行って来ました
悩んだけど(/・_・\)
現実を伝える
行きの東北道で左前を走っていた
から何か落ちた?
火花が見え部品かと思って避ければ大丈夫って思っていたら
荷台から大量の丸太が落ちたらしくゴロゴロと転がって来た


あーびっくりΣ(゚ロ゚ノ)ノ
思ったより混んでいなくてなんとか朝到着しました
ん~
言葉にならない
有るはずの建物や信号や電柱まで瓦礫の山でした
大分片付けが入ってる場所やまだまだの場所
解体OKや撤去お願いしますの赤い文字が多数見られました

街中にフェリー
あちこちに小さな漁船達
宮古市中心では道一本違うだけで無傷な場所や
両脇の建物は有るのに真ん中は何も無くなっていたり
少し走ってみただけでこの辺は大丈夫みたいって思ったらめちゃくちゃだったり

この奥に見える水門を越えました
そして手前のかなり撤去された場所だったので何もないのですが
住宅地だった場所でした
水門があったから周りに被害が及んだと地元では言っている人々もいたようです
叔母の家に向かい悩みました
目印の道が…建物が原形を留めていないから…
海~川に添ってガードレールは薙ぎ倒され崩れ落ちていたり
堤防はコンクリートのブロックが剥がされ道路の反対側の山の上に有ったり
あちこち笹や木が変色していました
橋の欄干はぐにゃりと変形していました
橋の上越えたのでしょうね
牡蠣の養殖していた浮き玉がぶどうの様に電線から下がってました
建物の2階や3階の上に車や瓦礫が有りました
目印だった場所は多分此処だよね?って警察官が居たので尋ねると
静岡から来たので解らないと言われ父は一緒に歩いて行ってみたら家を発見
此処で合っていたと…
しかし手前に有った家は一件も無くなってました

温泉の宿泊施設が3階までめちゃくちゃでした
この施設の後ろに堤防が有り
道を挟んで車のディーラーが有ったりしてその脇を入って行って線路をくぐり
少し奥まった所で少し上がっている場所が叔母の家でした

この写真撮った場所まで水が来ました
奥に見えるかな…
遠くに堤防が有ります
この住宅地はほとんど流されました
水に流され助けられたけど寒い寒いと言いながら亡くなった方も居たそうです
少し高台だったので叔母の家は全く水に浸からずに済みました
叔父は自衛隊だったので、流れて来た人を助けたり取り残された人々を避難誘導したそうです
電気はやっと地震から1ヶ月程経ってから違うケーブルを使い復旧しました
そして本家は床下浸水でした
その娘の家は川添いに有り、旦那さんは堤防で水を見ていたら音がしたので
車で逃げようとしたら水が来た為車を置いて逃げて車は流されました
家は1階が水が入りましたが家は大丈夫でした
その近くの魚屋さんが1階がめちゃくちゃで生活出来ず本家で生活していました
本家の息子は消防士でその魚屋さんの辺りの航空写真を見て
両親は駄目だろうと思ったそうです
1週間くらいしてから安否確認にやっと家に帰る事が出来て生存を確認出来たそうです
庭の鯉がいる池を先月掃除したら海水混じりの泥の中大きな3匹

と小さな2匹

それに近くに鮭を孵化させていた場所が全て無くなってしまったのですがそこから来たと思われる鮭の稚魚が100匹以上
生きてました
今は稚魚は鯉の餌になってしまっているのか減少していました
庭先のチューリップ
はかなり小さくて
水仙や桜はあちこち咲いていました
家も木も流された瓦礫の中草木は芽吹きました
写真撮り損ねたけど津軽石駅に停車していた列車が
津波で100㍍くらい流され脱線してくの字になっていました
水の力、自然の脅威を目の当たりにして来ました
浄土が浜の遊覧船は、いつ再開するか不明とのこと
駐車場には沢山の警察官の姿が有りました
帰りには沢山の自衛隊車両や警察車両が宮古市中心に向かっていました
瓦礫の撤去をしても集める場所が無いので、あちこちに集めている状況です
とりとめの無い話でごめんなさい
何を書いたら良いのか
何を伝える事が出来るのか悩みました
少しでも何か伝えられたら………
またね
悩んだけど(/・_・\)
現実を伝える
行きの東北道で左前を走っていた
から何か落ちた?火花が見え部品かと思って避ければ大丈夫って思っていたら

