政宗「ん?・・・・・・そうだな。こいつが来てから、本当に退屈しない」
(・・・あれ? 私、どうして自分の部屋に・・・・・・)
視線を巡らせて、ふと、床の間の刀が目についた。
(あ・・・・・・)
-------------
政宗「最初に動いた奴から斬る。死にたくない奴は、下がってな」
-------------
(っ、そうだ。昨日は謀反人を捕まえに行って、乱闘になって・・・・・・)
--------
大名「貴様、誰に向かってものを言ってる!」
--------
(私・・・・・・あと少しで、死ぬ所だったんだ)
大名の大声と、目の前まで迫る刃が、まぶたの裏に蘇った。
(昨日は政宗が助けてくれたけど、次は本当に命がないかもしれない)
改めて、冷静に振り返ってみると、身体が震えた。
(気楽に考えてたけど・・・・・・この時代じゃ私、自分の身一つ守れないんだ。この時代で、私が一人前にできることなんて、あるのかな・・・・・・)
------
佐助「次にワームホールが出現するのが、三か月後だとわかった。出現場所は調査中だけど、うまく接触出来れば・・・・・・現在に戻れる可能性が高い」
------
(佐助くんが言ってた次のタイムスリップの時期は三か月後。それまでこの部屋に閉じこもって、じっとしてた方が・・・・・・)
「・・・・・・ん?」
ふと、枕元に置き手紙がぽつんと置かれているのに気がついた。
(誰からだろう?・・・・・・あ、政宗だ)
手紙を開いてみると、勢いのある筆致で文が書かれていた。
政宗『夜を徹しての行軍、ご苦労だったな。初陣のくせに丸腰で敵将に突っ込んでいく度胸はいいが、馬上で爆睡する無防備さは、どうにかしたほうがいいと思うぞ』
(私、政宗の馬で寝ちゃったのか・・・・・・ってことは、運んでくれたのも、政宗かな)
( 『追伸 起きたら朝飯はちゃんと食えよ』・・・・・・?)
「・・・・・・ふふ」
戦の「い」の字も感じさせないのんきな文章に、思わず笑みがこぼれる。
(そういえば、お腹すいたな。だから、マイナス思考になってるのかも)
「・・・・・・閉じこもってるなんて、やっぱり性に合わないし」
さっきまでの悩みを追い払うように、私はすぐに布団から立ち上がった。
信長「昨夜の働き、大儀であった」
朝食のあと、昨日と同じように安土城の広間へ呼ばれていくと、昨日は居なかった光秀さんも含めて、織田軍の全員が顔を揃えていた。
信長「早速報告をと言いたいところだが、まずは光秀から知らせがある」
光秀「本能寺で信長様を暗殺しようとした賊の正体が、判明した」
(えっ・・・・・・!)
光秀「信長様が攻め落とした本願寺の高僧であった、顕如(けんにょ)だ。本願寺を潰した信長様を恨み、破戒僧(はかいそう)となって復讐の機会を狙っていたらしい」
秀吉「居所もつき止めているのか」
光秀「所在はまだ不明だが、どこかに潜伏して機を伺っているのは間違いない」
(顕如? どこかで聞いたことがあるような・・・・・・どこだったっけ?)
--------
----その頃。山奥の木々に囲まれたあばら屋に、焦りきった声が響いた。
隠密「顕如様!」
顕如「何事だ、騒々しい」
顕如と呼ばれた男は狼狽える男を一瞥し、落ち着いた声で尋ねる。
隠密「申し訳ございません。織田軍の者に、我ら隠密の一人が捕まり・・・・・・恐らく、我らが信長を狙っていることを、悟られたかと」
顕如「・・・・・・そうか、まあいい。こちらもいい情報を手に入れたところだ。まさか、信玄と謙信が生き延びているとはな・・・・・・天運は俺に味方しているようだ。俺に殺されるまで、俺を敵に回したこと、たっぷりと後悔するがいい・・・・・・信長」
---------
秀吉「あの顕如が、信長様の暗殺を企ててるとは・・・・・・」
信長「光秀は引き続き、敵の所在を突き止めろ。秀吉、昨夜の報告を」
秀吉「はっ。謀反人の抵抗にあいましたが、政宗が敵の分裂を扇動(せんどう)し、無用の損失を出さず敵兵を撃破、捕縛に成功しました」
信長「よくやった。あの土地は、政宗、貴様にゆだねる。無駄な内紛など起きぬよう、上手く手入れしろ」
政宗「元より、そのつもりです」
(・・・・・ん? あの土地が政宗の領地に入るってことかな?)
