いつも通りの政宗とは正反対に、安土城へと帰る道中、私の心はずっと穏やかさを取り戻さなかった。
湖畔を後にして、数時間後。迎えに来た政宗の家臣たちの馬に乗り、私達は安土城へ帰り着いた。
(・・・・・・さっきのって、キス、だよね?)
時間が経っても、もやもやとした気持ちが治まらない。
政宗「・・・・・・わかったな、ゆう」
(何で突然、キスされたんだっけ・・・・・・?)
政宗「・・・・・・おい。聞いてんのか?」
「・・・っ、わ!」
突然、政宗に横から顔を覗きこまれ、慌てて声を上げる。
「な、なにっ?」
政宗「その様子じゃ、聞いてなかったな?」
呆れたように言うと、政宗が片腕で私の肩を抱き寄せてくる。
(・・・っ!ち、近いっ)
急に近づいたせいで、思わず形の良い唇に視線が固まってしまう。
政宗「今日はもう部屋で休め、さっさと着替えて、身体温めろ。信長様には俺から説明しておく。寒いんだろ。唇、青くなってきてる」
(・・・・・・!)
前触れなく、つ、と人差し指の先が、私の唇をなぞった。
(なんで、あんなキスした直後に、こういうことができるの・・・・・・っ?)
-------
政宗「・・・・・・ゆう、もっと普段から笑え。お前の笑顔は、可愛い」
-------
反射的にさっきのことを思い出してしまい、顔が熱を帯びる。
1. 心配しなくても・・・
政宗「なにって、お前が寒いんだろうなと」
「っ、さっきの・・・・・・」
政宗「ん?さっき、何だ?」
「・・・っ」
(わかってて聞いてる?また、からかってるの・・・・・・?)
「・・・・・・なん、でもない、です」
政宗「ふーん?なんでもないって顔じゃ、ないけどな」
政宗は相変わらず、楽しげに笑うだけで真意が読めない。
(ひょっとして私が変なの?キスされたくらいで、動揺しすぎ・・・・・・?)
ひとまず気持ちを落ち着けたくて、小さく息を吐く。その時、重大なことを思い出した。
「あっ!政宗、私、お礼できてない!」
(湖に落ちたのと、キスの衝撃で忘れてた・・・・・・っ)
政宗「礼?・・・・・・ああ、そんな話だったな」
「何すれば良かったの?今からでも間に合う?」
政宗「実は、何をしてもらうかは、特に決めてなかった」
「えっ?」
政宗「用を済ますついでにお前を連れて行ったら、何か面白いことになりそうだと思っただけだ。結果はまあ・・・・・・満足とまでは行かないが、合格だ。次は、俺を満足させられるといいな?」
艶めいた声で囁きながら、政宗は私の髪にそっと指先を絡めた。
(あ・・・・・・っ)
政宗「期待、してるぞ」
「・・・・・・っ」
す、と髪をすくと、政宗は何事もなかったように笑みを浮かべる。
政宗「じゃあな。明日も、閉じこもらないでちゃんと外に出ろよ」
私の頭をぽんぽんと撫でると、政宗は先に城内へ入っていった。ひとりになっても、まだ胸がドキドキと音を立てている。
(・・・・・・やっぱり、私が変なんじゃない。あんなキスしたくせに平然としてる政宗の方が、変だよ・・・・・・っ)
----------
----それから数日、私は安土城で、忙しくも平穏な日々を過ごしていた。
(火薬も槍も、不足しているのもはなし、と)
三成「ゆう様。お勤めご苦労さまです」
「三成くん、秀吉さん」
秀吉「今日は武具の点検か、精が出るな」
三成「ここ数日、あちこちで仕事して回っていらっしゃるようですね。書庫やお針子部屋でも、ゆう様のお姿をよく見かけます」
「うん、城内の人達には、お世話になってるし・・・・・・信長様の言付(ことづけ)がない時は、いろんなこと、手伝わせてもらってるの」
(今日の武具点検は、もちろん信長様のご命令だけど・・・・・・)
三成「先日もお針子さん達が、すごく喜んでいましたよ。貴女は縫い物がとても上手で、知らない事をたくさん教えてくれると」
秀吉「お前の飾る花も評判だな。色づかいがいいって」
「そうだったんだ、知らなかった」
(どっちも好きでやってることだけど・・・・・・褒められると、嬉しいな)
少しずつここでも役に立てている気がして、つい口元がほころぶ。
三成「・・・・・・ゆう様が楽しそうで、何よりです」
