お久しぶりです。

7月31日、青森にいる母方の祖母が亡くなりました。
80歳でした。

祖母はC型肝炎を昔から患っていて、C型肝炎が治ってからも肝硬変になり、小さなポリープができては血管にカテーテルを入れて取っての繰り返しでした。
2ヶ月空けて、ポリープの検査をするのですが、5月に通院した時はなにもなかったのです。

7月10日  私の叔父に付き添われ、いつものように通院。その時には既に、肝臓の半分がガンになっていました。
それを聞いた母は7月14日から16日の三連休に慌てて帰郷しました。その時、祖母は母に「なにしにきたの?」と聞いたそうです。そのくらい、元気だったんです。あれが食べたい、とかこれが食べたい、とか食欲もありました。

7月16日  私たちが住む宮城に母が帰ると言った日の午後、祖母がお腹が張って痛いと訴えました。救急病院に連れていくと、祝日だったため、担当の先生がいらっしゃらず、次の日にもう一度叔父が病院に連れていくことになりました。

7月17日  腹水が溜まっていて、数値も異常。即入院になりました。

7月27日  手の施しようがなくなりました。延命治療も祖母は望みませんでした。そのため、治療がメインだった病院からホスピスに転院しました。
この日は病院の中でもお化粧をして、1人でなんでもしようと元気でした。

7月28日  女の人はいつも綺麗でいなくちゃダメ。
いつもそう言って、休みの日でもお化粧を欠かさなかった祖母が、化粧をしなくなりました。

7月29日  母が1人で青森に帰りました。母はその日から病院に泊まり込みで祖母のそばにいました。

7月31日朝   いつでも青森に帰ることができるように準備をしておくように、と母から連絡が来ました。
            昼   すぐ帰ってきて、と母から切羽詰まった連絡が来ました。

7月31日  17時27分  両手を母と叔父に握られ、静かに、眠るように息を引き取りました。

私は、祖母が眠りについた時、宮城にいました。大学の出願のための書類作成を終わらせてから、祖母のところに来るように、と言われていたからです。受験を投げ出して来ても、祖母は喜ばない、と。書類が31日に終わって郵送もし、早く来てと連絡があって帰ろうとしていた時、父から亡くなったと電話がありました。

なにもできなかった。電話越しに祖母に話しかけることしかできなかった。会えなかった。。
頭が真っ白になって、その後、後悔ばかりが浮かびました。もっと電話すればよかった。もっと会いに行けばよかった。

もっと、大好きと伝えればよかった。

伝えたかった思いは、山ほどある。
それでも、現実はその半分も伝わらない。。

だから、どうか伝えてほしいのです。
大好きな人には大好きだよ、と。
愛してる人には愛してるよ、と。
ごめんね、ありがとうも、たくさん、たくさん。
いなくなってしまった人に、その思いは届くと信じています。それでも、必ず後悔するから。
笑顔が見たかった、一緒にいたかった。。
もっと話せばよかった。
私は今、心の底から後悔してるから。 

それと同時に、感謝もしています。
命の尊さ、人の大切さ、最後までたくさんのことを教えてくれました。
そして青森は今、ねぶた祭りの季節です。
私はなかなか、ねぶたの時期に帰省することかできずにいました。
だから、親戚の叔母は言います。
あーちゃんがねぶた大好きだから、ねぶたが見られるようにおばあちゃんがこの時期にあーちゃんを呼んだんだよ、と。
最後の最後まで、私のことを考えてくれる祖母でした。
世界一の祖母です。

今祖母は、安らかに眠っています。 
きっと今も近くにいて、私たちが泣かないようにしてくれてるのだと思います。
泣けばダメだ、おらだば笑った顔が好きだ。
そう言ってるんだと思います。

まとまりのない文章でごめんなさい。
ちゃんとお別れしてきます。
そして、最後の最後まで付き添った母のサポートをしっかりしたいと思います。