政宗「ああ、それから・・・・・・こいつにも報酬をお願いしたい」
「えっ、私⁉︎」
突然、政宗に水を向けられて、私は思わず声を上げた。
政宗「こいつが素手で謀反人を捕まえてたお陰で、大名が逃げそこねてた所を囚えられたんだ」
秀吉「素手で⁉︎ そうだったのか・・・・・・?」
「え、あ、はい・・・・・・お恥ずかしい」
光秀「それはまた、豪気なことだな」
三成「さすが、と言っていいのでしょうか・・・・・・よく、ご無事でしたね」
信長「貴様は本当に面白い女だな。褒美を考えておこう」
「あ・・・・・・ありがとう、ございます」
(褒美なんて・・・・・・政宗がいなかったら、死んでたかもしれないのに)
周りから驚きの視線を向けられ、なんだか萎縮してしまう。
秀吉「それから信長様、もう一点、ご報告がございます。今回の謀反の原因を問いただしたところ・・・・・・上杉謙信と、武田信玄が、生きている、との訴えが」
(そういえば・・・大名がそんなこと言ってた)
秀吉さんの言葉を聞いて、信長様の唇が、かすかに歪む。
信長「・・・・・・信玄も謙信も死に損なったか。面白い。だが攻めるにしても情報が足りんな。各人、諜報に励め」
全員「はっ!」
----------
その頃、安土より北東に位置する、春日山城では------。
謙信「退屈だ・・・・・・戦はまだか、信玄。退屈で死んでしまうぞ」
信玄「耐えろ。俺も今すぐにでも信長の首をかき切ってやりたいが、辛抱してるんだ」
広間に座した二人の武将が、苦い顔を並べていた。
信玄「安土に潜伏している、幸村たちの帰りを待とう」
--------
みんなが解散した後、私は信長様の言付けでいくつか書状をまとめたあと、政宗の御殿へと向かっていた。
(命を助けてもらったのに、結局うやむやになって、きちんとお礼、できてなかったからな。お金もないしものを贈ったりはできないから、せめて何か役に立てればいいんだけど)
政宗の家臣「政宗様、ゆう様がお見えです」
家臣の方に案内され、部屋へ足を踏み入れる。
政宗「ゆうか。悪いがちょっと今手が離せない。座って待ってろ」
(あ、お仕事中だったのか)
政宗は文机に向かい、紙へ筆を滑らせていた。
少し遠慮がちに、座布団の上へと腰を降ろす。
「・・・・・・何、書いてるの?」
政宗「昨日の大名の領地に奥州から米を分与する、手配書だ」
「お米?」
政宗「あのクソ大名、案の定、領地の米をほとんど軍備に溶かしちまってたらしい。飢饉(ききん)でもないのに領民は餓死寸前。大名が聞いて呆れる」
「そっか、政宗が、新しい領主になったんだもんね・・・・・・」
政宗「ああ、一度俺の領地に入れたら、食うには困らせねえと決めている」
昨晩の好戦的なものとは違い、どこかあたたかい表情で政宗が語る。
(・・・・・・すごいな。そんなこと、考えてるんだ。でも、それもそうか。大きな領地の、一番偉い人なんだもんね・・・・)
尊敬しながら見つめていると、窓から吹いた風が政宗の前髪を揺らした。
(・・・・・・前から思ってたけど、政宗ってすごく・・・・・・綺麗な顔してる。そういえば右目、どうして眼帯してるんだろう)
何気ない疑問が浮かんだ時、政宗が筆をことりと文机に置いた。
政宗「で、お前、よく平然と顔出せたな?」
「えっ?」
政宗は私へ顔を向けると、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
政宗「まさか、馬上で熟睡とはな。図太さだけは戦国武将顔負けだ。俺の腕の中がそんなに心地よかったか?」
「なっ・・・・・・!」
(寝ちゃったのは悪かったけど、別に政宗だったからってわけじゃ・・・っ)
顔を赤くする私を見て、ますます政宗が笑みを深める。
政宗「図星か?」
「そ、そうじゃなくて。昨日は、徹夜だったし、もう危険がないと思ったから、安心しちゃったの」
政宗「ふーん?あんなに無防備に安心されるってことは、俺もまだまだだな?」
(あっ・・・)
覗き込むように屈み、政宗が私の顎をつかむ。
いまだからかわれているような視線に、また頬が熱くなった。
「・・・・・・っ、私、今日は、お礼しに来たんだけど」
政宗「礼?」
さり気なく政宗の手を外して、私は深く頭を下げた。
「昨日は・・・・・・命を助けてくれて、本当にありがとうございました。それから、部屋まで運んでくれたことも・・・・・・ありがとう。お礼にできることがあったら、何でもします。それを聞きたくて、今日は訪ねたの」
