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ハワイへの道

いつまでも元気でハツラツとして若々しく生きて、寿命が来たらコロッと逝くためには、どうしたらいいか?と言う事をいろんな話をしながら考えていくブログ。

愛すべきスポーツ野球

今まで幾度感動や悔しさを味わった事だろう。

日本に野球というスポーツが伝わって144年。

このブログではプロ野球12球団の歴史や、

最新の情報を私管理人(チューケン)が、
一切の贔屓なしに?ひとつのチームに偏らず、

独自の目線で野球の魅力をお伝えしていきます。
最近の野球人気はどうなってるんでしょうか?

一時はサッカーの人気に押されて、低迷して

身売りをする球団もありました。

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そんな歴史もチームごとに書いていきたいと思います。

私チュ-健が生まれて物心ついた頃、

プロ野球は巨人の黄金期でした。
3番サード長嶋

4番ファースト王

末次、黒江、柴田、高田、

監督は打撃の神、川上哲治さん。
阪神には田淵、江夏、村山、遠井、藤田、
ある試合で、江夏が11回ノーヒットノーランで、

最後は自分でサヨナラホームランで試合を決めた。
子供の頃一番最初の野球の印象に残ってるシーンは

江夏がホームランを打ってふらふらしながら、

ホームに帰って来た映像でしょうか?

そんな忘れ去られた名シーンをこれから

私がひとつづつ蘇らせて行きたいと思います。

まず今回はプロ野球全体の今に至る流れを、

野球殿堂博物館さんの資料からお借りしました。

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日本プロ野球の歴史

野球伝来から近代野球へ

1872(明治 5) ● 第一大学区第一番中学(のちの開成学校、
現在の東京大学)のアメリカ人教師、
ホーレス・ウィルソンがベースボールを伝える。

1878(明治11) ● アメリカより帰国した平岡●(●=にすいに煕)が、わが国初の
本格的野球チーム「新橋アスレチック倶楽部」
を結成。

1894(明治27) ● 中馬庚がベースボールを「野球」と訳す。

1896(明治29) ● 第一高等学校が横浜外国人チームに勝利し、
野球人気が全国的に高まる。

1903(明治36) ● 早慶戦が始まる。

1905(明治38) ● 早大チームが初の米国遠征を行い、
最新の野球技術を学んで帰国。

1906(明治39) ● 応援の過熱により、早慶戦が中止となる。

1907(明治40) ● 慶大が初めて外国チーム(ハワイ・セントルイス)を
招待し、初の有料試合を行う。
夏の甲子園大会始まる

1915(大正 4) ● 全国中等学校優勝野球大会
(現在の夏の甲子園大会)が始まる。

1918(大正 7) ● 鈴鹿栄が少年野球用に軟式ボールを発明した。

1920(大正 9) ● 最初のプロチーム日本運動協会(芝浦協会)が誕生。
関東大震災の後、関西へ移り宝塚協会となるが、
1929年に解散。

1924(大正13) ● 全国選抜中等学校野球大会

(現在の春の甲子園大会)が始まる。
● 甲子園球場完成。

1925(大正14) ● 秋季より早慶戦が復活、東大の加盟により
東京六大学リーグ戦始まる。

1926(大正15) ● 明治神宮球場完成。
大リーグ来日 日本プロ野球誕生となる

1927(昭和 2) ● 都市対抗野球大会始まる。

● 夏の甲子園大会が初めてラジオで実況放送される。

1929(昭和 4) ● 早慶戦で天覧試合が行われ東京六大学の全盛時代となる。

1931(昭和 6) ● ルー・ゲーリッグら米大リーグ選抜チーム来日。

1932(昭和 7) ● 文部省が「野球統制の訓令」を施行。

1933(昭和 8) ● 中京商業が夏の甲子園大会3連覇を達成。
● 日本初のナイターが戸塚球場で行われる。

(早大二軍対早大新人戦)

1934(昭和 9) ● ベーブ・ルースら米大リーグ選抜チーム来日。
この時対戦した全日本チームが中心となり
大日本東京野球倶楽部(現在の読売ジャイアンツ)が誕生。

