今日で震災から一年たちますね。
たくさんの街が被害を受けて
たくさんの命が一瞬で消えてしまって
それでも、誰も悪くなくて
やり切れない思いが今も残る
残された友人やご家族は今も心の中で戦い続けているのだろうな。
あの時、私は海の向こう側にいた。
ホストファミリーが旅行で家を空けていたため
私は日本で何が起こったかを知らずにスクールに行って
同じクラスのコリアンから、震災のことを聞いた。
「日本で大きな地震が起こったと聞いた。君の家は大丈夫か?」と。
最初、彼ら得意の冗談かと思った。
でもスクールの先生達からも次々に質問攻めにあい
とても深刻な事態が起こっているのだと知った。
すぐに日本の事が知りたくて
日本人の子とパソコンルームに急いで行って、NHKのニュースにかじりついた。
スクールのパソコンは音声が出ないように設定されていたため映像しか見れなかったけど
それでも、涙が溢れた。
私の家も家族も平気だった。それでも、今まで経験したことの無い大きな恐怖だった。
寒かったんだろうな。痛かったんだろうな。怖かったんだろうな。
TVで流れるニュースは、遠く離れたカナダでも日本のことで持ちきり。
CMでも流れてたな。
ダウンタウンに行ったら、色んな所で
Pray for JAPAN
というポスター、募金活動をしている人がいた。
日本宛てに郵便を送ろうとしていたら
後ろで順番待ちをしていたカナディアンやPost officerや
バス停で偶然一緒に待ってたご婦人にも暖かい言葉をかけて貰ったりして
なんだか涙しそうになりがら
日本人として、できる限りのことはしなくちゃいけないと思いました。
私に、何ができるだろうか。
と考えてみたけど、海の向こう側でできる事は募金活動に参加すること位だった。
帰国してから、石巻市を訪れてボランティアしに行きました。
そこで、旦那様とご両親を津波で亡くされた方と出会いました。
ずっと明るく笑顔で話されていたところ、急に涙ぐまれていたので
私も泣きそうになりましたが、そこで泣くのは失礼だと思い耐えました。
街を見渡して、瓦礫の山、ヘドロの山、壊すに壊せない家などたくさんありました。
心の中に癒えない傷を持っている人だって沢山たくさんいる。
まだまだ、助けを必要としてるのは分かってるのに
日々の生活の中に埋没しそうになる、あの時の気持ち。
忘れないようにブログに書いてみました。
We should never forget about it.
Pray for Japan.
3.11
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