政宗「別に、わざわざ礼をされるほどのことでもない。礼なら、昨日のお前の阿呆みたいな寝顔で充分だ」
「寝顔・・・・・・?」
政宗「なかなか面白かったぞ。頬をつつくとうなって、まるで子犬だ」
からかうように笑われて、恥ずかしさに頬がほてる。
「・・・っ、そんなこと、覚えてないよ」
政宗「ぐーすか寝てたんだから、覚えてないに決まってんだろ」
「お、覚えてないのに、お礼が済んだことになんてできないっ」
政宗「そんなに言うなら付き合ってやってもいいが・・・・・・お前に、俺を満足させられるかねえ・・・・・・できる自信があるんなら、礼とやら、受けてやってもいいが」
(できる、自信・・・・・・?)
わざとらしく挑発するような言葉に、今朝考えた事が、一瞬頭をよぎる。
-------
(そもそもこの時代で、私が一人前にできることなんて、あるのかな?)
-------
「・・・・・・望むところだよ。必ず、政宗を満足させてみせる」
政宗「・・・・・・言ったな?」
「っ、わ・・・!」
政宗はすっと立つと、そのまま私の身体を横抱きにする。
急に感じた浮遊感に、慌てて政宗を見上げた。
「何するの・・・っ?」
政宗「俺を満足させられるんだろ?ふさわしい場所へ連れてってやる。逃げたらどうなるか・・・・・・わかってるよな?」
上機嫌で部屋を出て行く政宗に、今更ながら顔がさあっと青ざめていく。
(とんでもないこと言っちゃったかも・・・・・・!)
----------
(一体どこに向かってるんだろう・・・・・・)
安土の城下町を抜けて政宗が向かったのは、ひと気のない森だった。ビクビクしながら、少し前を行く政宗を見つめる。
「・・・・・・ねえ、政宗。前に誰かが、危ないから城の外に出ない方がいいって、言ってた気がするんだけど・・・」
「し、知らないよ」
楽しげに覗きこむ青い目を見ていられなくて、ふいっと顔をそむける。
(いくら命の恩人でも、ここはやっぱり逃げたほうがいいかも)
政宗「・・・・・・っ、はは」
(・・・・・・え?)
「なに、笑ってるの?」
政宗「お前、必死過ぎだ」
笑いを堪えながら、ぽんぽんと政宗が頭を撫でてくる。
政宗「安心しろ。取って食いやしねえって前にも言っただろ?」
(・・・・・・っ、もう、なんなの)
「そうやって人をからかうの、よくないと思う!」
政宗「本気ならいいんだな。覚えとく」
「違うっ」
言い合いを繰り返し、結局ふたり並んで森のなかを再び歩き始めた。
政宗「・・・・・・お、そろそろだな」
ふと、何かに気がついたように、政宗が足を止めた。
(何がそろそろなんだろう?ここ、木しかない場所だけど・・・)
男性「政宗様!またいらしたんですか!」
「っ、わ!」
突然、うっそうと茂る草木の間から、武士らしき男性が姿を現した。
(誰っ⁉︎)
とっさに、政宗の後ろに隠れる。
政宗「おう、見張りご苦労。ゆう、そう怯えるな、俺の部下だ」
政宗の家臣「ゆう姫様もご一緒でしたか。驚かせてすいません」
「あ、いえ!こんにちは・・・」
説明されほっとして、私も家臣の方に挨拶する。
政宗「皆も変わりないか?」
政宗の家臣「そんなこと言って、つい二日前見に来たじゃないっすか」
政宗「なんだよ、来ちゃまずいか」
政宗の家臣「こう頻繁に見張りに来られたら、居眠りできないっすからね」
(なんだか、主従っていうより・・・・・・仲のいい先輩後輩みたい)
政宗と家臣の男性は、談笑しながら更に森の奥へと向かう。茂みの中へと進むと、数名の男性がそこで野営をしているようだった。
政宗の家臣「おい皆、政宗様とゆう姫様がいらしたぞ」
政宗の家臣2「政宗様!また来てくださったんですか?」
政宗「おう、お前らが居眠りしてないか見張りも兼ねてな。ゆう、こいつらは敵の斥候(せっこう)が来てないか、偵察する部隊だ。襲われた時、一番先に敵とやりあって食い止める役割も担っている」
「そうなんだ。すごいな・・・」
(敵が来ないか見張りながら野宿なんて・・・・・・過酷な任務だな。今朝も少し考えたけど、やっぱり戦国時代って、厳しい世界なんだ)
また、朝のもやもやした気分が蘇りそうで、ぎゅっと手に力が入る。
政宗「それよりお前ら、上杉、武田に動きがあるかもしれん、用心しろよ」
政宗の家臣「承知しました。というかそんなこと、書状一通で充分ですよ、政宗様」
政宗「へえ。新しい兵糧(ひょうろう)を考案したんだが、それも要らないのか?」
政宗の家臣「えっ!? 要ります!」
(ひょうろう・・・・・・?)
