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余震も落ち着いてきたかな~と思っていたら、ちょうど一ヶ月後の4/11におっきい余震があって、マジドキドキしたょ(/ _ ; )
やっぱしまだまだ、油断しちゃいけないね。
あと、たまに鳴るTV
の赤い表示の地震速報はマジ怖いんだよー。あれが鳴るとビクッとして、心臓がバクバクいいだすんだよ!ホント嫌な警戒音だよ
iPhoneでも、怖い警戒音が鳴り続けるからあの音をもう少し優しい音色にしてくれないかな~
最近は揺れてんのに鳴らないみたいな~。なんなんだよ。
ま~、必ず週末にはグラグラと揺れてたのに、昨日も今日もなくて、ひっさびさに落ち着いて寝れてたからよしとしよう
(。-_-。)よかった よかった!
やっぱしまだまだ、油断しちゃいけないね。
あと、たまに鳴るTV
の赤い表示の地震速報はマジ怖いんだよー。あれが鳴るとビクッとして、心臓がバクバクいいだすんだよ!ホント嫌な警戒音だよ
iPhoneでも、怖い警戒音が鳴り続けるからあの音をもう少し優しい音色にしてくれないかな~

最近は揺れてんのに鳴らないみたいな~。なんなんだよ。
ま~、必ず週末にはグラグラと揺れてたのに、昨日も今日もなくて、ひっさびさに落ち着いて寝れてたからよしとしよう
(。-_-。)よかった よかった!わたしは結局3時間以上、デパートに避難していた。その間もずっと、色々な人に連絡したが、電話ではなく、メールだけはなんとか返送ができた。また、公衆電話から実家にかけたら、父親がでて、こっちは大丈夫だといっていた。よかった。
妹は携帯が全く通じなかったが、実家に連絡をしていたらしく、父親から妹の安否を確認できた。
一番不安だったのが、自分のダンナでやはり携帯が全く通じなかった。なんでこんなときにiPhoneは使えないんだと、すごく思った。
だが、メールが遅れて届き、「無事だよー」と一言返ってきた。しかし、電車の復旧がいつになるかわからないから、会社に泊まっていくと連絡がきた。
そして、地震発生から4時間が過ぎてからいったん自宅に戻ると、母親とも連絡がとれ、友達とも連絡がとれた。
友達は同じ会社の仲間なんだが、その日わたしが帰ったあと、地震がきて、仕事を放棄し帰ってきたという。会社にはJRを使ってきていて、帰りは電車が全線運休した為、会社から3時間かけて歩いて帰ってきたらしい。
そんな友達とのちにおちあい、余震が不安だったから、一緒に近くの小学校に避難をし一夜を過ごした。
あれから1日半たったが、いまだに小さな揺れでも怖くて、ダンナがいれば安心だけど、1人で寝るのはまだ不安です。
ニュースではこのあと1週間の間に、また同じくらいの地震が起きる可能性があるといっていたので、まだまだ気の抜けない日々が続きます。
そして、今回の大震災で被害に遭われた方に一刻も早い復旧作業を願うばかりです。
妹は携帯が全く通じなかったが、実家に連絡をしていたらしく、父親から妹の安否を確認できた。
一番不安だったのが、自分のダンナでやはり携帯が全く通じなかった。なんでこんなときにiPhoneは使えないんだと、すごく思った。
だが、メールが遅れて届き、「無事だよー」と一言返ってきた。しかし、電車の復旧がいつになるかわからないから、会社に泊まっていくと連絡がきた。
そして、地震発生から4時間が過ぎてからいったん自宅に戻ると、母親とも連絡がとれ、友達とも連絡がとれた。
友達は同じ会社の仲間なんだが、その日わたしが帰ったあと、地震がきて、仕事を放棄し帰ってきたという。会社にはJRを使ってきていて、帰りは電車が全線運休した為、会社から3時間かけて歩いて帰ってきたらしい。
そんな友達とのちにおちあい、余震が不安だったから、一緒に近くの小学校に避難をし一夜を過ごした。
あれから1日半たったが、いまだに小さな揺れでも怖くて、ダンナがいれば安心だけど、1人で寝るのはまだ不安です。
ニュースではこのあと1週間の間に、また同じくらいの地震が起きる可能性があるといっていたので、まだまだ気の抜けない日々が続きます。
そして、今回の大震災で被害に遭われた方に一刻も早い復旧作業を願うばかりです。
こんなことは、ここに書きたくなかったけど、忘れたくても忘れられない事だから、書き綴ります。
あの日、わたしは仕事をお昼で切り上げて、色々な用事を済ませ、自宅で遅いお昼をとっていた。
帰ってきたのは14:05。
まず、テレビをつけ、ごはんを食べていたら、突然グラグラときて、立ち上がり窓をあけて外を見ると、電信柱がグラグラ揺れ、自宅もまるで船に乗ってるように揺れて、立っているのもやっと。
観葉植物はバタバタと倒れ、自分は倒れない様にかべにしがみついていた。
よく、地震のときは「慌てずに、落ち着いてテーブルの下に入りましょう。」というが、いざ地震がきたら、正直落ち着いていられない。冷静に物事を考えるなんてもってのほか。
そのときは、倒れたら困るからと、一生懸命に間接照明用ランプをおさえていた。
いったん地震が落ち着いたときに、スエットに着替えて、
リュックに
懐中 電灯
ビニールシート
折りたたみ傘
ティッシュ
タオル
コンタクトレンズセット
お菓子、飲み物
携帯用充電器
帽子
かぜ薬、マスク
をいれて、近くのデパートに逃げ込んだ。
そのあと余震が続いていたが、なんとか無事でいれたので、いったん家に戻って来た。
しかし、家族やダンナに地震直後から連絡してるのに繋がらず、余震も続いてたから不安でならなかった。
あの日、わたしは仕事をお昼で切り上げて、色々な用事を済ませ、自宅で遅いお昼をとっていた。
帰ってきたのは14:05。
まず、テレビをつけ、ごはんを食べていたら、突然グラグラときて、立ち上がり窓をあけて外を見ると、電信柱がグラグラ揺れ、自宅もまるで船に乗ってるように揺れて、立っているのもやっと。
観葉植物はバタバタと倒れ、自分は倒れない様にかべにしがみついていた。
よく、地震のときは「慌てずに、落ち着いてテーブルの下に入りましょう。」というが、いざ地震がきたら、正直落ち着いていられない。冷静に物事を考えるなんてもってのほか。
そのときは、倒れたら困るからと、一生懸命に間接照明用ランプをおさえていた。
いったん地震が落ち着いたときに、スエットに着替えて、
リュックに
懐中 電灯
ビニールシート
折りたたみ傘
ティッシュ
タオル
コンタクトレンズセット
お菓子、飲み物
携帯用充電器
帽子
かぜ薬、マスク
をいれて、近くのデパートに逃げ込んだ。
そのあと余震が続いていたが、なんとか無事でいれたので、いったん家に戻って来た。
しかし、家族やダンナに地震直後から連絡してるのに繋がらず、余震も続いてたから不安でならなかった。