1936(昭和11) ● 東京巨人、大阪タイガース、阪急、名古屋金鯱、名古屋、
大東京、東京セネタースの7球団により
日本職業野球連盟創立。

1937(昭和12) ● 西宮、後楽園両球場完成。

1943(昭和18) ● 戦争激化で学生野球は中止。

1944(昭和19) ● プロ野球も一時休止となる。
戦後の飛躍そして2リーグ制へ

1945(昭和20) ● 11月18日に神宮で全早大対全慶大を挙行。
プロ野球も11月23日に東西対抗を行った。

1946(昭和21) ● 学生野球、社会人野球、プロ野球が復活。

1948(昭和23) ● 横浜ゲーリッグ球場(横浜スタジアム)で
プロ野球の初ナイターが行われる。

1949(昭和24) ● サンフランシスコ・シールズ(3A)が戦後初の
アメリカプロ野球チームとして来日。

1950(昭和25) ● セントラル、パシフィックの2リーグ制が始まる。

1951(昭和26) ● プロ野球にコミッショナー制度がしかれる。

1952(昭和27) ● 全日本大学野球選手権大会が始まる。

1953(昭和28) ● テレビの野球実況放送が始まる。

1959(昭和34) ● 野球体育博物館(現 野球殿堂博物館)開館。

1962(昭和37) ● 作新学院が、春夏甲子園に初の連続優勝。

1965(昭和40) ● プロ野球新人選択会議(ドラフト)始まる。

1969(昭和44) ● 10月10日、金田正一投手は通算400勝を達成。

1973(昭和48) ● パ・リーグが2シーズン制を採用(1982年まで)
● 川上哲治監督率いる巨人軍は
9年連続日本シリーズ優勝。

1975(昭和50) ● パ・リーグが指名打者制(DH)を採用。

1977(昭和52) ● 9月3日、王貞治選手はハンク・アーロン選手の
記録を破る通算756本塁打を達成。

1983(昭和58) ● 6月3日、福本豊選手はルー・ブロック選手の
記録を破る通算939盗塁達成。

1984(昭和59) ● ロサンゼルスオリンピックの公開競技で
全日本チームは金メダル獲得。

1987(昭和62) ● 6月13日、衣笠祥雄選手はルー・ゲーリッグ選手の
記録を破る2131試合連続出場達成。

1988(昭和63) ● 日本初の屋根付き球場東京ドームが完成し、
野球体育博物館(現 野球殿堂博物館)はドーム内に移転。
大リーグで日本人選手が大活躍 

1992(平成4) ● バルセロナオリンピックから野球が 正式種目となり、
銅メダル獲得。

1993(平成5) ● プロ野球にフリーエージェント制(FA)が導入される。

1994(平成6) ● イチロー選手は藤村富美男選手の記録を破り、
シーズン210本安打を達成。

1995(平成7) ● ロサンゼルス・ドジャースの野茂英雄投手が、
ナ・リーグ新人王となる。

1996(平成8) ● アトランタオリンピックで全日本チームは銀メダル獲得。

2000(平成12) ● シドニーオリンピックでプロアマ合同の全日本チームは4位に終わる。

2001(平成13) ● シアトル・マリナーズのイチロー選手がア・リーグ新人王MVPに輝く。

● 福岡ドーム(1993)、ナゴヤドーム、大阪ドーム(97年)、
西武ドーム(99年)に続き、札幌ドーム完成。

2004(平成16) ● アテネオリンピックで日本代表は銅メダル獲得。
● イチロー選手(マリナーズ)はジョージ・シスラー選手の
記録を破り、シーズン262安打を達成。
● 球団統合問題に端を発し、選手会が史上初のストライキを行った。

2005(平成17) ● セ・パ交流試合(各チームは各カード6試合、 合計36試合行う)が始まる。

出典元 野球殿堂博物館
今回は大まかな歴史ですが、次回から各チームの

細かい出来事をご紹介していきます。

これからよろしくお願いします。