人は人と比べ、何をもって優越感というものを持つのだろう。
加熱する競争から頭を冷やすことも必要ではないだろうか。
目的を誤ると、悲惨である。
特に人間を育てる教育現場はなおさらではないかと思う。
お金がある。頭がいい。容姿も整っている。等々絶対的要素で、ある程度枠組みがなされる。お金で買えるほとんどの価値によって、人は翻弄される。
私は、お金では買えない価値を子供に教育すべきだと思うのだが・・・。
本来子供の世界には差別がなかったと思う。それぞれの得意分野に敬意を払って、楽しく自由に遊んでいた。
最近、お金持ち優越主義が加熱しすぎてはいないか。金持ちに合った教育機関を作って、一般の子供と隔離させていることは、バランス感覚の優れた人間を育てるにはどうなのかと思ってしまう。そういう子供たちが、日本を動かしていくことを考えると、私はこれからのこの国の危うさを感じる。
お金中心の思考回路をどこかで変換できないものかと思う。子供の世界は自由であるべきだ。偏見の塊のような大人の作った学校に閉じ込めて、変な優越感を教え込むのはいかがなものかと思う。
犠牲になる子供たちがかわいそう。
その人が価値を見出すものは全く自由である。人それぞれであって、そこには、勝手な判断は下せない。
ただ私が思うに、この地球は誰のものでもないし、雨は平等に降るし、寿命も同じ。同じ人間同士で中身以外のことで張り合って競っても、どうなのかな~と思ってしまう。
自分に自信のない人間に限ってレッテルを張りたがる。
日の目を見ない偉大な人々が実は国の屋台骨を作っている。
お金とか名声とかではなく、何かの役に立ちたいという人間が本来持っている純粋な生命の躍動感がそこにあるのだと思う。そういう人生を送った人は、幸せだ。
目の前のたった一人でも幸せにできたのだったら、いい人生ではないだろうか。
お受験という言葉を聞くと私は鳥肌が立つ。