聞き慣れない言葉に、少し首を傾げる。
政宗「ありがたく拝領しろよ」
家臣たち「ありがとうございます!」
政宗が懐から包みを出すと、家臣たちは嬉しそうにそれを受け取る。
「政宗、兵糧ってなに?」
政宗「ああ、戦のための食料だ。お前の時代じゃどうか知らないが、戦場で長持ちする美味しい食料ってのは難しい。」
「そっか・・・、確かに。政宗が、皆に作ってあげたの?」
政宗「まあな。こんな過酷な任務、楽しみがないと士気もあがらないだろ」
「ふうん・・・・・・」
(友達みたいに接してるのに・・・・・・ちゃんと上に立つ人として、皆のこと見てるんだ)
さっき御殿で見た姿といい、今の姿といい、感心してしまう。
(さっきはからかわれて、むっとしちゃったけど・・・・・・)
「・・・・・・またちょっと、見直したな」
政宗「ほー?見直したってことは、俺を見くびってたってことか?」
「う、ううん、そういう意味じゃ・・・・・・なくもないけど」
政宗「聞き捨てならねえな」
「わっ」
政宗が腕を伸ばしてきて、慌ててそれを避ける。
なんとか捕まえられずに済むと、政宗は意地悪い笑みを浮かべた。
政宗「・・・・・・いい度胸だ。捕まったら覚悟しろよ」
「か、覚悟ってなんの?」
政宗「この俺が直々に懲らしめてやる」
「えっ、ちょっと、待って」
政宗「待たない」
楽しそうにじりじりと距離を詰める政宗に、後ずさる。右に逃げても左に逃げても、絶対に捕まる気しかしない。
(どうしよう・・・・・・っ)
政宗の家臣「あっ、ゆう姫様、そっちは危な----」
「え?あっ------」
制止の声がした瞬間、ぬかるみに足を取られ、身体のバランスが傾いた。
(嘘、ここ、崖だったの・・・・・・⁉︎)
背後に広がる急斜面に、反射的に何かを掴もうと手を伸ばす。
政宗「ゆう!」
(っ、・・・・・・!)
