↑の続きです。
そこで地図を確認してみると…
昔の地図の溜池と書かれているところが亀ヶ池のようで、まさにその縁辺りに、前回訪れた「亀ヶ池弁財天」があったのです!(小さく赤点した場所)
わぁ〜繋がった!🐢⛩️
と言うわけで、もう一度亀ヶ池弁財天を訪れてみることに。
やはり、階段だらけ。
この辺りは溜池の中だったんだなぁ…
そして亀ヶ池に再び!
亀ヶ池弁財天はその頃の池のなごりだと言われていて、中の島に祀られている祠は かつて亀ヶ池の一角にあった物で、中には弁天像が納められているとのこと。
池の中には冬眠してない亀が沢山います!
1匹、ずっとオイデオイデをしてる亀がいました(笑)🐢
稲付川跡を辿る探索はこの辺りまでで一旦終了。
ここからはまた別の見所があります。
亀ヶ池弁財天の裏側には、赤羽台団地が広がっていて、ここは前回の、陸軍専用引込線跡を辿った時に知ったかつての軍用地、被服廠本廠だった場所なのです。
そして戦後は米軍に接収され、東京兵器補給廠の一部として利用されていました。
その土地が返還され、日本住宅公団によって赤羽台団地が造られました。
東京兵器補給廠では、倉庫・管理施設・一部は米軍住宅としても使われていたようです。
公団住宅として造られた赤羽台団地は、その後老朽化に伴って建て替えが進み、現在は『ヌーヴェル赤羽台』など新しい住宅と学校が共存する街になっています。
また、当時の団地建築を伝えるものとして、今では珍しくなったスターハウスが保存されています。
スターハウスは1950〜60年代の公団団地に特徴的な、放射状に住戸を配置した高層住宅で、採光・通風を良くするための、当時としては先進的な設計でした。
建て替えで殆ど姿を消した為、実物が残っているのはかなり貴重のよう。
保存の為に改修されているような箇所もあり、とても綺麗な状態に見えました。
そして、このスターハウスの42、43、44号棟(ポイント型住棟)と、その脇に建つ旧赤羽台団地41号棟(板状階段室型住棟)









































































