今日は友人と、人生初の猫カフェに行った。🐈
ただ寝て起きてゴロゴロする猫を見てると、
命の使い方とは本来こういうものなのかなと思った。
ただ種の存続のため。
自分はその一端を担っているに過ぎず、
その間の行為、過ごし方に意味を見出すという発想が無い
でも知性を得てしまった人間として生まれて、
生きがいというものを追う権利を得たのだから
できることはやらないと損だろう。
できなくてやらないことに未練はない。だって知らないから。
でもできるのにやらないことには未練が生まれる。
だから生きがいの意味を知らない存在を見て
このように生きたら幸せだろうか、と一瞬考えたけど
私はもう知ってしまっているので無理だね、
という話です。
例えば富とか地位とか名誉とか
社会的な何かを得るために、私たち人間はもがいている。
キャリアを積もうと必死で挑んでいる。
それが苦しいと感じてしまって、
ふと、寝転がっている猫を見る。
「お前は気楽でいいよな。」
でもそんなこと言ったって本当は、
夢のためにもがける人間の人生が幸せだって思ってる。
この人生でできることをしよう。
できるのにやらないなんて勿体無いよ。