政宗が手を伸ばし、とっさそれを掴んだけれど、遅かった。
「う・・・・・・ううん」
ふっと意識が覚醒した時、私は安土城の自室の布団の中にいた。
窓の外は、太陽がすでに高く上がっている。
ふっと意識が覚醒した時、私は安土城の自室の布団の中にいた。
窓の外は、太陽がすでに高く上がっている。
(・・・あれ? 私、どうして自分の部屋に・・・・・・)
視線を巡らせて、ふと、床の間の刀が目についた。
(あ・・・・・・)
-------------
政宗「最初に動いた奴から斬る。死にたくない奴は、下がってな」
-------------
(っ、そうだ。昨日は謀反人を捕まえに行って、乱闘になって・・・・・・)
--------
大名「貴様、誰に向かってものを言ってる!」
--------
(私・・・・・・あと少しで、死ぬ所だったんだ)
大名の大声と、目の前まで迫る刃が、まぶたの裏に蘇った。
(昨日は政宗が助けてくれたけど、次は本当に命がないかもしれない)
改めて、冷静に振り返ってみると、身体が震えた。
(気楽に考えてたけど・・・・・・この時代じゃ私、自分の身一つ守れないんだ。この時代で、私が一人前にできることなんて、あるのかな・・・・・・)
------
佐助「次にワームホールが出現するのが、三か月後だとわかった。出現場所は調査中だけど、うまく接触出来れば・・・・・・現在に戻れる可能性が高い」
------
(佐助くんが言ってた次のタイムスリップの時期は三か月後。それまでこの部屋に閉じこもって、じっとしてた方が・・・・・・)
「・・・・・・ん?」
ふと、枕元に置き手紙がぽつんと置かれているのに気がついた。
(誰からだろう?・・・・・・あ、政宗だ)
手紙を開いてみると、勢いのある筆致で文が書かれていた。
政宗『夜を徹しての行軍、ご苦労だったな。初陣のくせに丸腰で敵将に突っ込んでいく度胸はいいが、馬上で爆睡する無防備さは、どうにかしたほうがいいと思うぞ』
(私、政宗の馬で寝ちゃったのか・・・・・・ってことは、運んでくれたのも、政宗かな)
恥ずかしくて頬がほてるのを感じながら、文字を目で追っていくと、手紙の最後についでのように綴られた言葉に、目が止まった。
( 『追伸 起きたら朝飯はちゃんと食えよ』・・・・・・?)
「・・・・・・ふふ」
戦の「い」の字も感じさせないのんきな文章に、思わず笑みがこぼれる。
(そういえば、お腹すいたな。だから、マイナス思考になってるのかも)
「・・・・・・閉じこもってるなんて、やっぱり性に合わないし」
さっきまでの悩みを追い払うように、私はすぐに布団から立ち上がった。
信長「昨夜の働き、大儀であった」
朝食のあと、昨日と同じように安土城の広間へ呼ばれていくと、昨日は居なかった光秀さんも含めて、織田軍の全員が顔を揃えていた。
信長「早速報告をと言いたいところだが、まずは光秀から知らせがある」
光秀「本能寺で信長様を暗殺しようとした賊の正体が、判明した」
(えっ・・・・・・!)
光秀「信長様が攻め落とした本願寺の高僧であった、顕如(けんにょ)だ。本願寺を潰した信長様を恨み、破戒僧(はかいそう)となって復讐の機会を狙っていたらしい」
秀吉「居所もつき止めているのか」
光秀「所在はまだ不明だが、どこかに潜伏して機を伺っているのは間違いない」
(顕如? どこかで聞いたことがあるような・・・・・・どこだったっけ?)
--------
----その頃。山奥の木々に囲まれたあばら屋に、焦りきった声が響いた。
隠密「顕如様!」
顕如「何事だ、騒々しい」
顕如と呼ばれた男は狼狽える男を一瞥し、落ち着いた声で尋ねる。
隠密「申し訳ございません。織田軍の者に、我ら隠密の一人が捕まり・・・・・・恐らく、我らが信長を狙っていることを、悟られたかと」
顕如「・・・・・・そうか、まあいい。こちらもいい情報を手に入れたところだ。まさか、信玄と謙信が生き延びているとはな・・・・・・天運は俺に味方しているようだ。俺に殺されるまで、俺を敵に回したこと、たっぷりと後悔するがいい・・・・・・信長」
---------
秀吉「あの顕如が、信長様の暗殺を企ててるとは・・・・・・」
信長「光秀は引き続き、敵の所在を突き止めろ。秀吉、昨夜の報告を」
秀吉「はっ。謀反人の抵抗にあいましたが、政宗が敵の分裂を扇動(せんどう)し、無用の損失を出さず敵兵を撃破、捕縛に成功しました」
信長「よくやった。あの土地は、政宗、貴様にゆだねる。無駄な内紛など起きぬよう、上手く手入れしろ」
政宗「元より、そのつもりです」
(・・・・・ん? あの土地が政宗の領地に入るってことかな?)
