たなかのブログ


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小さい頃からこうだった。
違和感があったけど、全ては謝ってしまえば皆が笑顔になれたのだ。私は悪役に仕立てられ実際には歪み狂った世界のヒーローとして上手く世界を回していた事を分かっていた。駒が無いとチェスは出来ない。

違和感に確信を覚えたのはガラス工房を営む祖父が死んだ夏。

いたずら好きな祖父がラムネを飲んでいたらビー玉を飲み込んだふりをして苦しんでいる姿は苦手だった、人はいつかは死んでしまうのを知っていた。そして怖かった、魂が抜けて祖父のガラス細工はもう見れなくなった。

ガラスは綺麗だ、でも歪んで見える
それと同じように世界はいつも歪んでいる、変な顔で睨みつけて拳は腹や頭を何度も叩きつけた。その度少しづつ普通じゃない事に気づき出した。

ある日いつものように殴られて初めて反発してみたらボコボコにされた、運良く逃げ切れた私は家の外。とぼとぼ歩いた、知っているところまでしかいけない自分に腹が立っていた。

大人になりたい、大人になって好きなように転がって涼しい部屋で透き通って居たい。

「お前…綺麗になったな」
気持ちの悪い言葉を私を殴りながら父はそう言ったのは16になる年だったから、女になりつつある事を実感した。
ヒーローである事を信じて、毎日痣を作り歯を食いしばる。耐え無くていい、このまま死ねば何もかもこの絶対王政は終わるのだ。罪を背負い、罪悪感を一生刻み付ける事を想像したら痛みを感じる度にワクワクした。

より強く、エスカレートすればするほど終わりが近づくのだ。素晴らしかった。この後自分の葬儀が行われて、蔑まれる父の姿を思い浮かべてニヤリとした。

頭が壁に打ち付けられる、割れるようなズキズキとした痛みとバチンと平手の破裂音。柔らかい腹を肉を蹴り、埋まる私の体。もっとやれ、もっとやって、殺してみろ。そしてお前は一生、悪者になるのだ。透き通るほど歪みが見えてくる、この世界はビー玉そのものだ。

鏡を見た。
赤黒い血の塊、青紫と黄が混じった水彩画のような痣を見て順調だと笑った。叫び声をもっと響かせて行けば良い。ヘルプを求めたエンターテイメントだった、気が狂ったような勲章に綺麗だと言われた女体らしき肉を私は被ってそこに立ちつくした。

頭を下げ続けた。
「分かれば良いんだヨォ〜、ナァ!そこ!そこで土下座しなさい」

母を横目で見る。殴られる前に謝ってしまいなさいと言わんばかりの顔、むかつく。

私は床になじった額の感覚を絶対に忘れない。
屈辱を超えた先には、筋肉のついた膝の、頭を蹴り上げた父の膝の上に座って優しく微笑まれるのだ。それでいつもの茶番が終わる。
絶対に逃げられないようにする為に、自らおとりになり続けた。

その一方で高校生でもある、普通の少女として普通に振舞っていた。そこもまた、地獄だが家に比べれば幾分かマシだった。

「あんた、なんかおかしい」

そうある人に言われるまでは。
何時ものように私は先輩達とばかり側に居た、昼休みの時も決まって恋人の先輩とそのグループと一緒に購買に行きパンを買って走って自分の教室に戻る。同級生とも隔てなく話し、笑い決まって一人で帰宅した。

一人になると凄く楽だった、でも気を抜いていた。ずっとそれを見ていた奴が居たとは知らなかった。それはこの学校の同じクラスでは無いであろう、青白い青年が神経質だからこそ気づいた違和感だった。

「あんた、なんかがおかしい」
もう一度言われた。顔が引きつる。

彼の目は涼しげな奥二重で逆睫毛で今にも目玉に刺さりそうだった。そうだな、今なら分かる。彼は仲間だと思いたかったんじゃないかな。

彼の名は村上と言って、女子の間では人気だった。私は先輩の恋人とは別れて、別の大学生と付き合うことにした。暫く経つと、村上は帰り道に待ち伏せをして居て少し話す程度の中にはなっていた。くだらない話を極力した、村上は完全に私の中では外部の人間だし私は学校での自分の仮面に傷を付けたくなかった。村上は変わり者で、おとなしいがなんだか正義感があるようでそれが凄く迷惑だった。

私が学校と家の地獄に挟まれた中で、気の狂ってもおかしくない中で、唯一落ちつくのは危ない場所だった。高校生はこんな所へは来てはいけないのは分かっているが私は至る場所で偽りの自分を演じる事が快感だった。ある時は金持ちのお嬢様になり、親からの高額なプレゼントがやっかいだとか最近行ってみたい高級料理店などについてなど次々に嘘が出て来た。またある時は、大学生と偽り年上と仲良くなる事も容易かった。こんな風にして私はいくつもの人生を生きていた。

