2020年3月24日、火曜日。

突然、私の父が亡くなりました😢
80歳でした……。




その日の午後1時過ぎに、母から電話があり、

『昨日からパパの具合がちょっと悪くてね』

みたいな話を聞いたので、
訪問診療の先生の往診を頼んだ方が良いね、と言って電話を切りました。


それから1時間もしないうちに
また母から電話があり、
往診に来てくれた医師から、
父の意識がなくなってしまったから
救急車を呼びましたと言われたのです❗


30分後には近くの大学病院に到着しましたが、すでに救急車の中で心臓マッサージがはじまっていたらしく、そのまま救急センターへ。


私もすぐに病院へ着いたのですが、
父の意識は戻ることはなく、
病院に着いてから1時間ちょっとで亡くなりました😢⤵️⤵️


母と私と、ギリギリ間に合った次女と三人で、父の最後を看取りました。


本当にあっという間でした。
1時過ぎに母と話していた時には、
まだ普通に会話ができていたと聞いていたのに。


救急センターの医師の話によると、
朝から背中が痛いと言ってたらしいので、じわじわと大動脈解離が進行したのではないかという事でした。
大動脈瘤は、破裂すると激痛だと聞いていてので、
苦しまなかったことが、せめてもの救いです。


毎年、色んなことが起こり入院していましたが、寝たきりにならなかったことも
本人や家族にとっては良かったのだと思います。


ぴんぴんコロリ… 理想ですよね。
ぴんぴんではなかったけど、結果的に父の最期は幸せだったと思いたいです。


ハートクラブダイヤスペード


昨年の夏、軽い肺炎で呼吸困難になり
入院してからは、肺気腫もまた少し悪化してしまい、その後は
在宅酸素、訪問診療になりました。


その頃のCTでわかったことですが、
胸にある大動脈瘤が6センチを越えていたこと😢


肺気腫が悪化していたので、
もう手術には耐えられないと思われていたので、数年前からどうすることも出来なかったのですが…。


肺気腫が悪化し寝たきりになるのが先か、大動脈瘤が破裂するのが先か、
そういう覚悟はしていました。


亡くなる3日前、母が整形外科に行くときには、私が一緒に留守番をするようになっていたので、
21日の土曜日も、いつもと同じように二人でテレビを観ながら過ごしていました。


今年に入ってから、よく居眠りをするようになっていたので、その日もうつらうつらする父を横目で確認しながら、
王さまのブランチを観ていました📺
(しばらくブランチ観るのが辛い💦)


母が帰宅し、私が帰る頃に
娘と孫からビデオ通話があり
ひぃおじいちゃん(父)と
ひぃおばあちゃん(母)も一緒に
皆で話が出来ました📲
(これもまた珍しいこと…何かの予感だったのかもしれません❗)


話し終わって、父を見たら
また居眠りを始めていたので
起こさずに帰宅しました。


あの時、起こしていたら…
いつものように
『またね~✋』
って言えたのに…ショボーン

父が寝顔のまま、意識を失くして
逝ってしまったようで…
とても、後悔してしまいました💦


私は少しファザコンぽいところがあるので、まだまだ寂しさから抜け出せずにいますえーん
80歳まで生きられたので
大往生だと思うんですけどね。
なかなか、割り切れないでいますプンプン


こんな時期なので家族葬でしたが
ちゃんと葬儀ができたことは
コロナで亡くなった方々のことを思えば、それもまた幸せだったのだと…。


父の死も、少しずつ少しずつ、、、
現実になっていくのだと思っています。



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今日は、初めての月命日でしたが
母が住んでいるのは、高齢者専用の分譲マンションなので
コロナで規制が厳しくなってしまって
部屋には入れなくなり、父にお線香もあげられないんです😢
(ロビーはかなり広いので、そこで話すのはOKなのですが🙆‍♀️)


四十九日の頃にコロナが終息するとは思えないので、納骨もしばらく出来ないでしょう。
まだまだ手続きも残っているし
色々なことが中途半端です。


GWに、旅行を決行する人がいると聞いて、本当に驚いています😱
買い物や病院に行くだけでも
びくびくしてるのに…💦

本当に、自粛しましょうよ~💧

切に切に、願いますプンプン