政宗「ああ、それから・・・・・・こいつにも報酬をお願いしたい」
「えっ、私⁉︎」
突然、政宗に水を向けられて、私は思わず声を上げた。
政宗「こいつが素手で謀反人を捕まえてたお陰で、大名が逃げそこねてた所を囚えられたんだ」
秀吉「素手で⁉︎ そうだったのか・・・・・・?」
「え、あ、はい・・・・・・お恥ずかしい」
光秀「それはまた、豪気なことだな」
三成「さすが、と言っていいのでしょうか・・・・・・よく、ご無事でしたね」
信長「貴様は本当に面白い女だな。褒美を考えておこう」
「あ・・・・・・ありがとう、ございます」
(褒美なんて・・・・・・政宗がいなかったら、死んでたかもしれないのに)
周りから驚きの視線を向けられ、なんだか萎縮してしまう。
秀吉「それから信長様、もう一点、ご報告がございます。今回の謀反の原因を問いただしたところ・・・・・・上杉謙信と、武田信玄が、生きている、との訴えが」
(そういえば・・・大名がそんなこと言ってた)
秀吉さんの言葉を聞いて、信長様の唇が、かすかに歪む。
信長「・・・・・・信玄も謙信も死に損なったか。面白い。だが攻めるにしても情報が足りんな。各人、諜報に励め」
全員「はっ!」
----------
その頃、安土より北東に位置する、春日山城では------。
謙信「退屈だ・・・・・・戦はまだか、信玄。退屈で死んでしまうぞ」
信玄「耐えろ。俺も今すぐにでも信長の首をかき切ってやりたいが、辛抱してるんだ」
広間に座した二人の武将が、苦い顔を並べていた。
信玄「安土に潜伏している、幸村たちの帰りを待とう」
--------
みんなが解散した後、私は信長様の言付けでいくつか書状をまとめたあと、政宗の御殿へと向かっていた。
(命を助けてもらったのに、結局うやむやになって、きちんとお礼、できてなかったからな。お金もないしものを贈ったりはできないから、せめて何か役に立てればいいんだけど)
政宗の家臣「政宗様、ゆう様がお見えです」
家臣の方に案内され、部屋へ足を踏み入れる。
政宗「ゆうか。悪いがちょっと今手が離せない。座って待ってろ」
(あ、お仕事中だったのか)
政宗は文机に向かい、紙へ筆を滑らせていた。
少し遠慮がちに、座布団の上へと腰を降ろす。
「・・・・・・何、書いてるの?」
政宗「昨日の大名の領地に奥州から米を分与する、手配書だ」
「お米?」
政宗「あのクソ大名、案の定、領地の米をほとんど軍備に溶かしちまってたらしい。飢饉(ききん)でもないのに領民は餓死寸前。大名が聞いて呆れる」
「そっか、政宗が、新しい領主になったんだもんね・・・・・・」
政宗「ああ、一度俺の領地に入れたら、食うには困らせねえと決めている」
昨晩の好戦的なものとは違い、どこかあたたかい表情で政宗が語る。
(・・・・・・すごいな。そんなこと、考えてるんだ。でも、それもそうか。大きな領地の、一番偉い人なんだもんね・・・・)
尊敬しながら見つめていると、窓から吹いた風が政宗の前髪を揺らした。
(・・・・・・前から思ってたけど、政宗ってすごく・・・・・・綺麗な顔してる。そういえば右目、どうして眼帯してるんだろう)
何気ない疑問が浮かんだ時、政宗が筆をことりと文机に置いた。
政宗「で、お前、よく平然と顔出せたな?」
「えっ?」
政宗は私へ顔を向けると、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。
政宗「まさか、馬上で熟睡とはな。図太さだけは戦国武将顔負けだ。俺の腕の中がそんなに心地よかったか?」
「なっ・・・・・・!」
(寝ちゃったのは悪かったけど、別に政宗だったからってわけじゃ・・・っ)
顔を赤くする私を見て、ますます政宗が笑みを深める。
政宗「図星か?」
「そ、そうじゃなくて。昨日は、徹夜だったし、もう危険がないと思ったから、安心しちゃったの」
政宗「ふーん?あんなに無防備に安心されるってことは、俺もまだまだだな?」
(あっ・・・)
覗き込むように屈み、政宗が私の顎をつかむ。
いまだからかわれているような視線に、また頬が熱くなった。
「・・・・・・っ、私、今日は、お礼しに来たんだけど」
政宗「礼?」
さり気なく政宗の手を外して、私は深く頭を下げた。
「昨日は・・・・・・命を助けてくれて、本当にありがとうございました。それから、部屋まで運んでくれたことも・・・・・・ありがとう。お礼にできることがあったら、何でもします。それを聞きたくて、今日は訪ねたの」
政宗「別に、わざわざ礼をされるほどのことでもない。礼なら、昨日のお前の阿呆みたいな寝顔で充分だ」
「寝顔・・・・・・?」
政宗「なかなか面白かったぞ。頬をつつくとうなって、まるで子犬だ」
からかうように笑われて、恥ずかしさに頬がほてる。
「・・・っ、そんなこと、覚えてないよ」
政宗「ぐーすか寝てたんだから、覚えてないに決まってんだろ」
「お、覚えてないのに、お礼が済んだことになんてできないっ」
政宗「そんなに言うなら付き合ってやってもいいが・・・・・・お前に、俺を満足させられるかねえ・・・・・・できる自信があるんなら、礼とやら、受けてやってもいいが」
(できる、自信・・・・・・?)
