政宗「別にいい。お前のわがままなら大歓迎だ」


(ほんっとうに、ずるい・・・・・・!)

政宗の笑顔にくらっとして、嬉しさと悔しさで口を閉ざし、私は抵抗するのを諦めて、あたたかい腕の檻に身を委ねた。

 

------・・・それから、数分。私が指先まですっかり温まった頃。


政宗「・・・・さて、そろそろ移動しないと、安土に戻るころには朝になるな。まずは川沿いに上流の方にさかのぼって、落ちた場所まで戻るか」


私を抱きしめてくれていた政宗が、むくりと身体を起こした。


「・・・・・・っ、そうだった、みんなきっと私たちのこと探してるよね」


私もがばりと起き上がると、政宗が手を取って立たせてくれる。


「顕如は・・・・・・捕まったのかな」


政宗「ああ。あの時、光秀豊臣秀吉秀吉が来てるのが見えた。崖っぷちで顕如に逃げ場はねえ。どっちかが捕らえただろ」


「そっか・・・・・・」


(捕まったら、やっぱり・・・・・・殺され

ちゃうのかな。あの時・・・・・・一瞬、あの人は私を突き落とすのをためらった気がする)

恐ろしい復讐鬼とはいえ、あのまま殺されてしまうのは、悲しい気がした。


政宗「なに辛気臭い顔してんだ」


「・・・・・・!」


咎めるように、つん、と鼻先を指で突かれて、はっとする。政宗は優しく目を細めて、私の頭をくしゃっと撫でた。


政宗「お前は、今はさっさと城に戻って休むことと、今朝の俺への返事でも、考えてろ」


(今朝の?)



政宗「顕如を捕まえるまでの我慢だ。顕如が捕まえられれば、恐らく今の臨時で安土に武将が集合してる状態も、解消される。そうしたら、お前、俺の城に来い」


「・・・・・・え?」


政宗「考えとけよ」



(そっか・・・・・・顕如が本当に、捕まったなら、みんな安土城から元の領地へ戻ることになるかもしれないんだ・・・・・・)

政宗と一緒に行きたい、と、出かける前に決めていたことを思い出した。


「今朝の返事なら、考える必要なんてもともとないよ。私は、政宗とずっと一緒にいたい。政宗と一緒に生きたい。」

胸にある答えは、今朝、政宗の言葉を聞いた時からずっと決まっていた。


「私を、政宗のお城につれてって」


微笑みと一緒に、政宗への返事をすると、政宗も、花がゆっくりとほころぶように、優しく微笑む。


政宗「・・・・・・ああ、連れてってやる。なにせ、もとから、手放す気なんてなかったからな」


「私も離れる気なんてなかったよ」


顔を見合わせ、ふたりで笑い合う。するとその時、耳にかすかな蹄(ひづめ)の音が届いた。


政宗「・・・・・・誰か、来たな」


「・・・・・・っ、うん」


(数も、ひとりじゃないみたい・・・・・・)

政宗と河原沿いに続く森に目を向ける。木の葉の先はまっ暗な闇に包まれていて、人の影も見えない。


政宗「織田軍の捜索部隊か、顕如の手先の残党か

・・・・・・ただの野盗か」


政宗は油断なく闇を見すえ、片手で私を背中へと隠した。


政宗「大丈夫だ、ゆう。絶対に守ってやるから

安心してろ」


「うん、わかってるよ」


(政宗と一緒なら、大丈夫)

政宗の背にかばわれて前方を見つめる。蹄の音がだんだん大きくなって、木の葉が揺れる音と共に

人影が現れた。


家康「政宗さん、ゆう・・・・・・!」


「あっ家康さん!」


政宗「なんだ、家康だったのか」


家康「・・・・・・無事だった」


馬を降り、家康さんが心底ほっとしたような声で呟く。


「探しに来てくれたんですね、ありがとうございます」


駆け寄ってお礼を言うと、ふい、と家康さんは顔をそむけてしまった。


家康「だから言ったんだ、この人のそばにいると危険だって」


そんな皮肉を言いながらも、家康さんの表情からは、ほっと安心しているような温かさを感じて、思わず笑みが浮かんでしまう。

(・・・・・・せんな風に言いながら、こうして心配して駆けつけてくれるんだから、家康さんも人のこと言えないよ)


