バヌアツから緊急帰国をしてから1週間以上が経った。




帰るまでにオーストラリア政府の外国人のトランジット禁止命令が出て、当日になっても本当に帰れるのか分からない状態だった。

大使館が掛け合ってくれたお陰で何とか帰れるように。。



日本に着いた時、羽田空港はあまりに閑散としていて
日本は終わったのかなと思った。



短期隊員たちと帰ってきたら、絶対につるとんたんに行こうと言って、空港内のつるとんたんに直行。


いつもは混んでるらしいけど、
やっぱりコロナの影響なのかそんなに混んでなかった。



きつねうどんを食べた瞬間、



泣けた




全身にダシが染み渡った。

やっぱり日本食最高。。


日本に帰ってきて感じたこと
・プラスチックが多い(スーパーの袋とか人参を1本ずつ包んだり)コロナ対策もあるから余計にかもやけど、、
・道がでこぼこしてない どこでも車でなめらかに走れる
・車が綺麗
・ビルが高い 
・寒い
・コンビニで何でも買える
・お風呂お湯が出る 
水道水が飲める
・各水道にソープがある




良いところも悪いところも国外に出てなかったら
気付くこと出来なかっただろうなーと思う。
 

特に水道水飲めるのは本当に感謝。。




バヌアツも飲めないことはないけど、カルシウムが多いみたいでそのままでは飲めない。
みんな煮沸して冷ましてから、カルシウムを濾してから飲む。
これが中々大変😂



はじめは向こうの文化とか生活に慣れるまで
大変で、ビスラマ語も全然使いこなせなくて、
苦戦することが多かった。



でも次第に生活に慣れて、
現地の人とも少しずつ話せるようになり、
タクシーの運ちゃんにビスラマ語上手いね!って
褒められたりして、嬉しくなったり。
現地の人は優しいから少し話せると
上手いって言ってくれる。





バヌアツは信号がないから
車道を渡る時、間合いを見ながら渡る。





その時もほとんどの運転手が目が合うと止まってくれる。


日本以上かもしれない優しい国民性を持ったバヌアツで、本気で日本に帰りたいって思ったことは
まだ一回も無かった。






国が本当に危機な時に一緒に活動出来ないのは
ボランティアの限界なんだなと思った。








今回グループ派遣で本当に本当に良かった。
それぞれが全く違う個性で、すべての意見とか考え方がめちゃくちゃ刺激を受けた。
みんな色んな本を読んでいたり、国外問わずボランティア経験を積んでいたり、世界のニュースに敏感だったり。。





自分自身、興味の幅が狭いし世間知らずだった
視野が狭すぎたことに気付かせてくれた。





後、2年間活動されていた先輩隊員たち。
最後の集大成の発表を聞いた時、
純粋にすごいと思った。




ゴミ回収の法律を作った人までいた。
自分たちがいなくても回る仕組みづくりを
徹底して、今後大事な基盤を作ったことは
本当に凄いと思う。




自己満足で終わらせてる人は誰1人いなかった






しんどいことの方が多分多くて、時に愚痴を吐きながら、それでも2年間現地の人と向き合い続けたことは
現地に何らかの影響を与えたんだろうなぁと。






同じような物を食べて、同じ目線であれるように
現地と同じような生活もしていくことは
日本で生きていた価値観が染み付いた私たちからしたら慣れるまで相当きついと思う。 
自分は3ヶ月しかいなかったから大丈夫だったけど。。






「僕たちは世界を変えることができない」の著者の葉田甲太さんの言葉を借りると




「私たちは世界を変えることは出来ない」






でもその言葉に逆らうかのように、
必死に良くしようと変えようとしている日本人が
この世界の片隅にいることを知ることができた。




面白そうなので、自分も2年間長期派遣を応募しようと思います。


どっちにしろ半年行っても物足りなさを感じていたと思うから、、





落ちたらワーホリでもいこかな笑






そして、最後にもう一回。。
この4人で過ごしたことは一生の思い出😭
またいつかこのメンバーで仕事が出来たらいいな