座礁魚 -4ページ目

予定なし

敬老の日


多年にわたり社会につくしてきた

老人を敬愛し、長寿を祝うための

国民の祝日である


さいきんは「高齢化がすすみ老人何千万人」とか

迷惑だよねみたいな統計を出されるだけの

そういう微妙な祝日である


もとは9月15日であったが

観光振興のためのハッピーマンデー政策により

3連休最後の日となる


しかし祝日の趣旨を無視して

老人ほったらかして旅行するってのは

どうなんでしょうかいいんでしょうか


いいのです


そもそも9月の15日とは

奈良時代に元正天皇が養老の滝に御幸した日


だからそれに因んで

海に山に青春を謳歌しちゃうのが

正しいあり方なのです


そんな屁理屈が聞こえた気がする

司法修習生の食い扶持

「司法試験に合格したら生活保護を申請できるか(わりと)真剣に考えている~」法科大生


司法修習生に給料を支払うべきかどうかー

とニュースでやってました

法律が変わってこの秋の合格者から給料を払うのをやめて貸付けにすることになってるらしい

それに弁護士会やらが異論を述べているらしい(今まで黙ってたわけじゃないと思いますが)


前提としては司法試験に合格してもいきなり弁護士開業できるわけなくて

1年間実務を勉強する期間があって、最後にもう一回ある試験を通らないとダメである

んで一応その勉強期間中は身分は公務員に準ずるものであるらしい



勉強する身分のデッチのくせに給料なんてって職人気質の人は思うかもしれないけど

中国あたりから農村に研修に来てる人たちだって生活費+αぐらいはもらってる時代なので

準公務員の修習生からたった1年分の手当までメシ上げるのはいくら財政難とはいえどーなのと感じます

それでなくても司法関連の予算なんて立法行政に比べるとかなりショボいみたいですし


んで、

別に当事者でもないくせにイキナリこんな所で政治的なことをわめきたいわけじゃなくて

今回は単にニュースを見てて思ったことを言いたいだけなんですけど、、


さて伝えられる弁護士会とかの給費制存続派の言い分では


 1. 合格者の半分以上が受験時代にすでに平均300万円以上の借金を抱えてるので

 2. これでは一部のお金持ちしか法律家になれなくなるので

 3. 司法修習生に給料を支払え

と大筋そんな感じなんですが

これって理屈がへんなふうにネジれてると思うわけですよ


簡単に言うと

借金を抱えてるのは「合格者」じゃなくて

「受験生」ないし「ロースクール修了者」なんじゃないのと


たとえば今年の合格率は25%だったらしいので

この3倍以上の人が同じように学費と生活費で借金抱えてるよねーってことですよ


とすると

3.は2.の問題を解決しないってわけですよ


だから、


 1. 合格者の半分以上が受験時代にすでに平均300万円以上の借金を抱えてるので

 2. これでは一部のお金持ちしか法律家になれなくなるので

 3. 司法修習生に給料を支払え


でいいんじゃないかと思ったわけですよ


 1’.ところで司法試験を受けるには平均300万円以上の借金を抱えることになるので

 2. これでは一部のお金持ちしか法律家になれない


というのは、この場合なんというか別の話なんじゃあーないでしょうか

すなわちロー卒業して3回試験に失敗したおじさんたちは借金抱えてどこ行っちゃうんでしょうか

(あとロー制度以前の合格率3%ぐらいだった旧試験の残り97%の人たちは制度廃止されてどこ行っちゃったんでしょうか)

すごく根の深ーい問題な気がしますがとりあえず今回は見て見ぬフリをして進めます


さて話戻して、

さらにいうなら、1.ゆえに3.てのも論理必然じゃあないというか

とってつけたような理由にしかみえないので

むしろ元々は


 3. 司法修習生には給料を支払え (国家の司法を担わせるんだからさ~)

 1’.ところで司法試験を受けるには平均300万円以上の借金を抱えることになるので

 2. これでは一部のお金持ちしか法律家になれない (ロースクール何とかならないの~)


という主張だったのが、

編集の過程で前後してしまって

冒頭のような妙ちくりんな言い分として伝えられてしまったのかもしれない・・


ふー

つらつら書きながら思ったのは


いろんな問題を関連付けて考えるのは大切なことだけど

それぞれの位置づけというか主従関係をちゃんと把握できてないと

かえって別々に取り扱うよりも妙ちくりんな議論になってしまって

結論だけみるともう「ナニコレ」ってシロモノができてしまう

編集者には相応のセンスというかキャパシティが求められる


「給費制」「受験費用」たった2つの論点ですらこのザマであるから

有識者ないし専門家あるいは利害関係者とされる人であっても

いわゆる身の程を弁えずに「制度改革」なんていう大看板に挑むと

そういう妙ちくりんな箇所がいっぱいでてきて

制度の歪みをつくってしまうんじゃあないでしょうか(キリッ


誰でも気付いとる

そうどすか

無為無策

虚心坦懐は字面も難しくて響きもカッコイイけど


白紙であることを強調するのってホントにカッコイイんでしょうか

僕はあまりカッコよくないと思うのです

むしろ手回しが悪いのをアピールして何になるのかと思うのです


なにか期待されてる立場の人はとくに

宿題やってないくせになんか誇らしげーみたいな


あと

訴状を見ていないのでコメントできない

てのは


えーと

・・・ちょっと違うかな