ワイパーが描いた半円。
その縁を滑る雫が、くっきりとつけられた輪郭を消して行った。
規則正しく。何度も。
『ドライブ連れてって』
電話の先で海咲が笑った。
高速に乗ったあたりで散らつき始めた雨。
4月も3日になるのに、今日は肌寒いと窓の外を眺めて呟く横顔が透けるように白い。
車に乗ってもそのままの、口元まで巻いたストール。アイスグレーが良く似合う。またちょっと痩せた頬を覆っている。
3号を西へ走る。
気が付けば、他を知らなかった。
ほんの些細な習慣や無意識の行動が過去をなぞる。それはときどき胸を突く。
肘掛けに置かれた手にそっと触れると、窓の外を見ていた海咲がこっちを向いて笑った。
「どしたん?」
「ん?たまには、ええやん」
「どっか入る?」
「そんなんちゃうよ」
指に指を絡めるようにしていると、海咲が掌を表に返すから自然と恋人繋ぎになった。
なんとなくその動く指を見て、すぐに前に向き直る。
「桜、今日の雨で散ってまうなぁ」
海咲が独り言のように、呟いた。
「ほんまやな」
「みんなで花見行くって言うてたのにな」
「あいつら飲みたいだけやろ」
「俺もやわ」
そう言って笑う。
「俺もやけどな」
「誰も花見てへんやん」
ちっともダメじゃなさそうに「あかんなぁ」と楽しそうに続けた。
「でも、今日みーちゃんと桜見れたな」
窓の外を見ていた海咲がふっとこちらを返ってから繋いだ手に視線を落として、
「そやね」
小さく呟いた。
親指の腹で凪沙の指を優しく撫でた。
「こそばいわ」
「こそばくしてるから」
今日の海咲はよく喋った。
「凪沙くん」
「ん?」
日没が迫る車内は薄暗さが増して。
海咲を青く染めた。
かろうじて顔が見える程度の明かり。
「俺には次の日、ちょうだいな」
なんで。
「それくらいでちょうど良いから」
なんでそんな寂しそうに笑うねん。
たった数十秒で僅かな光を失って行く空が、隣の海咲を呑み込んでしまう。
あかん。
連れていくな。
繋いだ手に力を入れる。
「みさ…」
「凪沙くん」
いつでも。
2番目を望むのは、俺じゃない。
いつでも。
1番目になられへんのは、俺や。
過去をスケープゴートに、現在(いま)に答えは出さず二人は手を取り合った。
だから───。
対向車線のヘッドライトが二つの影を照らす。
「1日遅れは俺だけな」
しっかりと握り返された手。
「誕生日、おめでとう」
空が大粒の雫を降らして、夜の帳が二人を包んだ。