わざとらしく挑発するような言葉に、今朝考えた事が、一瞬頭をよぎる。
-------
(そもそもこの時代で、私が一人前にできることなんて、あるのかな?)
-------
「・・・・・・望むところだよ。必ず、政宗を満足させてみせる」
政宗「・・・・・・言ったな?」
「っ、わ・・・!」
政宗はすっと立つと、そのまま私の身体を横抱きにする。
急に感じた浮遊感に、慌てて政宗を見上げた。
「何するの・・・っ?」
政宗「俺を満足させられるんだろ?ふさわしい場所へ連れてってやる。逃げたらどうなるか・・・・・・わかってるよな?」
上機嫌で部屋を出て行く政宗に、今更ながら顔がさあっと青ざめていく。
(とんでもないこと言っちゃったかも・・・・・・!)
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(一体どこに向かってるんだろう・・・・・・)
安土の城下町を抜けて政宗が向かったのは、ひと気のない森だった。ビクビクしながら、少し前を行く政宗を見つめる。
「・・・・・・ねえ、政宗。前に誰かが、危ないから城の外に出ない方がいいって、言ってた気がするんだけど・・・」
政宗「誰と一緒に歩いてると思ってんだ。俺がついてるんだから、危ないことなんてひとつもねえよ」
「・・・・・・そうですか」
(確かに、政宗は強いんだろうけど)
自信たっぷりに返され、反論の隙もない。
政宗「お前、俺を満足させるなんて言っておいて、もう怖気づいたのか?」
「・・・・・・少し」
政宗「へえ。お前の感謝の気持ちは、そんなもんか」
「違う・・・っ、感謝してるよ!」
政宗「口ではなんとでも言えるな」
(あ・・・)
ふいに政宗が足を止め、こちらを振り返った。
急に縮まった距離に、ドキッと鼓動が速くなる。
政宗「俺は、態度で示して欲しいんだが」
「・・・・・・っ⁉︎」
低く艷を帯びた声に、わずかに肩が跳ねる。
1. からかわないで
2. そんなの難しい
3. 態度って? ♡
「っ、態度・・・・・・って?」
政宗「さあ、どういう態度だと思う」
「し、知らないよ」
楽しげに覗きこむ青い目を見ていられなくて、ふいっと顔をそむける。
(いくら命の恩人でも、ここはやっぱり逃げたほうがいいかも)
政宗「・・・・・・っ、はは」
(・・・・・・え?)