「えっ・・・・・・?」
秀吉「ま、思ったより役に立ってて何よりだ。その調子で、これからも信長様に尽くせよ」
「あ、はい・・・・・・ありがとうございます」
武器庫を出て行くふたりを見送り、今しがたもらった言葉を繰り返す。
(・・・・・・ ”楽しそう” 、”役に立ってる” ・・・・・・か)
湖畔で政宗から言われたことが胸に浮かんだ。
---------
政宗「生まれたからには、全力で生きることを楽しむべきだ。命ある限り、自分自身の信条に恥じない生き方をするべきだ。そうしないと、絶対に後悔する。それに怖がって隠れてても、楽しんでても、どうせ腹は減る。」
---------
(--------政宗が、ああ言ってくれたから。この時代でも自分なりに、できることから始めようって思えたんだっけ・・・・・・)
政宗への感謝の気持ちが湧き上がる。けれど同時に・・・・・・
-------
政宗「・・・・・・ゆう、もっと普段から笑え。お前の笑顔は、可愛い」
-------
(-----・・・っ)
忘れようとしていたキスも思い出して、顔が一気に熱くなった。
(感謝はしてるけど、次に会ったら絶対、文句言ってやる・・・・・・)
-----
安土城内で、ゆうが文句のひとつも言ってやると決意を固めた頃。政宗の御殿では、軍備の相談をしに家康が訪れていた。
家康「----ですので、俺はあと数十名、兵を呼び寄せようかと・・・・・・」
政宗「んー・・・・・・」
政宗は縁側に腰掛け、照月の首元を撫でている。
気のない返事をする政宗に、家康が眉を寄せた。
家康「・・・・・・聞いてるんですか、政宗さん」
政宗「ああ、聞いてる聞いてる」
家康「嘘つかないでください。真面目に話してる時に、何考えてたんですか」
政宗「そう怒るな、家康。こいつ抱えて怒鳴りこんできた女がいたのを、思い出してただけだ」
悪びれず答える政宗を睨むと、家康は呆れたように乾いた息を吐く。
家康「・・・・・・政宗さんが女の話をするなんて、珍しい。本当に気に入ってるんですね、ゆうのこと」
政宗「まあな。出会い頭に叱られるわ、素手で大名捕まえてみせるわ、終いには湖に落とされる始末だ。そりゃ、気に入りもするだろう」
照月の顎をくすぐりながら、政宗はくっくっと楽しげに喉を鳴らした。
家康「・・・・・・政宗さんが自分の欲望に忠実なのは知ってますけど。素性がわからない女に深入りするのは、よくないんじゃないですか」
政宗「あいつが何者だろうと、俺の知ったことじゃない」
家康「無駄な情けはかけない方が、と言ってるんです。もし、敵だったり、俺達の足を引っ張ったりしたら・・・あの女、始末できるんですか?」
-----その問いかけに、政宗の表情からふっと穏やかさが失せた。
政宗「・・・・・・俺に、それを聞くのか?」
政宗の眼が、すう、と冷たく細められる。
照月が威嚇(いかく)するように毛を逆立てた。
政宗「・・・・・・何だお前、まだ主人に向かって生意気な態度を取るのか?」
家康「・・・・・・怖がってるんですよ、あんたを」
政宗「つれないな」
冷たい眼差しのまま、照月の喉を撫でる政宗をじっと見つめると、家康は、ため息交じりに肩をすくめた。
家康「・・・・・・さっきのは、愚問でした。聞き流してください」
---------
翌日、信長様の呼び出しを受けて、私は広間へ向かっていた。
(広間ってことは、またみんな集まってるのかな。もしかしたら、政宗も・・・政宗と会うの、湖に落ちて以来だ。次にあったら、文句言ってやらないとって思ってたけど・・・・・・)
広間へと一歩足を進めるごとに、心臓の音がうるさくなる。
「・・・・・・なんでこんなに、緊張しないといけないの」
「失礼します」
(あ・・・・・・やっぱり、みんなそろってる)
襖を開けると、すでに皆が膝を突き合わせて話し込んでいる所だった。
秀吉「-----それは誠ですか、信長様」
信長「ああ。その地に放っていた間者(かんじゃ)が掴んだ情報だ。武田信玄の家臣である真田幸村が、安土に潜伏していると」
(・・・・・・真田幸村?)