家康さんは政宗に向き直ると、抜き身の刀を手渡した。


家康「はい、忘れ物です」


政宗「ああ、悪いなわざわざ。ちょうど、取りに行こうと思ってたところだ」


家康「・・・・・・崖から飛び降りて無傷とか、なんなんですか、人間じゃない。濁流に呑まれてそのまま海に流されればよかったんですよ・・・・・・あんただけ」


政宗「残念だったな。この川の先は海じゃなくて湖だ」


家康「じゃあ湖に沈んでしまえばよかったのに」


私に対するのと同じように、家康さんは政宗にも素っ気なく言い放つ。怒っている横顔が、本気で心配してくれていたことを伝えてくる。

(やっぱり、素直じゃないだけで・・・・・・家康さんって本当は、心配性で優しい人なんだなあ)


言い合うふたりを見つめ、改めて家康さんの人柄を垣間見た気がした。私達の無事を確認したところで、家康さんが政宗の馬の手綱を引いてくる。


家康「ほら、さっさと帰りますよ。あんたたち、びしょ濡れだし。いつまでもそうして、二人して風邪引かれたらこっちが困る」


政宗「ああ、悪いな、馬まで連れてきてもらって」


家康の引いてきた馬に、政宗がひらりとまたがる。


政宗「ゆう」


当然のように政宗に差し伸べられた手を、取ろうとしたその時、


家康「あんたはこっち」


(え?)

政宗の手をとろうとした私の腕を家康さんが掴んだ。そのまま自分の馬の方へと引き寄せると、


「わっ」


私を抱えてぐっと持ち上げ、馬上へと押し上げた。


家康「・・・・・・ちゃんと自力で座って」


「は、はい・・・・・・!」


慌てて馬の背にしがみつき、なんとかまたがると、家康さんも私の後ろに軽やかにまたがる。

(どうして急に、家康さんの馬に・・・・・・?)


政宗「何で家康の馬なんだ?」


馬を隣に並べるようにして寄せ、政宗が怪訝そうに家康さんを見つめる。


家康「今は濡れてるあんたより、俺の方が身体が温かい。ゆうは俺と一緒にいた方が温まります」


政宗「・・・・・・俺が寒いのはいいのか」


家康「あんたは別に、風邪引いても何しても、どうせ死なないでしょ・・・・・・心配かけたんだから、この程度の仕返しは多めに見なよ」


 (あ・・・やっぱり心配してくれてたんだ)

家康さんはぽつりと呟くと、前を向いたまま馬を駆けさせた。


(ここで口を挟んだら、また怒らせちゃうかな・・・・・・ありがとう、家康さん)

私はお礼を言い掛けた口を閉じて、心の中だけで呟いた。


政宗「まあ、確かに、ゆうはそこにいた方が温かいか。ちゃんと家康に寄りかかってろよ、ゆう」


怪訝そうに眉を寄せていた政宗にも、笑顔が戻り、私達は雨あがりの森を、安土城へ向かって走り始めた。


------

 

安土へ無事に帰還した夜は崩れるように眠りに落ち、翌日の朝・・・・・・------


信長「やはり、幸運を運ぶ女だな、貴様は」


秀吉さん、家康さん、政宗と共に昨日の一件を報告すると、信長様は愉快そうに笑った。


「幸運・・・・・・?」


信長「貴様が不用意にうろちょろしていた事で、図らずも、顕如の捕縛に成功した」


「私は特に、なにかをしたわけではないですが・・・・・・」


信長「だから ”幸運” だと言っている。意図して顕如にさらわれたなら、貴様は幸運の持ち主ではなく、相当の策士ということになるが、・・・・・・とてもそうは見えんからな」


(あれ、馬鹿にされてる・・・・・・?)

信長様の面白がるような眼差しをむっとしながら受け止める。


(この方に反発しても、今さら意味無いか・・・・・・)

 

「顕如は・・・・・・どうなったんですか?」


代わりに私は、誰にともなく、気になっていたことを尋ねた。


秀吉「牢に閉じ込めてある」


答えたのは秀吉さんだった。


秀吉「信長様の天下統一のその時まで、日の当たらぬ場所でおとなしくしていてもらう予定だ。生かさず、殺さずな」


(っ、じゃあ、生きてるんだ・・・・・・)

顕如が生きていたことに、なぜかほっとして息をつく。


(顕如が政宗たちにしたことは・・・・・・許せないけど)

政宗を失う恐怖にかられて、戦場に向かった私と同じように、失うことが怖くて悲しくて、一線を越えてしまって、戻れなくなった。

少しの間、話しただけだったけれど、そんな人のような気がした。


(あの人にも・・・・・・生きて、希望を見つけて欲しいな)


政宗「・・・・・・とにかく、これで、信長様の暗殺騒動は一件落着だな」


秀吉さんがぱんっと手を叩いて、明るい声で宣言した。


秀吉「今夜は祝宴だ!」