気分のせいなのか、とんでもなく重い話になります。
読まれる場合、覚悟をしてお読みください。
読んだあとの苦情などは、受け付けませんので前もってご了承ください。
20年近く、知りもしなかった生みの親の台詞は、教師のソレより響かない。
何故なのでしょう?
不思議でなりません。
今日、久しぶりに産みの親・母方の祖母から電話がありました。
何気なく取ったのですが、元気がない様子。
そしたら産みの母親まで出てきて色々話しました。
「元気でやっているか?」
「最近はどうしているのか?」
「そちらの両親を大切にしなさい。」
「迷惑をかけるな。」
「仕事は?」
「食費払っているのか?」
とても大切なことだし、身体に気を使ってくれているのだろうけれど
全く響かない。
今日、具合が悪かったせいもあるのかもしれないれど、冷めた目で見てしまう。
二十数年、存在すら知らなかった産みの親。
最初のうちは気を使って会いに行ったりもしていたけれど、最近はめっきりになりました。
血が繋がっているだけの、赤の他人状態。
実感がわかないとはよく言ったものです。
「でも、当たり前っていうのなら、そっちの方が当たり前なんですよね。人間なんだから、口論もすれば喧嘩もします。噛みついたり、噛みつかれたり、好きになったり、嫌いになったり、そんなこと、当たり前なんですよね。だから――好きなものを好きでい続けるために、本当はもっと、頑張らなくちゃいけなかったんですよね」
「好きなものを好きでい続けるために、頑張る―――って、なんか、不純とは言わないけれど、あんまり純粋って感じがしないけれどな。頑張って好きになるなんて――なんか、努力してるみたいな感じじゃないか」
「わたし達が持つ好きっていう感情は、本来、凄く積極的なものではないですか」
「好きなものに飽きたり、好きなものを嫌いになったりするのって――つらいじゃないですか。つまらないじゃないですか。普通なら、十、嫌いになるだけのところを、十、好きだった分、二十、嫌いになったみたいな気分になるじゃないですか。そういうのって――凹みますよ」
上記は、私の好きな西尾維新の『化物語』に出てくる一節。
迷子の子供、八九寺真宵が離婚した両親について話すシーンに使われていた言葉。
私の産みの両親は、多分好きでい続けるための努力が出来なかったんだと思う。
それは多分、本人たちの惰性だけではなくて、外的要因も多々あったのだろうけれど。
それでも、一緒にいたいと思う努力を…しなかったんだと思います。
その結果、私と姉は捨てられて、今の家族に引取られた。
向こうはそう思っちゃいないだろうけど、面識の一切無かった私たちからすればそんなもんです。
子供は愛の結晶なんて歌い文句のような言葉があるけれど
両親が離婚したら、『愛』が無くなったのなら、私は『無』になるのか?
よく解らない。
幸いなことに、私の現在の両親(本当の両親だと思ってる)は、温かくて面白いし
恋人も親友もいてくれる私は、とても果報者なんじゃないかと。
これからも、好きでいてもらうために、努力し続けたいなと思う私でした。
具合悪いときに記事書くとろくなことないなと思った、私でしたw
リアル吐きそう…。