広間に入るなり、どこか聞き覚えのある名前が耳に飛び込んできた。
(真田幸村、って、・・・・・・たしか皆と同じ、この時代の武将だよね。 ”潜伏” ってことは、・・・・・・みんなにとっては、敵なのかな?)
政宗「幸村が来ているのか。そいつは是非手合わせ願いたいな」
(あ・・・・・・政宗)
広間に響くやけに楽しげな声に、ドキッと心臓が跳ねる。意識的に政宗から目を逸らしつつ、広間の末座に腰を下ろす。
光秀「聞くところによれば、幸村は忍びも連れているらしい。情報が漏れないよう、注意が必要かと」
信長「まあ、探られるだけで、黙っていられる貴様らではあるまい。幸村の首をあげられれば、敵の戦力を大きく削げる。機があれば、逃すな」
(首って・・・・・・また、物騒な話だな)
光秀「ゆう」
「はいっ?」
突然光秀さんに呼ばれ、慌てて背筋を伸ばす。
光秀「お前も、すでにこちらの陣営の内情に詳しい。お前の持っている情報を狙って襲ってくるかもしれん。重々、注意しろよ」
(え・・・・・・私が?襲ってくるって、つまり・・・・・・)
以前、大名に斬りかかられた時のことを思い出して、ぞっと背筋が凍る。
「はい・・・・・・気をつけます」
信長「戌(いぬ)の下刻(げこく)に、場を改めて軍議を開く。それまで待機していろ」
信長様の言葉を合図に、一旦その場はお開きとなった。各々がその場から立ち上がり、動き出すのを傍観していると------
(あっ)
ふいに政宗と目が合って、反射的に顔を伏せてしまった。
(文句言ってやる、とか意気込んでたくせに、何やってるんだろ・・・・・・)
政宗「こら。なあに露骨に目ぇ逸らしてんだ」
( ! ? )
その声に顔を上げると、政宗が可笑しそうにこちらを見下ろしていた。
政宗「久しぶりに会ったのに、挨拶のひとつもなしか?」
「こ・・・・・・こんにちは」
政宗「なんだ、それ」
(だめだ・・・・・・。文句言うタイミング、完全に逃した)
間抜けな返答に、我ながらため息がこぼれ落ちる。
政宗「にしても、幸村が安土に来てるとはな」
「・・・・・・政宗、嬉しそうだね」
政宗「まあな。敵の懐に飛び込んで偵察なんて、面白いことをしてくれる。その畳(たたみ)の下に、すでに忍びでも仕掛けてたりしてな」
「えっ!嘘⁉︎」
政宗「隙を見せるなよ、ゆう」
「ま、待って・・・っ」
楽しげに笑いながら広間を出て行く政宗を、慌てて追いかける。
(うっかり忍びに斬られるなんて、冗談じゃないよ・・・・・・)
政宗「幸村と手合わせができるのも、そう遠くなさそうだ」
隣を歩く政宗は、青ざめる私とは裏腹に、獰猛な笑みを浮かべている。
(手合わせなんて・・・・・・何が楽しいんだろう)
「政宗は、ちょっとは怖いとか、思わないの?」
政宗「何だゆう、怖いのか」
「怖いよ、もちろん。敵と会ったら、死ぬ気で逃げるくらいしかできないし」
政宗「へえ。弱気だな」
「だって・・・・・・」
頷くのと同時に、政宗が隣から私の顔を覗き込む。
(・・・・・・え?)
そのままごく自然な動作で、かすめるように唇を奪った。突然のことに驚いて、つい足が止まる。
「っ、なにしてるの・・・・・・⁉︎」
政宗「油断してたお前が悪い」
(っ・・・・・・!)
