こっちゃんから「こういう気持ちみたいなのは非公開でもいいから残した方がいい」と
ほんまにそうやと思うので。
いつまで続くかわからんけどつらつら書いてみよかなと
どこから書こうか………
結が産まれる前後〜今にしようかな
とりあえず。
2023年
コロナ禍もほぼ収まりつつ、
バンドのテンションとしては結構良い。
ツアーもやりきってまあまあお客さんも来てくれるようになって
個人的にはROCK STOCK MAGAZINEのサポートか、これが大きかった…、この人達に助けられた1年だったと思う
プライベートでは
この年はよくレースに出たなw
こっちゃんにこんなスイッチが入ると思わんかったあw
会社の影響でもなんでも。動き出した君は素晴らしい👍本人も言うてたけど、走り出して良い方向に向かって行ったことがたくさんあるみたい。
(それでも炎天下の中のレースは止めるべきだったと思うw あれは死ぬ)
先ずはバンドから〜
年始からはめっちゃ調子良かったんじゃないかな
イベントも動員も…今思えばね
4月の東京らへんかな
ヨネが体調悪いって言い出したのは
最初はあんまりそのしんどさとか何かがわからんくて「いや、がんばれよ」くらいに思ってた
東京の帰りかな
ほんまにキツそうにしてて、「あ、これはほんまにあかんやつやん」ってなった。逆によう出れたな
そっからはもう………
そこが今の状態のAXのきっかけやったかも
とりあえずライブは全部キャンセル
ヨネは広島療養
結果"帯状疱疹"からの神経麻痺
50代以降とかの人がよくなるやつらしい
いや……おっさん……
って聞いたときは思ってたけど
バンドはうまくいってるように見えて
ヨネのメンタルはしんどかったんかな…と
爆ハイの日かなー
出る予定やったチョリのイベントに遊びに行って
みんなから「大変やなー」とか「大丈夫なん?」とか、、
そのあとイベント抜けてヨドバシのカプリでミーティング。
思ったより顔うごいてなかったし、
聴力もだいぶ落ちてるらしい
あ……終わったかも…
って思った。
いや、そもそもLINEで話してる時点で
こいつもう辞めたいんかなとすら思ってた。
話聞いたら
「よくなるまでどれくらいかかるかわからん
半年後いけるかもしれんし1年以上無理かもしらん」
「ほんで療養のためというか、親に心配かけてしまったからもう広島に戻ろうと思う」
「それでもええ?」
って
ちょっと安心した。
ほんまに辞めたいっていうと思ってた
高校の時もあったな
スタジオ行かれへんくなった言うてきて
なんでなん?て聞いたら
「もうバンドできん」って言われた時のショック
あれがフラッシュバックしてた
もう高校の時とはちゃうんやな
実際はどうか知らんけど
ほんまは辞めたかったんかもしれんしw
今度聞いたろ
まぁなにはともあれ結果
3ヶ月で復帰してたし
ライブのペースは減ったけど
一本一本を大事にっていうスタンスが出来たんだと思う。
ほんで明らかにあいつは広島におる方が合ってる
ほんでAXは間違いなく今の方がよくなった
不思議なもんで…
でも今目的を失いつつある気がする
バンドする意味ライブする意味
スタジオも入られへんし
モチベーションを保つのに必死。
今だけかもしれん(4/9電車の中
ライブしたらまた変わるかも
今度は自分を変えなきゃいけない時なんだと思う
こっちゃんが妊娠した時
「あ、バンド終わった」と思った
あいつらに報告した時も
複雑な気持ちだったと思う
なんとかライブはできてたけど…
忘れもせん
2024年12月
もうダメだった…ほんまに
お母さんの産後うつ?そんなレベルじゃないかもしれんけど、バンドはするつもりになれんかった
考える全てがマイナス
仕事の毎帰り道ちょっと泣いてたなw
初めて練習せんままライブに出た。
誰とも話せんかった
話したくなかった
このどん底メンタルが復活したのがいつかは覚えてないけど、本当に無理だった。あの時期は
今も若干そうなりつつあるけどw
今はまた考え方が違っているはず。たぶん
焦らなくていいのに焦ってる
頑張ってる人達を見たくない
でもつい最近、佐藤二郎のアカデミー賞取った時の
挨拶を見た。
立場は全然ちがうけど……ああ…ってなった
自分はなんてケツの小さいやつなんや。
「お前らは無理せんといつも通りでええ」
これはかげさんが言った言葉
AXは焦る必要ないのかも
でもおれは変わりたい。
焦りじゃなくて、周りがどうこうだからじゃなくて
まだまだ成長したい。人として。