公演情報

http://operashomon.com/

 

おいおい…なんでこんな美しいことしたん!?ってお亮ちゃんに詰め寄りたい・・・。

 

てなわけで解禁以来とーっても楽しみにしていた羅生門、早いものでシアターコクーンで開催中の東京公演も明日が千秋楽ですね。私はハンサムぶりの遠征で先日16昼夜・17昼の日程で観てきました!

17は昼しかみてないのですが、吉沢さんと佑くんの芝居が16日と明らかに変わっていてびっくり…なんかあったんですか?やはり舞台は生き物だなあと感じる次第です。

 

オペラと銘打ってはいるものの、別にオペラではなくて、コンテンポラリーダンスのパフォーマンスとちょっとレトロで不思議な音楽メインの舞台でした。

美術もひとつひとつの場面がかわいいようなちょっとこわいようなイメージの連続でまるで絵本のよう。

ダンスは特に冒頭の鳥のダンス(この音楽「命の筆」もすばらしい~)と、中盤のランプのダンスがとても好きでした。ランプはお尻がむきっとしててかわいかったです。

音楽は、アコーディオンとかチューバがレトロでちょっとユーモラスな響きでいいし、稽古中からも生演奏をあてて役者さんやダンサーさんたちと合わせてされていたとか。

青葉市子さんデュオ(+トリオ)の「荒城の月」はまるで讃美歌のように天から降ってくるような天使のような歌声だし、聴いてて何回も天に召されそうになっていました・・・サントラが欲しいです。

 

さて原作芥川龍之介の作品では「羅生門」「鼻」「蜘蛛の糸」はともかく「藪の中」を読んだことのある人はそんなに多くないのではないか・・・しかも、劇中のストーリーらしきストーリーはほぼ「藪の中」。あまりストーリー性に重きを置いた舞台ではないと思うので、話を理解するのに時間をとられるより先に頭に入れておいて美しい舞台と歌や演奏、ダンスをじっくり楽しむのもありではないでしょうか。

 

ということで劇中の「藪の中」「蜘蛛の糸」のあたりを中心に書いてみようと思います。あれもこれも素晴らしいし、役者さんも一人ひとりこってり書きたいのですが、このブログの主旨で基本吉沢さんのことしか書いてません。お許しください。

 

「悪い夢」から逃げてきた男(柄本佑)が逃避行の途中で聞かされた「コロシの話」。

それは、武弘(吉沢亮)と真砂(満島ひかり)という夫婦が新婚旅行の最中に多襄丸(柄本)という盗賊に襲われ、犯行現場と思われる藪の中に武弘の死体がみつかったというもの。

ところが犯人として捕らえられた多襄丸も、尼寺へ身を寄せた真砂も、さらに巫女(銀粉蝶)の口寄せによって現れた武弘の霊も、すべて殺したのは自分であると告白し、3人の証言は食い違う。何が起こっていたのか?

 

藪の中で繰り返し再現される武弘殺しのエピソードは、証言者の「エゴイズム」によって事件がどう変化するかが面白いところです。

 

多襄丸は「女好きで義賊とは程遠い悪人」のイメージのまま妻を強姦し、妻を手に入れるべく暴力をもって武弘を殺すし、真砂は「まるで菩薩のよう」に犯された(凄くエロチック)自分を蔑む夫に耐えられず心中しようと思ったが自分は死ねなかったと語る。

 

場面がかわり男(柄本)の悪夢「蜘蛛の糸」のエピソードになる。ここでは男(芥川かな)と母のエピソードのあと、3人の邂逅が描かれる。

亡者に襲われる男は、天上の女に「もう罪は犯さないからそばにいたい」と赦しを請い、女は(あまり乗り気でないようだが)蜘蛛の糸を男の上に垂らすが、そこに死霊となった武弘が現れる。

 

「死んだはず」と吐き捨てる真砂。しかし武弘は多襄丸にむけたうっとりした真砂の表情をみて本当の愛を知ったといい、自分たちは本当の夫婦になったのだと言う。心が結ばれる二人・・・(え?ほんとに?という気持ちが・・・)

二人の心が響きあう歌詞のない美しいハーモニーだけの「木霊たち」の歌。真砂は武弘に「来て」と招き、見ているほうもうっかりこの愛が成就するかと思いきや、武弘はそれを拒み苦悶の表情を浮かべながら地の底へ戻って行ってしまう。真砂は消え、ほったらかしになっていた男もまた、亡者に地の底へひきずりこまれ・・・

 

舞台は戻り、巫女に呼び出された武弘の霊の告白。武弘は無理やり犯されたはずの妻があろうことか多襄丸のものになるため自分を殺せと言ったことに怒り苦しむ。結局妻は逃げ、多襄丸も去り一人残された武弘は絶望の果てに自ら命を絶ったと語る。

 

武弘殺しのエピソード中、繰り返されるテーマ「透明な楽園」も多襄丸と真砂の絡みのシーンは情熱的なタンゴ調になったり、寂しいオルゴールアレンジになったりと同じ曲でもイメージが全然変わっておもしろいし、最後の武弘の死の間際の歌は、怒りと憎しみを通り抜けた穏やかでさえあるワルツになっています。最初の出だしがマイナーで入ってくるのがまた胸がぞわっとしていい。

吉沢亮さんの歌はかなり情感が乗っててよかったと思います。もともと歌は上手だけど声もいいし表現力がぐっとアップしている!ボイトレはこれからも継続してほしいなあ。まだまだ伸びしろがあるぞ!

2幕の武弘の告白は、胸をかきむしらんばかりの怒りと苦しみと絶望で、こちらも息をつめて引き込まれていたよ…。

この武弘と、蜘蛛の糸の武弘はちょっと違う。巫女が「これぞ真実」と提示されていたけれど、どうなんでしょうね?

 

さて…

劇中の女たち、羅生門の老婆も、蛇を売っていた市場の女も、自分を飢えさせないために罪を犯した母も、殺されないように体を差しだした真砂も「生きるためだもの、悪くないよ!」と揺らがない。満島ひかりさんの「女」は可能な限り純度をたかめた女の原始的な魂そのもののよう。


男は自分の欲望をみたすためにも、傷つけられたプライドを保つためにも何か理由が必要で、それはモラルであったり軽蔑であったりするのだがそんなことをしている間に全て失ってしまう。

 

加害者の多襄丸と妻を奪われた武弘は、真砂を蔑むことで結託するし、何なの…とも思います。大体、罪を犯さないてなんだよ・・・。真砂にしろ市場の女にしろそりゃ響かん!と思う。武弘も結局真砂を受け入れるのではなく、自分の中のファンタジーに閉じ籠ってしまったし…

武弘が巫女の口を借りていうように「これは愛の話ではない」わけです。

 

ところで、原作の武弘の「もう空も藪も見えない」のあとには続きがあって、死にきれず苦しむ武弘のもとに誰かが戻ってきてとどめをさした、というものですが…気になるかたは原作読んでみても面白いかも。ウェブの青空文庫で無料で読めるので。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/179_15255.html

 

さて、この後は地方公演。また変化がみられるかな?楽しみです。