会議の翌朝------

(一生懸命考えてるのに、なかなかうまくいかないな)
私はいまだに刺繍の案が浮かばないでいた。

(とりあえず、皆はどうしてるか見に行ってみよう)

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「秀吉さん、お邪魔します」

秀吉「どうした、ゆう」

三成「こんにちは、ゆう様」

最初に訪ねた秀吉さんの部屋には、三成くんの姿もあった。

「こんにちは。三成くんも来てたんだね」

三成「はい。明日の信長様への贈り物について、秀吉様と話しているところでした」
 秀吉「ゆう、もしかして敵情視察か?」

(う・・・・・・さすが秀吉さん、鋭いな」

「・・・・・・うん。どんなものを贈ればいいか迷ってて。秀吉さんは、信長様に何を贈るつもりなの?」

秀吉「俺はこれだ」

秀吉さんが箱から出して見せてくれたのは、綺麗な色の茶器だった。

秀吉「お忙しい信長様が、一時の暇を愉しめるようにな。三成も見せてやれ」

三成「はい。私はこちらを贈るつもりです」

三成くんは、分厚くて重そうな戦術書を取り出す。

三成「最近読んだ戦術書の中でも、一番ためになる内容のものです」

(茶器に、戦術書か・・・・・・二人らしい贈り物だな)

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他の皆の贈り物も気になった私は、その足で政宗の御殿を訪ねた。

「政宗は信長様に何を贈るの?」

政宗「俺は手作りの料理をふるまうつもりだ。信長様を驚かせたうえで、美味しいと言わせる料理を作ってみせる」

「料理・・・・・・っも政宗らしい贈り物だね」

(政宗の料理は美味しいし、信長様にも喜ばれそうだな)
私ももっと料理の勉強をしておけばよかったと思いながら、次に光秀さんの御殿を訪れる。

「光秀さんも信長様に、何か贈り物をされるんですか?」

光秀「ああ」

(光秀さんが信長様に誕生日プレゼント・・・・・・って、ちょっと想像できない)

光秀「贈るものはもう決めている。教えても構わないが、秀吉には内緒にしろ」

「内緒・・・・・・?」

光秀「俺は、信長様に知らせないでいた他国の機密を贈るつもりだ」

「え、機密って・・・・・・しかも黙ってたんですか?」

驚く私に、光秀さんがふっと笑う。

光秀「冗談だ。信長様には美味いと名高い酒を贈る」

(っ、からかわれた!でも美味しいお酒なら、信長様もきっと満足されるだろうな)

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そして私が最後に訪れたのは、家康の御殿だった。

家康「別に・・・・・・贈り物なんて特別用意してない」

「そうなの?広間で何か考えるって言ってたから、もう決めたのかと思ってたよ」

家康「よく考えたら、あの人が喜ぶものなんて、俺にはよくわからないし」

「・・・・・・あれは?」

部屋の端に、綺麗な包みで覆われた品を見つけて、問いかける。

家康「っ、あれは、別に・・・・・・。薬を包んだだけ」

「薬?」

家康「怪我によく効くやつを、多めに。俺はそれだけ」

(ふふ、家康もちゃんと、用意してたんだ)

「家康の贈り物、信長様はすごく喜んでくれると思うよ」

家康「だから、俺のは贈り物じゃないって。聞いてる?」

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皆の話を聞いて回った後、私は安土城へと帰ってきた。
(皆の贈り物、どれも素敵だったな。あの贈り物に負けないようなものを、私は信長様に贈る事ができるのかな)

自分はなにを贈ればいいか、益々悩んでいると・・・・・・

秀吉「こーら、何暗い顔してるんだ?」

三成「やはり心配した通りでしたね。来てよかった」

「え・・・・・・」

俯いていた私が視線をあげると、廊下に織田軍の武将たちが集結していた。

「皆、どうして・・・・・・」

家康「俺はあんたが薬草を贈り物だと勘違いしてたから、訂正に来ただけ」


光秀「真っ先に部屋を出て来たのはどこの誰だったか・・・」

家康「なっ・・・・・・」

政宗「ゆう、まだ信長様へ何を贈ればいいのか、迷ってるんだろ」

秀吉「そういう時はな、ゆう。『彼を知り己を知れば百戦あやうからず』って言うんだ」

(え・・・・・・?)

光秀「来い。信長様を観察しに行くぞ」

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(信長様を観察って・・・・・・)
皆に連れられて行った先は、信長様の部屋の前だった。

秀吉「中を覗いてみろ、ゆう。信長様がどんな方か観察するんだ」

(本当にこれで何かわかるのかな?)