うろたえる私を見つめ、政宗はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
政宗「顔色、良くなったな」
「油断してたからって、普通は理由もなくキス・・・・・・口づけなんてしないよ」
政宗「理由ならある。お前が不安そうな顔してたからだ」
「・・・・・・っ、口で言えば、いいじゃない」
政宗「言葉で大丈夫だって言われても、余計不安になるだけだろ?」
(そうじゃなくて・・・・・・)
なだめるようにくしゃくしゃと髪を撫でてくる手を、軽く振り払う。
「私が言ってるのは・・・、簡単に口づけなんて変だってこと。湖に落ちた時だって、いきなりだったし」
政宗「湖?・・・・・・ああ。あの時は、お前の笑顔が可愛かったからだって言わなかったか?」
「言われた・・・・・・けど」
噛み合わない会話に、次の言葉が出てこない。
(不安そうだったから、とか可愛かったからとか・・・。よくそんな口説き文句みたいな理由、平然と言えるな・・・・・・)
じわじわと頬が熱くなってきて、徐々に視線が下がっていく。
政宗「なにむくれてんだ。まだ何か気に入らないのか?」
俯いた顔を両手で包むと、政宗がゆっくりと仰向けさせてくる。
政宗「いまの口づけが気に入らないなら、やり直してやろうか」
(また、そういうこと言ってからかう・・・・・・っ)
「そういうのが、変なのっ」
政宗「可愛いものを愛でることの、何がおかしい?極めて自然だろ」
「もっと、される側の気持ちも考えてください」
政宗「気持ちねえ・・・・・・なら、お前はどんな気持ちになったんだ?」
「え、私?」
政宗「ああ。参考までに聞かせろよ」
真正面から見据えられ、なぜか鼓動が早まっていく。
「・・・・・・突然で驚いたし、なんでしたのかわからなくて混乱したし・・・・・・」
政宗「ふうん。で、嫌だったのか?」
「え?」
(あれ?そういえば・・・・・・なんで、とは思ったけど。嫌だ、とまでは・・・・・・)
政宗「ま、本気で嫌なら、油断しないことだな」
言い返せない私を横目で見やり、政宗が挑発的に告げる。
「それ、改める気ないってこと?」
政宗「お前の言い分に説得力がなかったからな。俺は自分が頷ける理由でしか、意見は変えない」
(・・・・・・っ、とにかく、政宗のキスが、すっごく軽いってことはわかった。もうキスひとつで振り回されたりしない・・・・・・!)
「わかった。これからは、もっと警戒するようにする。じゃあね」
廊下を曲がって別れようとした私の手を、政宗が掴んだ。
「っ、え・・・」
(なに・・・・・・?)
政宗「まあ、待てよ」
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湖畔を後にして、数時間後。迎えに来た政宗の家臣たちの馬に乗り、私達は安土城へ帰り着いた。
(・・・・・・さっきのって、キス、だよね?)
時間が経っても、もやもやとした気持ちが治まらない。
政宗「・・・・・・わかったな、ゆう」
(何で突然、キスされたんだっけ・・・・・・?)
政宗「・・・・・・おい。聞いてんのか?」
「・・・っ、わ!」
突然、政宗に横から顔を覗きこまれ、慌てて声を上げる。
「な、なにっ?」
政宗「その様子じゃ、聞いてなかったな?」
呆れたように言うと、政宗が片腕で私の肩を抱き寄せてくる。
(・・・っ!ち、近いっ)
急に近づいたせいで、思わず形の良い唇に視線が固まってしまう。
政宗「今日はもう部屋で休め、さっさと着替えて、身体温めろ。信長様には俺から説明しておく。寒いんだろ。唇、青くなってきてる」
(・・・・・・!)
前触れなく、つ、と人差し指の先が、私の唇をなぞった。
(なんで、あんなキスした直後に、こういうことができるの・・・・・・っ?)
-------
政宗「・・・・・・ゆう、もっと普段から笑え。お前の笑顔は、可愛い」
-------
反射的にさっきのことを思い出してしまい、顔が熱を帯びる。
1. 心配しなくても・・・
2. こういうことしないで
3. なに考えてるの? ♡
「なに、考えてるの?」
政宗「なにって、お前が寒いんだろうなと」
「っ、さっきの・・・・・・」
政宗「ん?さっき、何だ?」
「・・・っ」
(わかってて聞いてる?また、からかってるの・・・・・・?)
「・・・・・・なん、でもない、です」
政宗「ふーん?なんでもないって顔じゃ、ないけどな」
政宗は相変わらず、楽しげに笑うだけで真意が読めない。
(ひょっとして私が変なの?キスされたくらいで、動揺しすぎ・・・・・・?)
