これは誰かに言ったことがあったか忘れたけど
今でも自分でよく分からないことがある。
私は小さい頃。保育園の年長くらいかな
毎日死にたいと思って生きてた時期があった。
でもなんで死にたいかは分からなくて
なんとなく死にたいと思ってた。
死にたい理由は特になくて、
いじめられてたとか辛いことも苦しいこともなく
平凡な日常で普通の暮らしをしてた。
朝はお母さんが車で保育園に連れてってくれて
保育園ではお外で泥団子を作って遊んだり
お部屋ではお友達と3人でたまごっちの絵を描いて
お昼寝の時間があって、おやつの時間があって
お迎えが遅い組が全学年が集められたお部屋で
夜のおやつの時間があって
てきとーに妹と遊んでたらお迎えが来て
お母さんがお家まで連れて帰ってくれた。
お家に帰ったらご飯を作ってくれて
お父さんが帰ってきて4人でご飯を食べて
いろいろ済ませたら4人で川の字で寝る。
超普通の暮らしだった。
何一つ不満なんて無かったはずなのに
私は保育園の帰り道
お母さんが運転してる車の後ろで
暗い空とオレンジに光る街灯を窓から見ながら
毎日毎日死にたいと思ってた。
何でだろう。本当に分からない。
なんで私は意味もなく死にたいと思っていたのか
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小学生の頃の私はすごくネガティブだった。
なんであんなにネガティブだったのか
私には分からない。
小学生の時も普通の暮らしをしてたと思う。
1年の時は朝顔を育てて観察カードをしっかり書いてた。授業は空き箱で動物を作った図工が好きだった。
2年の時は一生懸命掛け算を覚えた。教室に置いてあった学校の怪談っていう本を読んで、ボロボロのトイレに行くのが怖かった。
3年の時の記憶はあまりない。
4年の時は好きな人がいて、バレンタインチョコをあげた。仲のいい男の子と隣町の市民の家でよく遊んでた。
5年の時はサッカーを頑張ろうと思い始めた時だった。試合に出て点を決めたいとかちゃんと目標とかを持つようになった。掛け持ちでやってたサッカースクールでも男の子に負けたくなくて必死だった笑
あととにかく算数が苦手で、テストの点数に満足がいかなくて自分で塾に行かせて欲しいとお母さんにお願いした。
6年の時は特に自信がなかった。サッカーでは、小柄で足も遅くてパワーもなくて唯一評価されてた技術力を生かせることができず、試合に出ても何も出来ないのにある適度の年功序列制度で試合に出させてもらったりして不甲斐ない気持ちだった。
マセガキだった私にはすでに彼氏という存在がいて、毎日のようにお手紙交換であゆのことすき?って聞いてた。そんなに何回も聞かなくてもずっと好きだよって返事をくれた手紙がたくさんあった。
なんで私はこんなにネガティブだったんだろう
ネガティブすぎてお母さんに怒られたことがある
私の口癖は「どうせできない」だったらしい
なんであゆはいつも「どうせ」って言うの?
やってみないと分からないでしょ?
そうやって最初から諦めるのは辞めなさい!
怒られたけど、私も分からない。
無意識に最初から諦めてて、
無意識に「どうせ」って言葉をいつからか使ってて
私にも本当に分からなかった。
自信が無い理由は成功体験がなかったから。
それはとても分かる。
でもなんでネガティブなのか、
これだけはずっと分からない。
大人になった今ではネガティブだと思ったら
ポジティブに変換すればいい
そう思えるから、たとえネガティブになっても
ポジティブに変えることができるけど
子供のころのネガティブだったというのは
生まれつきの性格上の問題だったのか?
保育園の時毎日死にたいと思ってたのも
小学生の時超ネガティブだったのも
自分からそうなりたいと思った訳では無いのに
気づいたらそうで、でもそれに意味はなくて
なんでそうだったのか今でも分からない。
謎すぎる。なんでだ。