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秀吉さんに促されるまま、少しだけ襖(ふすま)を開けて、中を見てみる。信長様は公務中らしく、真剣な眼差しで書簡に目を通していた。
(あんなにたくさんの書簡を、おひとりで・・・・・・)

誕生日信長様前日なのに、仕事をセーブする様子は見えない。淡々と、そして真剣に公務にあたる信長様から目が離せなかった。
(いつだって、戦や公務で忙しい信長様だからこそ、私は・・・・・・)

信長様を見ているうちに、胸の奥に熱い想いが湧き上がってくる。
(誕生日は信長様に、たくさん笑って欲しい。たとえ私のプレゼントが、信長様の一位になれなくても)

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秀吉「それで、お前は何を渡すんだ?」

信長様の部屋を後にして、廊下を歩いていると、秀吉さんが私の方を振り返って、尋ねた。

「うーん・・・・・・皆が選んだ贈り物は、どれも素敵だったから。私もあんな贈り物をしたいんだけど・・・・・・」

茶器やお酒など、皆が選んだ贈り物を思い浮かべているうちに、ふと、それぞれに共通していることがひとつあることに気付いた。
(あ・・・・・・そうだったんだ。それであんなに、皆の贈り物が素敵に思えたんだ!)

「皆、ありがとう」

三成「贈り物は決まりましたか?」

「うん!今はまだ見せられないけど、あげたいものが見つかった。用意してくる!」

笑顔で告げたゆうが振り返ることなく、廊下をかけ出し・・・・・・残された武将たちが、その背中を見送る。

秀吉「・・・・・・ったく、危ないから廊下は走るなってあれほど・・・・・・」

三成「それだけ信長様へ贈るものが見つかって、嬉しいんでしょうね」

家康「単純。答えが見つかったら一直線なところは、ゆうらしいけど」

光秀「俺たちがここまで力を貸したんだ、あいつなりの答えを出してくるだろう」

政宗「ああ。あいつが用意するもの、楽しみだな」

嬉しそうに走るゆうの背中を、武将たちは笑みを浮かべながら見送った。

慌てて部屋に戻ってきた私は、縫いかけの羽織を取り出した。

「贈るものは決まったんだから、あとは頑張るだけだよね。今から縫えば、明日には間に合うはず」

悩んでいた時とは違って、ひと針ひと針進めるのが楽しくてたまらない。
(そういえば・・・・・・!)

ひとつの考えが浮かんで、私は手を止める。

「確か、鞄に入ってたはずだけど・・・・・・」

現代から持ってきたカバーを取り出して、中からあるものを探す。
(あった・・・・・・!)

鞄の中から取り出したものを手に握りしめ、脳裏に信長様を描いた。
(忙しい信長様が、少しでも笑ってくれるなら。呆れられるくらいで、丁度いい)

楽しい考えにくすりと笑った後、私は再び刺繍の続きに取り掛かる。
(時間はあまりないけど、できるだけ丁寧に。信長様に長く着てもらえるように・・・・・・)

私は時間が過ぎるのも忘れて縫い続け・・・・・・夜明け近くに、それは完成した。

・・・・・・

そして信長様の誕生日当日------

私は畳んだ羽織を胸に抱きながら、広間へと入った。
(まだ皆は、来てないみたいだな)

けれどすでに上座には、信長様の姿があった。

信長「貴様、贈り物の用意は出来たのか」

「はい!」

明るく答えてそばへ行くと、目を細めた信長様が私の手を取った。

信長「そうか。ではこちらへ来い」

そのまま信長様の方へと引き寄せられ・・・
(あ・・・・・・)

目元に柔らかな口づけが落ちる。

「信長様・・・・・・?」

信長「悩んでいたときと比べ、よい表情になったな」

私を見つめる信長様の眼差しが優しくて、胸がきゅっと締めつけられた。

「そうですか?」

信長「ああ。貴様からの贈り物、愉しみにしている」

満足そうに笑みを濃くした信長様に向かって、頷く。
(信長様を想って縫った羽織だから、勝負にまけたとしても、後悔はないけど。信長様はどう思われるかな?)

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その後、武将たちも集まって、信長様への贈り物を披露することになった。

秀吉「では俺から、贈らせてもらいます」

信長「茶器か。よい品だ」

信長様は受け取った茶器を、気に入った様子で眺めている。

政宗「俺は海の幸をふんだんに使った料理を用意しました」

政宗が信長様の前に置いた大皿には、新鮮な刺身やアワビの焼き物、それに煮物が彩りよく盛り付けられていた。

信長「ほう、どれも味わい深い美味さだ」

そして家康は薬草を煎じた薬を、三成くんは分厚い戦術書を、光秀さんは大きな樽に入った酒を、それぞれ信長様へと贈った。
(いよいよ、私の番だな)

信長「最後は貴様か、ゆう」

「はい。私のプレゼントはこれです」

信長「『ぷれぜんと』・・・・・・?」

「あ、贈り物って意味です」

少し緊張しながら言い直すと、信長様が挑発するように口の端を上げた。

信長「そうか。ではその『ぷれぜんと』を見せてもらおう」

(今の私の精一杯の気持ちを、信長様に受け取ってもらおう)