村上の迷惑なヒーロー気取りが私のプライドをズタズタにした日は今も鮮明に覚えている。
私は1人帰り道いつものコースで帰っている時にたまたまその息抜きの場所の偉い人に会い、立ち話をしていた。どの嘘を付いたか探り探りにしながらやり過ごした私は道の脇にいる村上を見つけた。

「誰?今の。」
「さあ、知らないおっさんだよ」
「やっぱお前おかしいよ、何か」
「私普通だよ、普通なつもりだから」
「なんか痣とか大丈夫かよ、いつも見えてないけどたまに見えてるよ。お前、帰り道は油断してるからさ…何かあったら連絡してくれよ」

そう言って携帯番号を描いた紙を押し込む。
やっぱり迷惑だったが、何か使えるかもなとも思った。少し頼りたい気持ちもありながら、また今日も家に引きずり帰った。




「うるせえッ!!!お前はなんで口答えをするんだ!!!死ね!!!死んでみろ!!」

バシッバシッバシッ

顔を容赦なく殴られる、耳を引っ張りながら玄関先まで連れ込まれる途中にブチッという筋肉繊維の切れる音がして自分の耳が少し千切れた事に気づいた。痛い。

父の顔を見ると気が狂ったままだ、怒りを止められないのだろう。私はエスカレートする度にしめしめと思う程暴力による痛みに慣れ始めていた。痛いには痛いけど。

ああ、でも良く考えたらスリルがあった。アドレナリンが出ていて、毎日走り回り逃げていた。母の「やめてよぅ!!」という言葉には毎度毎度嫌気がさした。別に嫌いじゃないけど、メソメソ泣くならさっさと終わらすか、もう産まないで欲しかった。勝手なんだ、人ってのは。

耳から血が垂れてくる。視界がいつもグラつきグニャリの曲がる、やはり欠陥品は欠陥品なんだ。
私は弱い、こんな風にドブねずみのように小汚く泣きべそを書きながら歯をガチガチ言わせて震えて殴られている事しか出来ない。そして負けて、白旗で相手を突き刺すしか16かそこらの私には成す術はなかった。強くなりたい、殺意と憎悪で睨み付ける。それはもう眉に目がひっつく位に。
「親になんて目をするんだァ!!」
子供になんて事するんだよ、と思ったがもう意識が朦朧としてよくわからなかった。

母はまたやめてよぅと中途半端に間に入り、邪魔だなと思った。子供は動物なんだ、痛みで分からせないと駄目なんだ!と叫んでいたが何について怒っているのか正直良く分からなかったし分かってもそんなに全力で殴りかかるほどの事でもなかった。

母は私に何度も言った。
「もっと悲惨な家もあるのよ、うちはマシな方よ」「たった1人のお父さんなんだから」

悲惨な家もあるだろうな、確かに。
悲惨な家があったってなんだ?私は今まで生きて来て例えばアフリカの難民について可哀想だと思った事がないし私がマシなんだとも思った事もない。たった1人のお父さん?まあたった1人のお父さんだろうな。だからなんだ?全然理解が出来なかった。

人間はなかなかしぶとく暴力なんかじゃ死なない事も学んだ。エスカレートした分、怒りの沸点も低くなり状況が悪化しただけだった。もうお手上げだった、村上とはメールや電話を毎日する仲になり私は初めて全てを話した相手だった。嘘偽りも無く。村上は真面目に聞いてくれたが正義感が見え隠れする度に無力で威勢だけは良い小動物のような肝っ玉にイライラした。

こうなったらもう自殺するか。と思ったのは16歳が終わる夏だった。確か。
何もかもが嫌になった訳では無く、計画の内の切り札だった。良く考えたら私は誰よりも父を愛していたのかもしれない、これ程にまで他人に人生を捧げた事は無い。

学校に通っていた時、最初は輪の中心だった。
自分に自信があり、何より全て下級の物だと思っていたんだ。だから、神のように優しくピエロのように戯けて時には皆を仲を深める為に誰かを犠牲にして遊び使い捨てる。そうして私は王室を作り上げたつもりでいた。
私の中で会社で言えばトップ、幹部数人、部下というように役割を頭の中で位置付けて目的やアクションをした。その中のいつも私の隣に居た親友を私は裏切ってみた、その親友に恋人を提供し良い感じで奪い取った。凄い顔をして皆を巻き込み、私は自分で作り上げた王室から自分のせいで追放される事になった。いじめが始まった。なんだかもう芝居臭い幸せなハリボテを見るのも嫌になってきている。こんな風に私はいつしか壊れていった。いや壊していった。

