はじめまして、あづさです。

自分の昔話をします。昔と言っても最近のできごとではありますが、細かく話していきたいと思います。

学生を卒業し社会人になって、働き始めて数日間くらいたったとき社会の厳しさ人の怖さに気づきました。

元々人と喋るのはあまりうまくなかったせいか、毎日泣いて働き、過ごしていました。

汚い話にはなりますが、お腹が痛くなって嘔吐したりそれでも会社に行かなくてはならないプレッシャーに押しつぶされそうになりながら仕事に行く日々でした。

自分はメンタルは強いほうだと思っていたんですけど、そうではなくてかなり弱々しかったです。

やめるなんて考えたことがなかったので、どうしたら1日をうまく終わらせられるか自分のメンタルをどうしたら崩れずに生きていくかを考える日々でした。

そして考えついたのが「限界になったら死ねばいいや」

その言葉で仕事を頑張れた部分があります。まだ死ぬほど辛いわけではない。限界ではない。そう言い聞かせながら毎日働いていました。21歳の時、高熱、吐き気、嘔吐にさらされ何件か病院にも行き原因不明の病になりました。どこに行っても原因は不明でした。

そんな僕を見た母親はもうさすがにやばいと思ったのかお仕事やめてもいいよと行ってくれました。すぐに新しい正社員募集の仕事に切り替えました。ハローワークで見つけた仕事です。30代と40代のパートの方二人とおじいちゃん先生(医師)とその奥さんで経営している病院につとめることになりました。でも正社員にはなれず結局3ヶ月たっても正社員にはなれませんでした。患者が減ったから社員にしてあげられないと言われました。

当時僕は兄弟の学校のお金を払っていたので社員じゃないと困るし親の圧力もあり、だいぶ焦っていました。

段々毎日に嫌気がさし人間関係にも疲れ、段々死にたいを考える日々になっていきました。

そして人間関係についていけず自傷行為をやりつつ仕事に行っていました。自傷行為をしても何も良くなることはありません。8月25日僕は思ってもないこと、会社の人にやめます。と言ってそのときに死のうと思いました。河川敷で自殺行為をしました。警察沙汰になり救急車で運ばれ未遂で終わりましたが、入院することになってしまいました。そして退院したあとも何度か自殺行為をおこないました。首吊りや飛び降りや首を切ったり色々やってきました。明日が来るのが怖かったです。

嫌われるのも怖いです。

今でも怖いけど、生きるために夢中になるもの探しなさいって先生が僕に言いました。

なので、配信を選びました。

飽きるし、来ないと拗ねるし、被害妄想ひどいし

僕にいいところなんて1つもない。

でも少しでも人が来てくれるならいいじゃないか。

そう思わせてくれた君。お前は配信者だろと言ってくれた君。

僕は配信者だから配信しかないから頑張っていくよ。

どうせ死ぬなら大きな夢を見てから死にたい。

最後までよろしく。