「こちらになります」

私が差し出した羽織を信長様が受け取り、ばさりとその場で広げた。

信長「これは・・・・・・」

家康「何この刺繍・・・・・・」

秀吉「どういうことだ?ゆう」

信長様や皆の視線は、完成していない曼珠沙華の刺繍に注がれている。

三成「刺繍は見事ですが・・・・・・これはまだ制作途中ですよね?」

政宗「時間が足りなかったのか?」

光秀「もしくは、縫うのに飽きたのか」

「っ、違いますよ。飽きたんじゃありません」

信長様の視線が、手元の羽織から私へと向けられた。

信長「これは貴様なりの意図があってのことなのだな?」

「はい・・・・・・!」

(ちゃんと私の気持ちを、お伝えしよう)
私は皆の視線を感じながら、真っ直ぐ信長様へと向き合う。

「私は毎年、信長様の誕生日がくる度、この羽織に花びらを縫います」

信長「ほう?花が完成するのはずいぶん先になるというわけだな」

「はい。数十年先も、信長様と私がともに過ごしていなければ、この羽織は未完成のままです。でも・・・・・・だからこそ、良いと思いました」

私は武将の皆に見えないように、袖から『油性マジック』を取り出した。

「信長様、ちょっと手をお借りしますね」

(鞄に入っててよかった。こんな風に役に立つとは思ってなかったな)
私は信長様の手のひらに、マジックのペン先をそっと当てる。

信長「ゆう?」

手のひらに当てたペン先を走らせて、信長様の『生命線』を長く伸ばした。

信長「これは・・・・・・」

驚く信長様に、そっと笑みを向ける。

「信長様と一日でも長く、ともに過ごせるように、この乱世で、生きることができるようにと思って」

信長「ゆう・・・・・・」

ふたりだけに聞こえる声で告げた後、私は信長様から少し離れて、皆の顔を見渡した。

「皆の贈り物は、どれも素敵で、輝いて見えました」

改めて信長様に向き合い、真っ直ぐにその瞳を見つめる。

「物を贈るだけじゃ、皆には勝てないから・・・・・・私は、心を贈ります」

信長「心?」

「はい。この羽織は、信長様の未来を願って作りました。ふたりでずっと一緒にいなければ、完成しないものだから。信長様には、たくさん、生きて・・・・・・私のそばにいて欲しいです」

(私はこの羽織の刺繍が完成するずっと先まで、信長様と一緒にいたい・・・・・・この気持ちを・・・・・・信長様を想う心を、まるごと、贈りたい)

私の宣言に、黙って見ていた武将たちの眼差しが柔らかくなった。

政宗「なかなか考えたな」

家康「あんたにしては悪くないんじゃない?」

三成「素晴らしいお考えですね」

「ううん、気付けたのは皆のおかげだよ。皆の選んだ贈り物には、必ず『思いやり』があったから」

「大切なのは『何』を贈るかじゃなくて、『何』を込めるかだと思ったの」

光秀「成程な。だから、未完成の刺繍か」

秀吉「・・・・・・信長様の命を願うゆうの想いが、伝わってきたぞ」

私を見つめていた信長様が、ゆっくりと口を開く。

信長「それが貴様の贈り物か」

「はい!」

視線を受け止めて頷くと、信長様が小さく笑みを浮かべた。

信長「皆、それぞれに優れた品であった。城下の民たちから贈られたものも全て確認したが、その中から俺がたったひとつを選ぶのであれば・・・・・・」

満足そうに武将たちを見回した後、信長様の視線が私へと戻される。

信長「この未完成の羽織と、俺とともに生きようというゆうの意思を最も尊く思う」

(私・・・・・・?)

信長「人は心と気を働かすことをもって良しとするものだ。よって、今回の勝者は貴様だ、ゆう」

「っ、ありがとうございます」

秀吉「あいつには勝てないな」

政宗「ああ、異論はない」

家康「同じく」

三成「信長様への贈り物、考えるのも楽しかったですね」

武将たちが見守る中、信長様が私を抱き寄せた。

信長「貴様、褒美は何が良いのだ」

(全然、考えてなかった)

「私は・・・・・・信長様と、一緒に過ごしたいです」

(信長様の時間を少しでももらえたら、それだけで・・・・・・)

信長「ほう・・・・・・それは俺が欲しいということか」

(え⁉︎)

秀吉「こら、ゆう。それはいくらなんでも・・・・・・」

信長「良いだろう」

(っ・・・・・・)
顎をすくわれて、信長様の凛々しく整った顔が目の前に迫る。

信長「貴様への褒美は、俺自身だ」

信長様の長い指が優しく私の髪を撫でて、ついばむように唇が重なった。