ひとまず気持ちを落ち着けたくて、小さく息を吐く。その時、重大なことを思い出した。
「あっ!政宗、私、お礼できてない!」
(湖に落ちたのと、キスの衝撃で忘れてた・・・・・・っ)
政宗「礼?・・・・・・ああ、そんな話だったな」
「何すれば良かったの?今からでも間に合う?」
政宗「実は、何をしてもらうかは、特に決めてなかった」
「えっ?」
政宗「用を済ますついでにお前を連れて行ったら、何か面白いことになりそうだと思っただけだ。結果はまあ・・・・・・満足とまでは行かないが、合格だ。次は、俺を満足させられるといいな?」
艶めいた声で囁きながら、政宗は私の髪にそっと指先を絡めた。
(あ・・・・・・っ)
政宗「期待、してるぞ」
「・・・・・・っ」
す、と髪をすくと、政宗は何事もなかったように笑みを浮かべる。
政宗「じゃあな。明日も、閉じこもらないでちゃんと外に出ろよ」
私の頭をぽんぽんと撫でると、政宗は先に城内へ入っていった。ひとりになっても、まだ胸がドキドキと音を立てている。
(・・・・・・やっぱり、私が変なんじゃない。あんなキスしたくせに平然としてる政宗の方が、変だよ・・・・・・っ)
----------
----それから数日、私は安土城で、忙しくも平穏な日々を過ごしていた。
(火薬も槍も、不足しているのもはなし、と)
三成「ゆう様。お勤めご苦労さまです」
「三成くん、秀吉さん」
秀吉「今日は武具の点検か、精が出るな」
三成「ここ数日、あちこちで仕事して回っていらっしゃるようですね。書庫やお針子部屋でも、ゆう様のお姿をよく見かけます」
「うん、城内の人達には、お世話になってるし・・・・・・信長様の言付(ことづけ)がない時は、いろんなこと、手伝わせてもらってるの」
(今日の武具点検は、もちろん信長様のご命令だけど・・・・・・)
三成「先日もお針子さん達が、すごく喜んでいましたよ。貴女は縫い物がとても上手で、知らない事をたくさん教えてくれると」
秀吉「お前の飾る花も評判だな。色づかいがいいって」
「そうだったんだ、知らなかった」
(どっちも好きでやってることだけど・・・・・・褒められると、嬉しいな)
少しずつここでも役に立てている気がして、つい口元がほころぶ。
三成「・・・・・・ゆう様が楽しそうで、何よりです」
「えっ・・・・・・?」
秀吉「ま、思ったより役に立ってて何よりだ。その調子で、これからも信長様に尽くせよ」
「あ、はい・・・・・・ありがとうございます」
武器庫を出て行くふたりを見送り、今しがたもらった言葉を繰り返す。
(・・・・・・ ”楽しそう” 、”役に立ってる” ・・・・・・か)
湖畔で政宗から言われたことが胸に浮かんだ。
---------
政宗「生まれたからには、全力で生きることを楽しむべきだ。命ある限り、自分自身の信条に恥じない生き方をするべきだ。そうしないと、絶対に後悔する。それに怖がって隠れてても、楽しんでても、どうせ腹は減る。」
---------
(--------政宗が、ああ言ってくれたから。この時代でも自分なりに、できることから始めようって思えたんだっけ・・・・・・)
政宗への感謝の気持ちが湧き上がる。けれど同時に・・・・・・
-------
政宗「・・・・・・ゆう、もっと普段から笑え。お前の笑顔は、可愛い」
-------
(-----・・・っ)
忘れようとしていたキスも思い出して、顔が一気に熱くなった。
(感謝はしてるけど、次に会ったら絶対、文句言ってやる・・・・・・)
-----
安土城内で、ゆうが文句のひとつも言ってやると決意を固めた頃。政宗の御殿では、軍備の相談をしに家康が訪れていた。
家康「----ですので、俺はあと数十名、兵を呼び寄せようかと・・・・・・」
政宗「んー・・・・・・」
政宗は縁側に腰掛け、照月の首元を撫でている。
気のない返事をする政宗に、家康が眉を寄せた。
家康「・・・・・・聞いてるんですか、政宗さん」
政宗「ああ、聞いてる聞いてる」
家康「嘘つかないでください。真面目に話してる時に、何考えてたんですか」
政宗「そう怒るな、家康。こいつ抱えて怒鳴りこんできた女がいたのを、思い出してただけだ」
悪びれず答える政宗を睨むと、家康は呆れたように乾いた息を吐く。
家康「・・・・・・政宗さんが女の話をするなんて、珍しい。本当に気に入ってるんですね、ゆうのこと」
政宗「まあな。出会い頭に叱られるわ、素手で大名捕まえてみせるわ、終いには湖に落とされる始末だ。そりゃ、気に入りもするだろう」
照月の顎をくすぐりながら、政宗はくっくっと楽しげに喉を鳴らした。
家康「・・・・・・政宗さんが自分の欲望に忠実なのは知ってますけど。素性がわからない女に深入りするのは、よくないんじゃないですか」
