今年最後に捨てたもの



【建前】と
【わかってもらう】
を捨てました
ついつい わかってほしくて誰かに話したり
共感を求めたくなる自分がいたのですが
建前を捨てて、本音だけの会話を心がけると
誰かにわかってもらう必要もなくなりました
やり初めはすごーく怖かったです
本音は出してはいけないものだと思っていたようです
目の前の人が気を悪くしないような本音は出せるんですが、
目の前の人と違う意見や、違う価値観の時は
出来るだけ黙っていたり
相手に合わせるように努めてみたりして生きてきたのだと思うけど、
【相手に合わせる】というのも
捨てたのかもしれない
ここは合わせたいか?合わせたくないのか?
自分に聞いて
「、、、、」って気持ちなら
とにかく【合わせない】事で、
練習しました。
納得してないのに したふりとか、
やめました
納得しないまま
にします
しばらく気持ち悪いです
ギクシャクしてますから
お互い平行線のまま
とにかく静かに、下手に喋らず、
やり過ごす?と
どーでも良くなってくる
納得してないのに、したふりしてその場をやり過ごした時の方が
後々モヤモヤするんです
イライラするし
それを誰かに聞いてもらって、本音の部分をわかってもらいたい
という繰り返しなのではないか?
本音を出すのが
すごーく怖がってる自分がいた
私ビビりだなーー
って
自覚しました
ヘボい自分です
戦いたくなくて、逃げ回るような生き方してきたのかもしれない
案の定
最初は戦いが勃発しました




その相手を観察してると
こちらはヒートアップしなくて
穏やかな気持ちになってくる
ドキドキや、ギューっと固くなる感じを
味わってると
萎んでいくような
そのうちどーでもいいな
って
目の前の人と、私の価値観が違って合わないな〜って仕方ないなって
私とは違う生き物なんだから違って当然ですから
合わせる必要ないもんな
目指せ《樹木希林》
て感じかな〜
私らしく
私らしく
私らしく
コレは私らしい??
ピンとこないうちは
【私らしくない】を
手放す
食べない
行かない
やらない
そのうちに
【私らしい】私になっていくのかも
目の前の出来事の一つ一つに
本音のYESと 本音のNO
どうしてYESなのか
どうしてNOなのか
そこは説明しなくていい
【わかってもらう必要はない】
シンプルに生きる
今年は色んな変化があった
コロナのお陰で生活様式も変わって
生きづらくなって、、、
でもそのお陰で変化する事が出来て生きやすくなってる
より私らしく