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  自己肯定感とジャッジ

 

 

自己肯定感 ジャッジ


私たちは、日々の暮らしの中で
無意識にジャッジ(判断)をしながら生きています。

 

たとえば
 

・正しい/間違っている
・好き/嫌い
・綺麗/汚い

・良い/悪い

 

こんなふうに、あらゆることを瞬時にジャッジしながら
社会の中で、自分を守り、生き延びてきた。

 

そう。
ジャッジすること自体は、悪いことではないんです。


当たり前のこと。
 

でも…

時にこのジャッジ
私たち自身の心を苦しめてしまうこともあります。

 

実は、ジャッジの多くは
幼少期の経験や環境の中で作られると言われています。

 

親や先生、周りの大人たちから
「これは良いこと」「これはダメなこと」と教わるうちに、
知らず知らずのうちに、自分の中に「正しさ」の軸ができていく。

 

そして大人になっても、
そのジャッジの基準を変えることなく、
そのままの価値観で人生を終える人もいる。

 

でも一方で、
さまざまな体験や人との出会いの中で、
少しずつジャッジが変化していく人もいる。

 

私もその一人です。

 

昔の私は、かなりジャッジが強かったと思います。

 

「これは正しい」「これは間違ってる」
「これは綺麗」「これは汚い」
「これは良い」「これは悪い」

 

自分の好きや価値観がはっきりするほど、
その反対側をどこかで否定していたように思います。


 

 

全ては表と裏があり
何かを選ぶとセットで反対側が存在しています。

 


ジャッジをやめると楽になる


私自身、ヨガや瞑想、心理学を学ぶとき
ジャッジをやめることを目指したこともありました。


でもあるとき、ふと疑問がわいてきました。

 

好きも嫌いも、正しさも、価値観も
もし全て手放してしまったら、
私という個人は、どこに行くんだろう?

 

喜びも悲しみもなくなってしまったら、
人間らしい心の動きすら消えてしまうのでは?
 



私が目指しているのは悟りでもなく、解脱でもない。
聖人君主も目指していない。



煩悩や欲に忠実に自分のやりたいことを叶え、

「自分の望みを叶えてあげれてよかった」と思える生き方。


喜びや感動の中で毎日を過ごしたい。


というとこは、その感情の反対側の
悲しみや失望もセットなわけで...


 

そう気づいたとき、私は思いました。

 

ジャッジは悪いものではないということを。


本来は、自分の心や身体を守るためにある大切な感覚。

 

だけど、それが偏りすぎる
心や身体に、じわじわと苦しさが積もっていく。


 

やっぱり、何事も「バランス」が大事。

 

“中庸”という言葉がありますが、
これは「どっちでもいい」ということではないと思っています。



中庸とは、「どちらも在る」と認める感覚。
 


白も黒も。
正しさも迷いも。
光も影も。

 

すべての側面をまるごと受け入れたうえで、
自分の心にとってちょうどいい“真ん中”を見つけていくことだと。

 

そうやって少しずつ、
誰かの価値観ではなく「自分にとっての真ん中」で生きていく。

 

それが、自己肯定感を育てる第一歩なのかもしれません。
 


 

気をつけたいのは、
「ジャッジすること=悪いこと」と決めつけてしまうこと。

 

実はそれもまた、新たなジャッジなんですよね。

 

「私、また人をジャッジしてしまった…」
「ジャッジしちゃダメなのに…」

 

そうやって自分を責めてしまうと、
本来、心が軽くなるはずの手放しが、
逆に自分を苦しめる材料になってしまうことも。
 



じゃあ、「ジャッジしなければ楽になるか?」と言えば
実はそうでもないんです。

 

なぜなら、
ジャッジしている人を否定するという新しい苦しみが生まれることもあるから。


自分が禁止していることを平然とやっている人を見ると
人はその人を否定したくなるものです。


私のエピソード例で挙げると...


知り合いの社長で誰に対しても偉そうな態度の人がいて
見てて恥ずかしいな〜って思ってました。
 

 

もちろん嫌悪感も。


「社外の人でも部下って思ってないか?」みたいなw



親が誰に対してもフランクな(平等)な人たちだったので、無意識にその価値観が私の中にあったんです。

 

この嫌悪感は自分の無意識の価値観のジャッジから産まれていて

自分が偉そうに上から目線でものを言わないように禁止しているからでもあるんですね。


自分でもジャッジしてるな〜って気づくんですが。



ジャッジが起こった時、

無理にジャッジを手放そうとするのではなく、

「ジャッジもあるよね〜」と、ぼんやりと眺められるようになると楽になりました。

 

風が吹くように自然に、
「あるよね、そういうのも」と


肯定も否定もせずに、ただ在るものとして受け止める

 

そうやって、
ジャッジの波に巻き込まれず、ただ見つめられるようになったとき。


心は少しずつ解放されて、楽になっていくのではないでしょうか。


自分と他人の境界線を明確にして、
一緒じゃなくていいんです。


あの人はこうなんだ。

でも、自分はこうしたい。


ただそれだけのシンプルな受け取り方で

さらっと風に流していきましょうね。

 

自分の中の“ジャッジのクセ”を知り、ほどいていきたい方へ
 

ジャッジの中で苦しむ時

それはただの体の反応かもしれません。


いつもなら風にさらっと流せることが

心に引っ掛かり気になる。


そんなことありませんか?



実はそれ、栄養状態や血糖値が関係しているかもしれません。


身体の状態が安心していないと
外側の世界を通じて不安感や怒りへ反応しやすくなるんです。


どっしりと身体の土台が落ち着いてくると
感情の反応も起きにくくなるんです。

 

それは特別なことじゃなくて、
“毎日の食べ方”“心の向け方”を、少しだけ変えただけ。
 

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最後まで読んでくださってありがとうございます。


あなたの毎日が、少しでも明るく、軽やかになりますように。

 

 

 Love♡Fere

 

 

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