「中庸」の意味をご存知ですか?

 

「かたよることなくバランスが取れている」ことを「中庸」と言います。

 

私は、何事においても「中庸」でありたいと思うのです。

 

中庸な人は、絶対に人知れず中庸であるための努力をしていると思います。

感情的に振れる事なく、日々の小さな習慣を大切にしたり、徳を積み重ねたりして、心身のバランスを保っていると思うのです。

 

中庸になるためにはとても努力が必要だということ。

 

それが中庸な人には人徳があるとも言われる所以かもしれません。

努力をしているからこそ中庸でいられるのでしょう。

 

私たちは生きるために、心身に感じた不協和を無意識レベルで整えています。

しかし、この不協和を修正し復元するだけでは勿体無いのですね。

 

だってそこには あなたが学ぶべき課題があるから

 

この不協和に気付いたり、乗り越える事によって多くの事を学び成長して行くために、我々は生まれて来たと思うのですよね。

この不協和という感覚は、ありがた~い神さまのお告げのようなものなのです。

 

時には、自分ではどうする事も出来ない事態に遭遇する事もあります。

精神面で衝撃的な、何か納得出来ない、飲み込めない、見たくない、聞きたくない、知りたくないような出来事が起きた時なども同様です。

 

このような時、私たちの身体の中ではどんな反応が起こっているでしょう。

 

脳の中にある視床下部は、私たちの自律神経を調節する司令塔ですね。

ここは交感神経と副交感神経のスイッチの切り替えを行う部位なのですが、

小さな不協和で無意識レベルで調節がうまく行っているうちは健康であると言えます。

しかし、衝撃的な出来事が起きて、このスイッチの切り替えがうまく行かなくなると大変。

色々な症状が心に現れたり、身体に現れたりします。

人はとっても繊細、かつ、正確な存在なのです。

 

特に 

 

身体は絶対に嘘をつきません

 

精神面で衝撃的な、何か納得出来ない、飲み込めない、見たくない、聞きたくない、触れたくないような出来事が起きた時には、不協和状況に陥って、途端に自律神経が狂い出します。

呼吸が乱れ、血圧が上昇し、神経が昂り、眠れなくなったり、イライラしたり、ドキドキしたりします。

 

そして、ちゃんと 回復するための自己治癒力だって備えていますよね。

 

このように、私たちの心身は生まれながらにして素晴らしい知性を持っているのです。

 

呼吸、血圧、心臓の鼓動やありとあらゆる臓器が知性の存在を物語っています。

 

誰もが生まれながらにして持っている普遍的な知性の存在は、どんなに衝撃的な、何か納得出来ない、飲み込めない、見たくない、聞きたくない、触れたくないような出来事が起きたりしても、心身の均衡を保とうとして働いてくれるわけなのです。

ほんとうに素晴らしいですよね。

 

中庸である事には意味があります。

ここまで読んでいただけた時点でピンと来ているかもしれませんが、偏りがない、バランスが取れた中庸な性格の人は、人徳があるというだけではなく、心身共にバランスが取れた健康な人と言えるのです。

 

中庸とは、「普通」か「そこそこ良い」と言ったイメージを持たれている方が多いと思いますが、実は中々淘汰出来ない凄いレベルの事を指すのかもしれません。

 

 

中庸な師に学びたいですね。

 

5年前の記事を再投稿してみました。

 

またお会いしましょう。

 

 

中庸は徳の至れるものなり