何から書いたら良いのかなぁって
とりあえず家族のことから振り返ってきたいと思います。
みんな自分の家族についてどれくらい知ってるんですかね。
私は20歳過ぎるまできちんとしたことを知りませんでした。
なんとなく、兄とは母親が違うこと、母親は悪いことをして海外にいること。は、分かっていました。
私は兄について、
正直名前と顔、
文字が女の子のように綺麗なこと
小1のときに私が貰ったお年玉1万円を貯めていたら勝手に使われてしまったこと。
くらいしか覚えていません。
たぶん向こうもそんなもんだと思います。
私はそこから貯金が出来なくなりました……(笑)
兄は所謂引きこもりでした。
中学から学校に行けず、そこからずーっと部屋にいます。
父は「女は嫁げば大丈夫だが、こいつは俺が最後まで面倒を見なければならない」と言っていたのできっと重症だったんでしょうね。
休日は競馬や競輪などに行ってました。
あとから聞いたのですが「少しでも外に出させるために」という父の苦肉の策だったらしいです。
まぁたぶん半分は自分がその類のものが好きだからだと思いますが(笑)
私はしょっちゅう「学校休む」って言ってましたが、
兄に引きずってでも(文字通り本当に引きずられます)行かせられましたね。
本当に行きたくなくて「お前だって行ってないんだから気持ちわかるでしょ!!!!」ってキれた時に
「自分がそうだったから行った方がいいってわかる」って言われました。
間違いなく正論だと思いますが、
当時はぶつけて至る所にあざの出来た足を見て、学校も家も居場所なんてないって思ってましたね。
なのでその辺でバックれることもしばしばありましたが
何やかんや卒業まで図太く通いましたね。
私が家で1番関わりが強かったのが父になります。
物心着く前にはすでに母は居らず。
父がひとりで私と兄を育てていました。
父は根っからの昭和オヤジって感じの人で
職も職人系でしたので、もうとにかく沸点低いガラの悪いオッサンでした。
兄にはしょっちゅう手を挙げていましたし。
私には「お前が男だったら殴ってる」とよく言われました。
なんなら普通に蹴られてましたね。
この令和の時代。
虐待だ!って思う方もいると思いますが。
昭和の人間はこんなもんなんだと思います。
父は朝5時には家を出て、8時すぎに帰宅。
お風呂などを済ませ10時には就寝。休みは日曜日のみ。たまに土曜日もみたいな感じでした。
私は保育園などには通っておらず。
4歳頃から時折500円玉を渡され、その辺のコンビニでお菓子を買ったりしていましたね。
この話すると驚かれます。
少し話が逸れますけど
コンビニのオーナーさんは察してるのか、よくしてくれましたね。
小学生の時、1回だけ好奇心で万引きした時は平手打ちして叱ってもらいました。お金あったのにね。
大人になってからもよく挨拶してくれるいいオーナーさんです。
話を戻しまして。
小学生に上がってからは、朝ごはんは出ない、お昼は給食、夜は兄(9歳年上)が出す(目玉焼きだけ)とか多く。
男ばかりでしたので衣服もあまり買って貰えず。
まぁ、なんか、半分ネグレクトみたいな感じでしたね!
当時の私はガリガリのひょろひょろで。
今こんなにおっきく育ったのに自分でも驚きます(笑)
当時はこんな父親嫌いだ。殺してやる。
って思っていたんですけどね。
自分が働く立場になったとき。
あれだけ仕事をしながらこども2人を育てることは本当に大変な事だったんだろうなぁって、今は思っています。
楽しいなぁって感じた思い出は
職場の旅行について行った時に肩車をしてもらったことと
自転車の練習をしたこと、くらいです。
あとはお金を渡すだけの関係って感じでしたね。
かなり淡白というか、放任主義といいますか。
中学3年生の進路の最後の三者面談。
家のことは先生の中でも有名になってましたので、面談はいつもスルーしてもらっていました。
でも最後は高校への進学などもあり、父親も参加してくれました。
そこで先生に言った一言。
「どこ受けても、落ちてもこいつの問題なんで、全部こいつに任せます。俺は何も言わないです。」でした。
何故か当時の担任とは気が合ったようで
「自分で考えることは大切です!!」なんて
私そっちのけで盛り上がってましたね(笑)
まぁ私は全部自分で探して高校は無事入学することが出来ました(当時倍率7倍のところでした、ちょっと自慢します(笑)
父との関係性がなんとなく変わったのは、
父方のおじいちゃんが亡くなって葬儀に参加するため田舎に帰った時ですかね。
それまで私は「私の家族ってこのふたりだけ」と思っていたんです。
でも親戚が数え切れないほどいて、もう何頭身も離れた分類もよく分からないちっちゃな子達もいて。
父は5人兄弟の末っ子で上はみんなお姉さんだったってことを知りました。
いとこの中で私が1番幼くて。
なんなら20歳離れてて(笑)
世の中って知らないだけでこんなに広かったんだなぁって思いました。
そこで私の覚えていない生まれた時の話や母の話
おじいちゃんに抱っこされたことなど色々聞いて
少し父との関係が変わり始めたのはこの時からだったのかな〜って今は思いますね。
なんでもそうですが、
当時の自分には分からなかったことも
少し長生きしてみると「もしかして、そういうことだったのかな」と少しだけ理解できるので、この歳まで生きてきたことは悪くはなかったのかなぁと思います。