母が入院してから、ジェットコースターに乗りっぱなしの私を支え続けてくれた
ものは、そっと見守ってくれる友人達、時に戒め、時に現実を突きつけ、
時に絶望の中に光を与えてくれたタロットカード、病室で色々な形で使い続けたミカエルのオイル、八幡様、神様系友人、そして何よりも、エネルギー調整だった。
「私には、まだできることがある。」その思いは、恐怖や悲しみや、喪失や自責の念に駆られ続ける自分の大きな光になった。
入院、転院、絶望、混乱、希望、決断、と翻弄される感情の波の中で、
「やれることがある。」という思いは、希望だった。
できることがあるなら、それを精一杯やろう、と常に自分を励ました。
気功師をしている友人からもできることがあったら、と言ってもらっていたが、
弱っている母の情報領域に、多種の情報をいれるのは、かえってマイナスと
思い、気持ちだけを頂いた。
母のエネルギー調整は、私が全責任を持って一人でやろうと決めていた。
毎日毎日状態が変わっていく母に一喜一憂しながら、母の肉体のペースに
寄り添った調整をするのは、母を深く理解する道程でもあった。
全ての生き物が、そして母が、毎日少しずつ命を刻んで生きているように、
自分が母と歩調を合わせて命を刻んでいるという感覚は、私を安心させた。
人はこうやって愛している物達のために命を刻むのだという実感は、命の尊さと、そしていずれ消えていく命に対する誇らしさを私に教えてくれる。
術後1日目の調整は、痺れていて全く歯が立たない。
手術の前後に調整を頼まれることはよくあるので、そうなんだよな~、こういう
感じなんだよな~と納得する。
2日目の調整は、実態が全くつかめず、よくわからない。
この感覚は初めてだ。
わからないって、どういうこと?と自分に何度も聞くが、わからないのだ。
3日目、私は愕然とした。
調整しようと試みるが、動かすエネルギーが全くない。
母を触ろうとすると、古~いごわごわの皮の入れ物がそこにあるだけで、
中身が空っぽなのだ。
ヒャ~、声にならない声が出る。
入れなきゃ、と焦る。
心臓一度取り出して、その間人工心肺に繋いでいたのだから、そりゃそうだよね、とどこかで思うが、だからといってこの根こそぎ感は凄い。
現代医学って凄い。
有難いけどすごい。
変な感心をしながら、ともかくエネルギーを入れ続ける。
入れても入れても、ざるのような感触で足の先の方にフワ~とエネルギーが
漂うが、いつの間にかどこかに抜けている。
全く満ちてこない。
これじゃ、どうにもならないよね。
と不安になる。
どう考えても夜は不味い。
陽のエネルギーが全くなくなる深夜に、この状態で肉体を保てる保証は全くない。
夜は陰が籠る。
エネルギーがない状態で、陰のエネルギーが入り込めば決定的な外邪になる。
どうしよう、と天を仰ぐと「取りあえず火星に繋いどけば?」と声がする。
「火星? 火星でいいの?」かなり半信半疑だが、実行することにする。
とりあえずって、いい加減だけど、取りあえず繋いでみよう。
どんな時でも眠れないことがない私も、流石に今日は眠れないかな?と思っていた矢先に友人からライン。
母の人工心肺は外れているのか?という質問。
術後すぐ母は人工心肺を離脱して、翌日にはしっかり意識もありました、と返答すると、友人の外科医に聞いたところ、人工心肺が外れるか外れないかが
大きな山。
そこを超えているなら、まず大丈夫だそうです、と返信が来る。
良かった! 火星にも繋いだし、これで大丈夫かも、と急に気持ちが落ち着く。
さて、寝るか。
翌日目覚めと共にすぐに母の状態を見る。
動いている。
エネルギーが確かに肉体の中で動いている。
満ちているというところまではいかないが、ただの古びた皮の袋ではなく、
皮の袋の中に、確かに情報が入っている。
よかった、火星もやるな。
多分、今日は少し元気な母に会えるかもしれない。