苦痛が生かしているのかもしれない。
どこへ行っても地獄行きの方がなんだか楽だ。
私の株は大暴落した。それでもあんまり何も感じない、本来の自分がさらけ出せてせいせいしたとさえ思った。馬鹿が騙されたから悪いんだ。馬鹿が。

それからもう村上はおかしいなどと言わなくなった、なれたんだろう。電話をしても、メールをしても出なかった。思いの外、傷付いていた。最後のマッチが湿気っていたような喪失感だ。数日後の帰り道に村上が少し自分と似たような長い髪の女と歩いているのを見かけて街路樹を蹴飛ばし、まだ青々とした葉をローファーですり潰した。

人ってのは勝手なんだ。
いつも土足で踏み込んで部屋を散らして、物色して自分の荷物を持ってきて図々しく居座って汚い部屋は駄目だと文句をつけて去っていく。もうそれは1人の部屋に戻そうとも、香りも爪痕も残っているのだから。

いつも戦っていた気がする。
戦って空気を殴り向かい風に吹き飛ばされそうになって崖に向かうようなそんな道だ。
いつしか私は声をあまり出さなくなった。
じっとそこに涙を堪えて喉の奥の締め付ける、そうしているうちに悲しみが肺辺りを見回す。

息抜きの場所へふらふらともつれる足を歩かせる、自慢の白肌は青黒くくすんで見えたのは夜の街の卑しいブラックライトの所為かもしれない。
そこで出会った村上によく似た睫毛の落ちそうな男が私を見つけて気味悪く歯を見せた。喫煙者の独特な黄ばんだボロボロの歯をチラつかせて獲物のように見つめて離さなかった。

この人は悪い人だと思った。父とも村上とも違う、正義を語らないまっさらな悪人だった。安心した、この人は正体を明かしている。安全だった。地獄行きに歯車がかかり、私はついにおかしくなった。その人に罵倒され、髪を掴まれ抱き寄せられるのが好きだったし遠慮無く憎悪を抱いて見下した。変にすがすがしかった。この男は私を急降下しながら愛している。

村上は、学校に行かなくなった私をたまに気にして電話をよこしたが一回も出なかった。白肌の髪の長いあの女と上手く行かなかったんだろう、ヒーロー気取りを見るのはうんざりだった。
それでも時間は流れて行き、ドクドクと染み渡る。落としても落としてもなかなか割れないビー玉。春が迫っていたが私は同じレールにそもそも入れなかった。

天井を見上げても空を見上げても同じだ。
ただ桜は優しく花びらを落としてくれる、千切れて千切れてコンクリートにミンチにされる。桜は綺麗で苛々する。あんな風に花びらのゴミになれたら。汚れた制服の胸ポケットに入れているビー玉で桜並木を眺めると上に舞うように見えた。

死にに行くのは簡単だった、意識が遠のいて行く時に特に何も思わなかった。結局、なんか奇跡的に助かって良かったのか悪かったのか朝方意識が戻った。心臓の音が久しぶりに耳で感じる。
そうしたアクションは、私達家族に劇的な変化を遂げた。意外と皆は人間だった。

父は薄汚い生成りのメモに震えるボールペンの字で謝罪の手紙を私によこした、殴ってごめんなさいとそんな数分で書いた紙切れで私の何年もの毎日の毎時間の事を済ませられたことに傷付いた。

それからは父は泣いた、初めて泣いた所を見た。
何の心の痛みもない。中年の男の涙の垂れ流す様は気味が悪く汚らしく、シワに涙が入り込み潤って弾いたりしない。しみ込んで生き男のざらついた皮脂と化すだけである。気持ち悪い。

「お父さん、泣いてたよ」「許してあげなよ」
「大人の男なのよプライドがあるのよ」「許さないなんて鬼だよ」

そんな罵倒を皆から受けた時私は首をかしげた。
なぜ、何のために。このずっと敵を悪者を排除するためにボコボコに殴られて来たこの痣は何の為に。どうして、私を皆おかしいような目で見ているのか。どうして私が悪者なのか。

ロープのくくった首の感触がやけにリアルで未だに覚えている。後悔は無いが、祖父のいたずらっぽい顔が浮かんだ。あの顔は、私にとって濁りが無い。あの時ビー玉を飲み込んで死ねば良かったと思った。だったら閉じ込められずに済んだ。
17歳の私には何もかもを突きつけられても、突き刺さりそのまま刺し殺されていくだけである。

