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ホテル・ルワンダとR30

昨晩、ホテル・ルワンダを観た。

そして、

ちょっと中断して、テレビを見ると、

R30という番組に、どこかの内戦を実質的に沈静化した人を特集していた。

名前は分からない。(調べたけど)



でも、少し分かったことは

その内戦を終結させるために、アメリカは

ゲリラのトップを副大統領に据えたという。

そして、彼はその選択を正しい、正しくないで判断しなかった。

戦争を終わらせる手段として、そこにあった選択肢だそうだ。

そして、平和を取り戻したその国では、

元少年ゲリラとゲリラに両親を殺された子供たちが一緒に学んでいるという。

元ゲリラの少年は裕福に暮らしているから服装ですぐに見分けがつく。



そして、彼はあるエピソードを話しながら笑っていた。

「人を殺せば、裕福になると思っているんじゃないかな。」(記憶が少しあいまいだけど。)




そして、ホテル・ルワンダを観た。


アカン、


と思った。


何かは分からんけど、とにかくアカンと。


もうしばらく、この感情を整理しなきゃ。



はっぴょう、おわったよ



修士論文発表会



・・・仰々しいな。


とりあえず、終わった。


2年間の集大成というもの。


ひとつのことに対して、ただただ時間が過ぎていくのに身を任した。


集大成というには、あまりにも受身過ぎる2年間。


でも、研究以外の姿勢はこれまでのボクの姿勢とだいぶ変化した。


目の前にある仕事や課題に取り組みつつ、そのほかの事柄に対しても、力を入れて取り組む。


今、思い返せば明らかにきつい時間をすごしたこともあった。


それでも、2年間を平穏無事に過ごすことができたのは、ボクの周りにいてくれた人たちのおかげです。


ひとりひとりにありがとう、を伝えていると、3日くらいかかるので、この場を借りて。



ありがとう。


立ち位置

斉藤環



茂木健一郎

の往復書簡なるものを本日、読んだ。


なぜ、茂木さんは返答しないんだろう。


とても、聞いてみたい。



ともあれ、その中で斉藤環が述べていた。



斉藤環の著書を好意的に評価した茂木健一郎に対して、


ポストモダン的思想に対する批判的な姿勢をとる茂木健一郎が、


ラカンの思想に対して、好意的に振舞うのはおかしい。



これを読んで、考えたことがある。


ボクには、何かを批判的に捉えられるくらいに重心を置いた立ち位置があるのか?

ということ。


日常の瑣末なことに批判的な態度になることは多々ある。

でも、それはボクに染み付いている思想のようなものを否定されたからではない。

なぜなら、思想なんてものをほとんど持っていないから。


思想はポリシーとか、スタンスとか軽いものではないと思っている。

そこをすくわれると、ぐらぐら揺れて、自分自身が崩壊してしまいそうになる程のモノだと思っている。


だから、ボクは思想を持っていない。

ボクの考え方やモノの捉えかた、ポリシーにフィットしないだけで、批判的な態度をとるボクの行動は、決して奥深いところから生まれるものではない。

だから、レスポンスも早く、後悔や反省もしてしまう。


では、思想はどうすれば生まれ、身につくのか?


ボクは他者との関係、社会との関係から生まれるんじゃないかと思う。



生まれた関係から、生まれるもの。


それが、ボクの思想になると思う。


だから、今は閉じないでいよう。


開かれた状態を


キーポン!!