(今日は晴れてよかったな)
雨期入り出したある日の事、私はお忍びで小国へ視察に向かう信長様に同行していた。信長様の馬の後ろに乗せられ、のどかな畔道を進んでいく。

「あっ、見てください。珍しい鳥がいます」

信長「鳥や獣くらい、どこにでもいるだろう」

わくわくする私とは裏腹に、信長様は素っ気なく返事を返してくる。

「いつもと違う風景や動物を見るのって、楽しくないですか?」

信長「まあ悪くはないな」

「そうですよね!」

信長「そうやってはしゃぐ貴様がな」

「えっ、ぁ・・・」

片手が唐突に腰を引き寄せて、思わず肩が強張る。

「な、何するんですか」

信長「事実を言ったまでだ」

(あ・・・)
目の前に広がった笑みに不覚にもドキリとしたその時・・・

???「あの、この先に行かれるのですか?」

通りすがった男の人に遠慮がちに声をかけられ、信長様は馬を止める。

信長「そのつもりだが、どうかしたか」

村人「ここ数日の雨が原因で崖崩れが起こり、この先の道が塞がれてしまっているのです」

「え、崖が・・・?」

村人「はい。私は近くの村に住んでいる者なのですが・・・ここは町へ行く唯一の道だったので、食糧を買うことや医者にかかることができず、私たちもとても困っています」

信長「なるほどな」

(どうしよう・・・私たちが通れないだけならまだしも、村の人たちのことが心配だな)

信長「何を不安そうな顔をしている」

「信長様・・・」

ふと、信長様が無造作に私の頭に手を置く。

信長「日を改めるのはたやすいことだが、貴様がそのような顔をしているのは、気に入らん。道中に邪魔が入ったならば、それを片付ければ良いだけのことだ。単純明快だ」

信長様は自信に満ちた笑みを私に向ける。

信長「俺が指揮をとる。日没までに、ここを再起させてやる」

信長様の言葉に、村人が目をみはる。

村人「そのようなことが、可能なのですか?」

信長「俺がやるからには当然だ」

村人「本当ですか、ありがとうございます・・・!それにしても、ご親切な方がふたりもいらっしゃるとは、心強いことです」

「ふたり?」

村人が促す方へ目を向けると・・・

信玄「道具の手配はできたか?・・・って、ゆう?」

(信玄様・・・⁉︎)

信長・信玄「・・・・・・」

信長様と信玄様がお互いの姿を見た瞬間、ひやりとした空気が辺りに流れる。
(っ・・・どうしよう、まさか敵将同士で鉢合わせしちゃうなんて・・・)

信長「甲斐の虎、なぜ貴様がこのような場所にいる」

信玄「俺がどこへ出かけようが勝手だ。ここはお前の領地じゃないだろう」

村人「この方は旅の最中でお疲れでしょうに、足を留めてくださったんです。災害の復旧だけでなく、病人にも手を貸してくれて」

信玄「困ったときはお互い様だ。どうせ帰り道の途中だったからな」

(そうだったんだ・・・信玄様って懐の広い人だな。困ってる人を見て、手伝いを買ってでるなんて)
思わず緊張を忘れ、信玄様の深い志に感心する。

信玄「・・・・・・それはそうと、まさか信長、お前も手伝いを?」

信長「そうだが、それがどうした」

信玄「へえ・・・意外なことだ。信長、お前は弱者の困窮になど興を引かれないだろう?おのれの意に沿わぬ者を蹴散らし、踏みにじった先にお前の野望があるのだから」

(っ・・・信玄様がこんなに怖い顔をするなんて・・・)
私は思わず身をすくめるけれど、信長様はあくまで平然としていた。

信長「俺が天下を統一した暁には、ここの村人も俺の所有する財のひとつとなる。であれば、この村に俺が助力するのは当然のことだ」

信玄「無駄だ。俺がいる限り、お前が天下を治める時は来ない」

(どうしよう・・・今にもふたりとも刀を抜きそうだ)
おろおろする私と状況のよくわかってない村人を置いて、ふたりの間に見えない火花が散る。

「あの、おふたりとも・・・」

信玄「そこにいる天女が哀れだな、お前のような魔王に目を付けられて」

(わっ)
挑発的な言葉とともに、信玄様が私の肩を片手で抱き寄せる。

信玄「いっそ俺のもとに来ないか?」

「えっ」

信長「気安く触れるな」

(あっ・・・)
間髪入れず、信長様が私の体を引きもどした。

信長「これは俺の持ち物だ、これから先もな」

(っ・・・なんで、私が取り合われてるみたいになってるの?)
どうしていいかわからず、信長様と信玄様を交互に見る。

信玄「へえ。ますます奪いがいがあるな、それは」

信長「無駄だ。潔く諦めろ」

「っ・・・おふたりとも、私の意思を無視して話を進めないでください。大体、争ってる場合ですか。困ってる人たちを助ける方が先でしょう」

信長・信玄「・・・・・・」

私の言葉を聞いたふたりは渋々争いを止めた。

信長「一理あるな。これ以上、戯言に時間を割く暇はない」

信玄「天女に免じて引いてやる。同盟を組む気なんざさらさらないが、一時休戦としゃれこもう」

(よかった・・・。どうにかなりそうだ)
状況を見守っていた村人もほっとした顔で笑顔を浮かべる。

信長「ああ。まずはこの村の地形を確認したい。人手を借りうけるぞ」

信玄「こちらはこちらで作業に入らせてもらおうか」

「私も何か、できることをさせてください」

こうして不穏ながらも、信長様と信玄様は同じ目的のため、動き始めたのだった。

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私は村の女性たちと水や食料の差し入れを用意しながら、信長様と信玄様がそれぞれ率いる二つのグループの連絡係をすることになった。
(信長様は村の男の人の半分を引きつれて、どこかに行っちゃったんだよね。あとで探しに行こう。ひとまず、崖崩れの現場で作業してる信玄様のところに差し入れを届けに行こうかな)

塞がれた道の前まで行くと、信玄様が大勢の村人の中心で、忙しそうに働いているのが見えた。

「信玄様、お疲れ様です」

信玄「ああ、ゆう、来てくれたのか」

私が近寄ると、信玄様はすぐに明るい笑顔を浮かべて振り向く。

「はい、差し入れのおにぎりと水をお持ちしました。あとで召し上がってください」

信玄「ありがとう、助かるよ」

信玄様は嬉しそうに包みを受け取ってくれた。

信玄「おーい、皆、休憩にしよう」

信玄様の呼びかけに村人たちは笑顔で応え、作業の手を止める。

村人1「はい、今積んでいる土砂だけ運んでしまいますね!」

道を塞いでいる土砂を詰めた桶が敷かれた丸太の上を転がされて、運ばれていく。

「なるほど・・・。この方法なら力のない人でも大丈夫ですね」

信玄「この村は若い者が少ないから工夫しないとな」

(そんなことにまで気を配っていらっしゃるんだな、信玄様は)
手の空いた村人たちが、次々に信玄様のもとに集まってくる。

村人2「指示された通り、急いで滑車を作りました」

信玄「おお、ご苦労。これで土砂を崖の上に運び、、崩れた箇所を補修しよう。あと領主にも報告の書状を送れ。民を助けるのは、権力を持つものの義務だからな」

村人3「はい!必ず伝えます」

(すごいな・・・みんなを惹きつけるだけじゃなくて、上手くまとめてる)
信玄様の統率力に、尊敬の念が湧く。

「私にも何か、お手伝いできることはありますか?」

信玄「ああ、ある。君の笑顔を見せて俺を励ましてくれ」

(・・・・・・え?)