政宗「あいつが何者だろうと、俺の知ったことじゃない」
家康「無駄な情けはかけない方が、と言ってるんです。もし、敵だったり、俺達の足を引っ張ったりしたら・・・あの女、始末できるんですか?」
-----その問いかけに、政宗の表情からふっと穏やかさが失せた。
政宗「・・・・・・俺に、それを聞くのか?」
政宗の眼が、すう、と冷たく細められる。
照月が威嚇(いかく)するように毛を逆立てた。
政宗「・・・・・・何だお前、まだ主人に向かって生意気な態度を取るのか?」
家康「・・・・・・怖がってるんですよ、あんたを」
政宗「つれないな」
冷たい眼差しのまま、照月の喉を撫でる政宗をじっと見つめると、家康は、ため息交じりに肩をすくめた。
家康「・・・・・・さっきのは、愚問でした。聞き流してください」
---------
翌日、信長様の呼び出しを受けて、私は広間へ向かっていた。
(広間ってことは、またみんな集まってるのかな。もしかしたら、政宗も・・・政宗と会うの、湖に落ちて以来だ。次にあったら、文句言ってやらないとって思ってたけど・・・・・・)
広間へと一歩足を進めるごとに、心臓の音がうるさくなる。
「・・・・・・なんでこんなに、緊張しないといけないの」
「失礼します」
(あ・・・・・・やっぱり、みんなそろってる)
襖を開けると、すでに皆が膝を突き合わせて話し込んでいる所だった。
秀吉「-----それは誠ですか、信長様」
信長「ああ。その地に放っていた間者(かんじゃ)が掴んだ情報だ。武田信玄の家臣である真田幸村が、安土に潜伏していると」
(・・・・・・真田幸村?)
広間に入るなり、どこか聞き覚えのある名前が耳に飛び込んできた。
(真田幸村、って、・・・・・・たしか皆と同じ、この時代の武将だよね。 ”潜伏” ってことは、・・・・・・みんなにとっては、敵なのかな?)
政宗「幸村が来ているのか。そいつは是非手合わせ願いたいな」
(あ・・・・・・政宗)
広間に響くやけに楽しげな声に、ドキッと心臓が跳ねる。意識的に政宗から目を逸らしつつ、広間の末座に腰を下ろす。
光秀「聞くところによれば、幸村は忍びも連れているらしい。情報が漏れないよう、注意が必要かと」
信長「まあ、探られるだけで、黙っていられる貴様らではあるまい。幸村の首をあげられれば、敵の戦力を大きく削げる。機があれば、逃すな」
(首って・・・・・・また、物騒な話だな)
光秀「ゆう」
「はいっ?」
突然光秀さんに呼ばれ、慌てて背筋を伸ばす。
光秀「お前も、すでにこちらの陣営の内情に詳しい。お前の持っている情報を狙って襲ってくるかもしれん。重々、注意しろよ」
(え・・・・・・私が?襲ってくるって、つまり・・・・・・)
以前、大名に斬りかかられた時のことを思い出して、ぞっと背筋が凍る。
「はい・・・・・・気をつけます」
信長「戌(いぬ)の下刻(げこく)に、場を改めて軍議を開く。それまで待機していろ」
信長様の言葉を合図に、一旦その場はお開きとなった。各々がその場から立ち上がり、動き出すのを傍観していると------
(あっ)
ふいに政宗と目が合って、反射的に顔を伏せてしまった。
(文句言ってやる、とか意気込んでたくせに、何やってるんだろ・・・・・・)
政宗「こら。なあに露骨に目ぇ逸らしてんだ」
( ! ? )
その声に顔を上げると、政宗が可笑しそうにこちらを見下ろしていた。
政宗「久しぶりに会ったのに、挨拶のひとつもなしか?」
「こ・・・・・・こんにちは」
政宗「なんだ、それ」
(だめだ・・・・・・。文句言うタイミング、完全に逃した)
間抜けな返答に、我ながらため息がこぼれ落ちる。
政宗「にしても、幸村が安土に来てるとはな」
「・・・・・・政宗、嬉しそうだね」
政宗「まあな。敵の懐に飛び込んで偵察なんて、面白いことをしてくれる。その畳(たたみ)の下に、すでに忍びでも仕掛けてたりしてな」
「えっ!嘘⁉︎」
政宗「隙を見せるなよ、ゆう」
「ま、待って・・・っ」
楽しげに笑いながら広間を出て行く政宗を、慌てて追いかける。
(うっかり忍びに斬られるなんて、冗談じゃないよ・・・・・・)
政宗「幸村と手合わせができるのも、そう遠くなさそうだ」
隣を歩く政宗は、青ざめる私とは裏腹に、獰猛な笑みを浮かべている。
(手合わせなんて・・・・・・何が楽しいんだろう)
「政宗は、ちょっとは怖いとか、思わないの?」
政宗「何だゆう、怖いのか」
「怖いよ、もちろん。敵と会ったら、死ぬ気で逃げるくらいしかできないし」
政宗「へえ。弱気だな」
「だって・・・・・・」
頷くのと同時に、政宗が隣から私の顔を覗き込む。
(・・・・・・え?)