「なに、笑ってるの?」
政宗「お前、必死過ぎだ」
笑いを堪えながら、ぽんぽんと政宗が頭を撫でてくる。
政宗「安心しろ。取って食いやしねえって前にも言っただろ?」
(・・・・・・っ、もう、なんなの)
「そうやって人をからかうの、よくないと思う!」
政宗「本気ならいいんだな。覚えとく」
「違うっ」
言い合いを繰り返し、結局ふたり並んで森のなかを再び歩き始めた。
政宗「・・・・・・お、そろそろだな」
ふと、何かに気がついたように、政宗が足を止めた。
(何がそろそろなんだろう?ここ、木しかない場所だけど・・・)
男性「政宗様!またいらしたんですか!」
「っ、わ!」
突然、うっそうと茂る草木の間から、武士らしき男性が姿を現した。
(誰っ⁉︎)
とっさに、政宗の後ろに隠れる。
政宗「おう、見張りご苦労。ゆう、そう怯えるな、俺の部下だ」
政宗の家臣「ゆう姫様もご一緒でしたか。驚かせてすいません」
「あ、いえ!こんにちは・・・」
説明されほっとして、私も家臣の方に挨拶する。
政宗「皆も変わりないか?」
政宗の家臣「そんなこと言って、つい二日前見に来たじゃないっすか」
政宗「なんだよ、来ちゃまずいか」
政宗の家臣「こう頻繁に見張りに来られたら、居眠りできないっすからね」
(なんだか、主従っていうより・・・・・・仲のいい先輩後輩みたい)
政宗と家臣の男性は、談笑しながら更に森の奥へと向かう。茂みの中へと進むと、数名の男性がそこで野営をしているようだった。
政宗の家臣「おい皆、政宗様とゆう姫様がいらしたぞ」
政宗の家臣2「政宗様!また来てくださったんですか?」
政宗「おう、お前らが居眠りしてないか見張りも兼ねてな。ゆう、こいつらは敵の斥候(せっこう)が来てないか、偵察する部隊だ。襲われた時、一番先に敵とやりあって食い止める役割も担っている」
「そうなんだ。すごいな・・・」
(敵が来ないか見張りながら野宿なんて・・・・・・過酷な任務だな。今朝も少し考えたけど、やっぱり戦国時代って、厳しい世界なんだ)
また、朝のもやもやした気分が蘇りそうで、ぎゅっと手に力が入る。
政宗「それよりお前ら、上杉、武田に動きがあるかもしれん、用心しろよ」
政宗の家臣「承知しました。というかそんなこと、書状一通で充分ですよ、政宗様」
政宗「へえ。新しい兵糧(ひょうろう)を考案したんだが、それも要らないのか?」
政宗の家臣「えっ!? 要ります!」
(ひょうろう・・・・・・?)
聞き慣れない言葉に、少し首を傾げる。
政宗「ありがたく拝領しろよ」
家臣たち「ありがとうございます!」
政宗が懐から包みを出すと、家臣たちは嬉しそうにそれを受け取る。
「政宗、兵糧ってなに?」
政宗「ああ、戦のための食料だ。お前の時代じゃどうか知らないが、戦場で長持ちする美味しい食料ってのは難しい。」
「そっか・・・、確かに。政宗が、皆に作ってあげたの?」
政宗「まあな。こんな過酷な任務、楽しみがないと士気もあがらないだろ」
「ふうん・・・・・・」
(友達みたいに接してるのに・・・・・・ちゃんと上に立つ人として、皆のこと見てるんだ)
さっき御殿で見た姿といい、今の姿といい、感心してしまう。
(さっきはからかわれて、むっとしちゃったけど・・・・・・)
「・・・・・・またちょっと、見直したな」
政宗「ほー?見直したってことは、俺を見くびってたってことか?」
「う、ううん、そういう意味じゃ・・・・・・なくもないけど」
政宗「聞き捨てならねえな」
「わっ」
政宗が腕を伸ばしてきて、慌ててそれを避ける。
なんとか捕まえられずに済むと、政宗は意地悪い笑みを浮かべた。
政宗「・・・・・・いい度胸だ。捕まったら覚悟しろよ」
「か、覚悟ってなんの?」
政宗「この俺が直々に懲らしめてやる」
「えっ、ちょっと、待って」
政宗「待たない」
楽しそうにじりじりと距離を詰める政宗に、後ずさる。右に逃げても左に逃げても、絶対に捕まる気しかしない。
(どうしよう・・・・・・っ)
政宗の家臣「あっ、ゆう姫様、そっちは危な----」
「え?あっ------」
制止の声がした瞬間、ぬかるみに足を取られ、身体のバランスが傾いた。
(嘘、ここ、崖だったの・・・・・・⁉︎)
背後に広がる急斜面に、反射的に何かを掴もうと手を伸ばす。
政宗「ゆう!」
(っ、・・・・・・!)
政宗が手を伸ばし、とっさそれを掴んだけれど、遅かった。
(お、落ちる・・・・・・っ!)
「へえ。お前の感謝の気持ちは、そんなもんか」
なんか言いそう、言いそう〜
「俺は、態度で示して欲しいんだが」
これも言いそう、言いそう〜
「さあ、どういう態度だと思う」
ああ、言いそう、言いそう
政宗のこういうからかい気味の口調楽しいよね〜❣️