想いを綴ることは、自分の考えを整理すること。
言語化することによって、新たな発見もあり、見失ったときの道しるべにもなる。
最近、視覚重視の媒体が流行っていることもあってなかなか文字を書かなくなった。
これからは、この場を借りて脳内整理をしようと思います。
東京にきて早3週間。
まさか私が東京で生活するなんて、今でも不思議な気持ちです。
2016年の7月、初めてのワンマンを控えて悩みもがいていた。
そんな時に出逢ったのが、今お世話になっているボイススクールと先生です。
この人から学び、吸収したいと強く思い、上京を決めました。
私の記憶にある初めての夢は歌手になること。
歌うことが無条件に大好きで、それ以上でも以下でもない。
幼い私は、歌を歌い続けるためには歌手になるしかないと思っていました。
私にとって歌手になることは、歌い続けるための手段でした。
小学生で合唱団に入団し、大好きな歌を思う存分歌いました。
だけど、私は歌手になるための行動を何も起こさなかった。
怖かったんです。失敗することも、生まれ育った町を離れることも、そして、自分を否定されることも。
合唱団を退団し、大人になって自分で食べていける土台を作ってから音楽活動を始めました。
その頃は歌えるだけで良かった。
人前で歌う機会がないとしても、ただ歌いたいと思った。
だけど、出逢いとタイミングで、瞬く間に私の環境は変わりました。
幼い頃に夢見ていた景色。
ステージに立ち光を浴びて歌うこと。
自分の曲を世に排出すること。
ずっとずっと思い描いていた。
だけど、気持ちだけが大人になった私のままでした。
勘違いしてはいけない。
ずっと続く訳ではない。
私なんかが恐れ多い。
有難いことに身の丈に合わない活動を沢山させて頂きました。
心が置いてけぼりになりながらも、必死にしがみつきました。
このチャンスを掴まなきゃ。
ずっと夢見ていたこと。
絶対に逃さない。
そんな想いで駆け抜けた3年間。
沢山の方の前で歌わせて頂きました。
そこでだんだんと生まれた感情は
私の歌にどれ程の価値があるのか。
チケット料金を支払って頂く価値が。
時間を作ってご足労頂く価値が。
私じゃないといけない意味はあるのか。
私にしか歌えない歌があるのか。
人は何を望み、求め、価値を見出し、集まってくれているのか。
歌は上手い下手ではない。
気持ち だと。
その概念には何度もぶち当たってきた。
噛み砕いて、噛み砕いて、納得しようとした。
見ない振りしてこのままやっていこうかとも思った。
だけど、やっぱり私は気持ちも技術だと思うんです。
有難いことにワンマンには90名もの方が集まって下さり、応援して下さいました。
沢山の方に支えて頂きました。
そんな方達を置いて、上京するなんて罰当たりなのか、そんなことをする意味はあるのか。
音楽は自由です。
どのアーティストの、どの曲を、聴きたい時に聴きたいだけ聴ける時代です。
だからこそ、私の歌を求めて下さる方がいるのなら、それが私の幸せです。
また、昨今は誰もが人前で表現出来る時代になりました。
届けることも受け取ることも無料で、手軽になりました。
だけど、未だにCDや配信にお金を支払って下さる方もいます。
遠方のライブに時間と労力を使って聴きにきて下さる方もいます。
それはきっと、受け手がそれほどの価値を見出しているから。
私だってそうです。
一概には言えない。
だけど、価値ある物を作りあげるためには時間と投資が必要だと思いました。
自分の声はもちろん、内なるもの、人間性、私を形成する全てのものを向上させるために時間をかけ、投資し、学ぶ。
どうなるかなんて分からない。
だけど、やらないよりやった方がいいことは分かる。
私自身が自分の歌に楽しみ、私という人間を通して表現される歌を楽しんでくれる方と同じ時を共有したい。
今はそれが私の最大の夢です。
それが東京に出てきた理由です。
こっちに来てから沢山のライブに触れ、悔しい想いもしました。
私何してるんだろって。
だけど焦らない。
ゆっくり心を溶かして、柔らかくする。
一人の人間として丁寧に生きる。
歌は人が出ます。
精神状況や人柄、邪念、欲。
だけど、それは悪いことではない。
色んな物に触れて、感じて、結果出来た私を愛したい。
まずは私が私を。
いいものが作り出せるよう精一杯、吸収して参ります。
また、皆様の前で歌える日を心待ちにして。
愛を込めて。