そのままごく自然な動作で、かすめるように唇を奪った。突然のことに驚いて、つい足が止まる。
「っ、なにしてるの・・・・・・⁉︎」
政宗「油断してたお前が悪い」
(っ・・・・・・!)
うろたえる私を見つめ、政宗はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
政宗「顔色、良くなったな」
「油断してたからって、普通は理由もなくキス・・・・・・口づけなんてしないよ」
政宗「理由ならある。お前が不安そうな顔してたからだ」
「・・・・・・っ、口で言えば、いいじゃない」
政宗「言葉で大丈夫だって言われても、余計不安になるだけだろ?」
(そうじゃなくて・・・・・・)
なだめるようにくしゃくしゃと髪を撫でてくる手を、軽く振り払う。
「私が言ってるのは・・・、簡単に口づけなんて変だってこと。湖に落ちた時だって、いきなりだったし」
政宗「湖?・・・・・・ああ。あの時は、お前の笑顔が可愛かったからだって言わなかったか?」
「言われた・・・・・・けど」
噛み合わない会話に、次の言葉が出てこない。
(不安そうだったから、とか可愛かったからとか・・・。よくそんな口説き文句みたいな理由、平然と言えるな・・・・・・)
じわじわと頬が熱くなってきて、徐々に視線が下がっていく。
政宗「なにむくれてんだ。まだ何か気に入らないのか?」
俯いた顔を両手で包むと、政宗がゆっくりと仰向けさせてくる。
政宗「いまの口づけが気に入らないなら、やり直してやろうか」
(また、そういうこと言ってからかう・・・・・・っ)
「そういうのが、変なのっ」
政宗「可愛いものを愛でることの、何がおかしい?極めて自然だろ」
「もっと、される側の気持ちも考えてください」
政宗「気持ちねえ・・・・・・なら、お前はどんな気持ちになったんだ?」
「え、私?」
政宗「ああ。参考までに聞かせろよ」
真正面から見据えられ、なぜか鼓動が早まっていく。
「・・・・・・突然で驚いたし、なんでしたのかわからなくて混乱したし・・・・・・」
政宗「ふうん。で、嫌だったのか?」
「え?」
(あれ?そういえば・・・・・・なんで、とは思ったけど。嫌だ、とまでは・・・・・・)
政宗「ま、本気で嫌なら、油断しないことだな」
言い返せない私を横目で見やり、政宗が挑発的に告げる。
「それ、改める気ないってこと?」
政宗「お前の言い分に説得力がなかったからな。俺は自分が頷ける理由でしか、意見は変えない」
(・・・・・・っ、とにかく、政宗のキスが、すっごく軽いってことはわかった。もうキスひとつで振り回されたりしない・・・・・・!)
「わかった。これからは、もっと警戒するようにする。じゃあね」
廊下を曲がって別れようとした私の手を、政宗が掴んだ。
「っ、え・・・」
(なに・・・・・・?)
政宗「まあ、待てよ」
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「いまの口づけが気に入らないなら、やり直してやろうか」。。。
ゆうはこういう、セリフにニヤリしてしまう。 ![](https://emoji.ameba.jp/img/user/s0/s0111012/4485.gif)
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政宗、男っぽいなー ![](https://emoji.ameba.jp/img/user/lo/love--love/8506.gif)
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