今朝から体の調子が著しく悪い。
喉は痛いし、頭痛も酷い。
電脳世界に来てから一度も、この様な症状になった事は無かった。
「……うっ」
頭が割れるようにズキン、と痛む。
「うぅ、こんなんじゃご主人を起こす事も出来ない…」
いつもはけたたましいアラームの音でご主人を夢のセカイから連れ戻す。
しかし、今は兎に角やる気が出ない。爆音を出すのには相当な体力が要る。
喉も尋常じゃない程痛いので、大声を出して起す事も不可能。
ご主人は私が起さないと一日中起きない。妹さんが起してみても起きた事は無く、
「エネちゃんじゃないと起きないみたいだよ」と言われ、私は何故かご主人の"目覚まし時計"に
なっている事に気付いた。
――今はそんな事はどうでも良い。
若しかしたら新種のウィルスかも知れない。
一刻も早く原因を調べないといけない。
先ずはデスクトップを捜索してみる事にした。
デスクトップはmusic、picture等のフォルダ、また
vocaloid等のアプリケーションへのショートカット等しか無かった。
……様に見えたが、端っこに小さく見覚えの無いショートカットがあった。
ショートカットの名前は、"ene.exe"。
「何これ、こんなのあったっけ…?」
少し怪しい気もするが、気にもなる。
私の名前のアプリケーション。どういう物なのだろうか?
体調が悪い事よりも気になり、即座にexeファイルをクリックしてしまった。
――エネを消去しますか?
目の前にバっと現れた文字には、確かにそう書かれている。
……そして、"はい"だけの選択肢。
「え、ちょっと…そんな――」
マウスが勝手に動き、"はい"の文字を押した。
その瞬間「エネを消去しますか?」の文字がフワっと消え、
けたたましいビープ音と共に、目の前に無数の"ERROR"が表示された。
「ゃ、あ…くぅっ…!」
声を発しようとしても、潰れた呻き声だけしか出ない。
目が熱くなり、涙が溜まる。
調子が悪かったのは、これがバックグラウンドで少し動作していた為だろう。
「ど…し、て…ぁあ…っ」
あのexeファイルは開かなくて良かったんだ。
こんな目に合わなくて済んだし、
――ご主人が私をこんなにも消したいと思っていた事を知らなくて済んだから。
「く…ぁぁあぁっ!」
"ERROR"が消えて、"エネを無事に消去しました"と表示された時にはもう私は――。
ここに来るのは二回目。
あの時は蛇の少女が助けてくれたが、今回はどうなるのか検討もつかない。
ご主人、……そして遥。御免なさい、そして有難う。
榎本貴音の二回目の人生は終わり、
――三回目の人生を、新たに始めます。