どうして逃げても逃げても帰っていたのか。
あんな風に真面目に学校にもきちんと行き、どんなに理不尽に殴られても家に帰っていたのか。
私にはどこにも必要とされていないような気がした。それでも反対向きの歪んだ世界を閉じ込めたような丸い世界に隅に隠れる事も出来なかった。
突然に世界に放り投げられて、捌け口となって振り回されて自分の事も分からぬまま否定され続けた。謝るしか術は無いし、憎んでも殺そうにも意気地なしで真面目な私には出来なかった。自分を殺そうとする事で何もかもが崩れてしまった事に少しだけ驚いて、少しだけ安心と嬉しかった。

それから家の中はぐちゃぐちゃになり続けた、母は倒れて入院して父は弱々しくおかしくなる。私も時折発狂するほどぐちゃぐちゃになった。でも快感だった、今までよりはましだった。でも今までの方がきっと家族にとっては正しくて幸せだったのかもしれないと気付いて、涙を垂れ流す。泣き声を押し殺す事も痛みの悲鳴を我慢する事も唯一の特技だ。


「お前のせいで」
「お前が家をぐちゃぐちゃにした」

その通り。
「お前さえ居なければ」

その通り。

「悪魔だ」

その通り、私は若さゆえにヒーローを気取った悪魔だった。静かに怒りも悲しみも押し殺す事しかできない。家から数メートル先の坂を降り切らずに帰ってくる日が続いた。

余計な事をしたのかもしれない。
私がおかしかったのか、そうかここが私の全てだったのか。受け入れられない私が悪かった。

可笑しかった。
あの悪人の男と泣きながら会った、青いボックスのダサい車が懐かしい。ダサい曲と静かな夜と、いつも酔っている男。私を見下し、馬鹿にする男。良く考えたら父に似ているかもしれない、父よりも深い悲しみを背負ってまだ少しだけ優しい気持ちが残った人。多分時間が経てばその少しさえ無くなる。その少しが本当に愛しい。

私はもう駄目かもしれない。
春はそこまで来ていたし、皆は今頃受験勉強をしている。青春を惜しんで、チャイムのBGMで笑っているんだろう。私は何周遅れだろう、そもそも本物の私は走っていなかったのかもな。

もうずっと日に当たらないせいで青白い蛍光灯のように、或いはあの高校生が立ち寄っては駄目なあの男達のあの場所のブラックライトのように卑しい肌をした女になっていく。少女と女の間の私は鏡を見る度美しいと思った。もうあの男に会う事は無いんだろう。

学校にはもう随分と行っていない。
退学だ、かつては輪の中心の可愛くて元気で皆を纏める気さくな私はどこにも居ない。ただ裏切者の泥棒女が静かに悲しくなっただけだ。生まれてから、男は最初から肝心な時には助けてくれないし女は産まれながらにして女の卑しさを持ち合わせているものなのだ。

芽吹く春を見て村上を思い出した、あの優しい無力な睫毛は瞳に刺さっただろうか。あのネオン街を久しぶりに歩いた。村上らしき青年がより一層虚ろな瞼で笑っていた、ああ私は何も知らなかったんだ。村上も歪んだ世界に閉じ込められている。でもそのふわふわして今にも飛び降りそうな一時的な悪い幸せを彼にどうかずっと与えてあげたくなった。さようなら、さようなら。

父はあのような謝罪の書いた数時間後に私の顔をグーでぶつけた。ゴツゴツしたあのグーは、何か正したのだろう?それとも私は鉄かなんかだと勘違いしていて叩けば叩くほど強くなるとでも思ったのか。実際にはガラスだった、あなたのせいで粉々にキラキラ光ってそのグーが次に破片で傷つけば良いのにと願う事しか出来ない。弱い母の病院へ、行かなくては。

母は涙を流して謝る。私が悲しめば、それ以上に悲しむ。うざったくて憎くて、それで凄く大事だった。かつての美貌も、折れそうな足も、しなやかで細いウエストも自由も全てを失って駄目になった母の人生に目を合わせる事は今でも出来ない。どうか母には、私が不幸でも勝手に幸せになるくらい憎まれたり憎んだりしたいなと思った。
トルコキキョウのレースをゆらゆらさせて、数日あまり食べていないお腹を抑えて来てしまった満開の春が咲いた坂をパタパタ登る。パタパタ。

小さく足音を踏みしめながらまた、祖父のビー玉に景色を写す。このビー玉は沢山の泣き声と叫び声を聞いて涙が詰まっているから歪んでいたんだなあ、顔なんかこんな風に歪んで泣いているのか怒っているのか全く分からないよ。控えめな色をした春の穏やかさが散って散ってやらかく私を包んで微睡んでこの町を出ることに決めた。その坂を登り切らずに17歳の私は倒れて、記憶が消える。

どこか見つからないバレない場所に流れついたらいい。都会に紛れて歪んでいる事さえ分からなくなりたいとミンチになった桜の残骸の散らばるコンクリートに左頬を擦り付けて、そう思った。