one room @ay3 -13ページ目
地震から何日か経って
電気が復旧したのは、
日曜日。
それまで被害がどれくらいか
分からなかった。
でもTVをつけて
びっくりした。
黒い波が低い音とともに
家も車も飲み込んでいく
本当、この世の終わり
かと思った。
ただ今はもう津波の
放送はしなくていいよ
どれくらい怖いか
もう目に焼き付いてるから
忘れたりしないから。
その津波の分の放送を
今でも家族や友達を
探してる人達のために。
誰かが、誰かの声を聞いて
安心できる、そんな映像を
流してくれるTVが
増えるといいな。
そうなると信じたい。
やっと家に帰れたのは
夜19:00近く。
信号も電灯もついてない。
車の明かりだけ。
家につくと、
みんな無事だった。
話をきくと、たくみ(弟)が
その日偶然にもバイトを
休んだらしく家にいて、
地震のときおばちゃんを
おぶって逃げたんだって
電気も水道も復旧しなくて
ろうそくと懐中電灯と
ラジオを聞いて。
寝ようとするとエリアメール
それと同時にくる余震。
やっと朝がきて寝不足のまま
保育園に出勤して片付け。
落ちてる時計をみたら
14:46のまま。
いちおう片付けは済んだけど
壁が崩れちゃった部屋が
あって、当分ひとつの部屋で
赤ちゃん~大きい子まで
一緒に保育することになった。
それがこないだの月曜日~
とりあえず
3月末まで
いつになったら
前の生活ができるのか
先は分からない。
そんな日々です。
3 11 14:46
あの時を思い出すと
今でも震えてくる。
ちょうど保育園で
お昼寝が終わった頃。
寝ぼけながらパジャマから
着替える子もいれば、
着替えて部屋や外で遊ぶ子。
本当いつもと変わらない。
組んでる先生となにげなく
話してたら…
地震。
揺れがいつもと違う。
部屋にいる子を
必死に外へ出して
揺れはおさまるどころか
強くなるばかり。
もしかしらまだ
トイレとかに誰か
いるかもしれない。
そんなこと思いながら
外にいる子を集めて
揺れに耐えるしかできなかった。
ようやくおさまって
中を確認しにいくと
部屋はめちゃくちゃ。
壁紙ははがれおちて
花瓶は割れてた。
取り残されてる子は
いなくて、
もしいたらって考えるだけで
ゾッとする。
そのくらいひどかった。
また外にでると
冷たい風。
事の重大さが分かったのか
次々に泣き出す子。
余震も大きくて
とりあえず寒さをしのぐのに
全員、園バスへ避難。
すると続々と迎えの車。
泣いてた子も
泣くのを我慢してた子も
パパ、ママの顔をみて
大泣きしてた。
もちろんママたちも
"よかった、よかった"
ってボロボロ泣いてた。
あぁ、よかった。
ケガもなく安心して
ママたちに返すことが
できて、本当によかった。
先生たちも泣いてた。
自分の家族、家。
だけど電話もつながらない。
うちもおばちゃんが
無事かどうか分からなかった。
泣きたくて仕方なかった。