荷台から大量の丸太が落ちたらしくゴロゴロと転がって来た



あーびっくりΣ(゚ロ゚ノ)ノ
思ったより混んでいなくてなんとか朝到着しました
ん~
言葉にならない

有るはずの建物や信号や電柱まで瓦礫の山でした
大分片付けが入ってる場所やまだまだの場所
解体OKや撤去お願いしますの赤い文字が多数見られました

街中にフェリー
あちこちに小さな漁船達
宮古市中心では道一本違うだけで無傷な場所や
両脇の建物は有るのに真ん中は何も無くなっていたり
少し走ってみただけでこの辺は大丈夫みたいって思ったらめちゃくちゃだったり

この奥に見える水門を越えました
そして手前のかなり撤去された場所だったので何もないのですが
住宅地だった場所でした
水門があったから周りに被害が及んだと地元では言っている人々もいたようです
叔母の家に向かい悩みました
目印の道が…建物が原形を留めていないから…
海~川に添ってガードレールは薙ぎ倒され崩れ落ちていたり
堤防はコンクリートのブロックが剥がされ道路の反対側の山の上に有ったり
あちこち笹や木が変色していました
橋の欄干はぐにゃりと変形していました
橋の上越えたのでしょうね
牡蠣の養殖していた浮き玉がぶどうの様に電線から下がってました
建物の2階や3階の上に車や瓦礫が有りました
目印だった場所は多分此処だよね?って警察官が居たので尋ねると
静岡から来たので解らないと言われ父は一緒に歩いて行ってみたら家を発見
此処で合っていたと…
しかし手前に有った家は一件も無くなってました

温泉の宿泊施設が3階までめちゃくちゃでした
この施設の後ろに堤防が有り
道を挟んで車のディーラーが有ったりしてその脇を入って行って線路をくぐり
少し奥まった所で少し上がっている場所が叔母の家でした

この写真撮った場所まで水が来ました
奥に見えるかな…
遠くに堤防が有ります
この住宅地はほとんど流されました
水に流され助けられたけど寒い寒いと言いながら亡くなった方も居たそうです
少し高台だったので叔母の家は全く水に浸からずに済みました
叔父は自衛隊だったので、流れて来た人を助けたり取り残された人々を避難誘導したそうです
電気はやっと地震から1ヶ月程経ってから違うケーブルを使い復旧しました
そして本家は床下浸水でした
その娘の家は川添いに有り、旦那さんは堤防で水を見ていたら音がしたので
車で逃げようとしたら水が来た為車を置いて逃げて車は流されました
家は1階が水が入りましたが家は大丈夫でした
その近くの魚屋さんが1階がめちゃくちゃで生活出来ず本家で生活していました
本家の息子は消防士でその魚屋さんの辺りの航空写真を見て
両親は駄目だろうと思ったそうです
1週間くらいしてから安否確認にやっと家に帰る事が出来て生存を確認出来たそうです
庭の鯉がいる池を先月掃除したら海水混じりの泥の中大きな3匹


と小さな2匹

それに近くに鮭を孵化させていた場所が全て無くなってしまったのですがそこから来たと思われる鮭の稚魚が100匹以上
生きてました今は稚魚は鯉の餌になってしまっているのか減少していました

庭先のチューリップ
はかなり小さくて水仙や桜はあちこち咲いていました
家も木も流された瓦礫の中草木は芽吹きました
写真撮り損ねたけど津軽石駅に停車していた列車が
津波で100㍍くらい流され脱線してくの字になっていました
水の力、自然の脅威を目の当たりにして来ました
浄土が浜の遊覧船は、いつ再開するか不明とのこと
駐車場には沢山の警察官の姿が有りました
帰りには沢山の自衛隊車両や警察車両が宮古市中心に向かっていました
瓦礫の撤去をしても集める場所が無いので、あちこちに集めている状況です
とりとめの無い話でごめんなさい
何を書いたら良いのか
何を伝える事が出来るのか悩みました
少しでも何か伝えられたら………
またね
って