って」
(え?)
出て行こうとした私の手を、家康が引き止める。
「どうしたの?」
家康「俺、いらないなんて言ってないけど。興味ないって言ったのは、ばれんたいんでーだけだから」
(ええっとつまり・・・)
言葉の意味を考えながら、家康に身体を向け直す。
「私のチョコ、受け取ってくれるの?」
家康「当然でしょ。あんたの気持ちが込められてるんだったら、受け取らないはずない」
「・・・ありがとう」
ほっとして、手の中でチョコの包みをそっと握り締める。
家康「その包みがちょこれいと?」
「あ・・・うん」
家康「じゃあ、早くちょうだい」
家康に手を差し出されて、鼓動がかすかに速まる。
(・・・あっ)
手渡そうとした時、変な力が抜けず、チョコの包みを落としてしまった。
「ご、ごめん」
家康「別にいいけど・・・なんでそわそわしてるの?」
「ええっと、緊張しちゃって・・・」
(そ、それより大丈夫かな・・・チョコ)
不安な思いでその場に屈み、包みを開けてみると・・・
「っ・・・・・・!」
家康「あ・・・、割れてる」
(嘘でしょ・・・っ)
ハート型のチョコを真っ二つに割るように、ひびが入ってしまっていた。
「ごめん・・・・・・せっかく綺麗に出来てたのに」
家康「おおげさだな。割れたからって味が変わるわけじゃないし、そんなに落ち込むことないでしょ」
「だって・・・この型は『好き』って意味を表してるんだよ。なのにわれちゃったから・・・」
家康「割れてても関係ないよ。あんたの『好き』は俺が丸ごと食べるから、なんの問題もない」
(家康・・・)
肩を落とす私の横で、家康は涼しげな表情でチョコの包みを拾う。まっすぐな言葉が心をとらえて、胸の奥があたたかくなっていく。
家康「そんなにみつめてどうしたの。あんたも食べたいの?」
「ううん。家康のために作ったから」
家康「ふうん」
どこか嬉しそうに、家康が口元を緩ませる。
家康「じゃああげない、全部俺のだから」
「ふふ、どうぞ」
ふたりで並んで畳に座り、改めて包みを開いてみる。家康がチョコの欠片をひとつ、口に含んだ。
「どうかな?」
家康「・・・嫌いじゃない、けどあんたみたいな味がする」
「私みたい?」
家康「わかんないなら教えてあげる」
(え・・・?)
返事をする前に、家康が顔を近づけて・・・
「・・・っ」
唇が一瞬だけ、柔らかく重なった。甘い香りが口元に触れて、思わず家康を見つめ返す。
家康「呆れるくらいに甘いってこと。わかった?」
「う、うん。確かに・・・甘い」
家康「ね、甘くて・・・癖になりそう」
突然のキスにドキドキしている間に、家康はまたひとつ、チョコを口に運ぶ。
(私の方が、癖になっちゃいそうだよ・・・)
家康「にこにこしてどうしたの」
「家康とこうして一緒にいられて嬉しいなって。バレンタインに好きな人といられるだけで幸せだから」
家康「・・・単純だね」
(あ・・・)
家康がそっと腕を伸ばしてきて、私の身体を抱き寄せる。すぐそばで息遣いを感じて、頬が赤く染まるのがわかった。
家康「さっき、ちょこれいとが割れた時はこの世の終わりみたいな顔してたのに。ほんと、単純」
「そうかな・・・?」
家康「・・・まあね」
淡く笑みを浮かべると、家康が私の髪を耳に掛け、唇を寄せた。
家康「・・・そういうところも好きだけど」
「・・・・・・っ」
艷めいた声が鼓膜を震わせ、心音が大きく鳴る。
(好きって・・・)
言葉の余韻が耳に残っていて、照れくささから視線をうつむかせた。
家康「・・・聞こえなかったとか言う気?」
「ううん、聞こえた・・・」
家康「じゃあ、ちゃんとこっち見てよ」
囁いて、家康が私の片頬を手のひらで包み込む。
家康「・・・今のが、本当の気持ちだから」
「・・・・・・ん」
瞳を閉じて、口づけを受け止めた。甘味の香る唇はあたたかく、私の胸を更に熱くしていく。
(私も・・・どんな家康も、好きだから)
素直じゃないところも、見え隠れする優しさも、すべてが愛おしい。本音を心に閉じ込めたまま、私は家康の背中をぎゅっと抱きしめた。