久しぶりに働いて泣いた話
長女の妊娠をきっかけに退職して4年。この6月から無事に長女(年少)・次女(1歳)を保育園に預けることができ久しぶりに働きました。働いた初日にお昼ご飯を食べながら泣きました。号泣しました。なぜ泣いたか?誰にもせかさせることなく、誰にも後ろめたい気持ちを持たずにゆっくりとお昼を食べることがこんなに幸せなのかと泣きました。それは"昼夜こちらの都合に関係なく泣きわめき遊べとせがんでくる可愛い子どもたちから解放された"というよりも"自分自身の後ろめたさからの解放"でした。正直、そんな気持ちになったのがびっくりだったんです。なぜなら、私は夫や義両親に子供たちを預かってもらって自分の時間をもらったりすることがちょくちょくあり、お昼ご飯をゆっくり食べることは今までもけっこうあったので。そして、前職では働くのが苦痛すぎて体調を崩し休職に至ったこともあったので「働きたい」という前向きな気持ちよりも「働くのが怖い」という気持ちの方が強かったから。よく聞く「働くと子供に邪魔されることもなく自分の思うとおりに出来て楽だよー!仕事が気分転換になる!」とかいうワーママの話を、仕事が好きな人なんだな…私はそうは思わないだろうなと思っていました。でもでも実際。私は解放感でいっぱいでした。夫や両親・義両親に預かってもらっても、いつもどこか後ろめたい自分がいました。『働いてないのに』『子育てしかしてないのに』預かってもらっている自分。体調が悪くて保育園の一時預かりをお願いしたら幾分ましでしたがそれでも『働いてないのに』人様に頼ってしまっている自分。誰に言われたわけでもない。でもいつも誰かに言われている気がして心苦しかった。この『働いてないのに』の考えは他人に向くことはあんまりなくてむしろ子育てを経験してとても大変でとても素晴らしいことだとわかったからこそ専業主婦で子どもと向き合ってるママたちをすごいと思っています。でも自分になるとそう思えないんですよね。私はこどもとちゃんと向き合えているのか?育児も家事も人に得意といえるほどではない。むしろ向いてないのかもしれない。じゃあ私は何ができるんだ??全てが中途半端に感じる。いつも何かに後ろめたい。働く前日まではそこまで言語化できてないし感じてもいませんでしたが働いた初日にそんな自分を強烈に自覚し、そして『後ろめたさから解放された』と思いました。育児はとても素晴らしいことです。コロナ禍で子どもとずーーっと一緒に過ごす2か月を送って思いました。子どもといるのは楽しい。大変なことも多いけどかけがえのない日々です。でも少し息苦しい時があったのはたぶん私が自分を認めていられなかったからなんですよね。それを、働くことで自分を認められたから後ろめたさから解放された。私は、この泣いた日をたぶんずっと忘れないんだと思います。