そんなときに救われたのは、H 2014年3月号。
わたしは、基本的に嵐さんかさとしくんが載っている雑誌じゃないと買わないのですが、初めて買ったさとしくんが載っていない雑誌が、このHでした。
17歳の俺、初めまして。
32歳の私です。
そこから15年が経ち、“俺”や“僕”ではなく“私”を使うようにもなりました。
その様な機会が増えるという、意外な状況に身を置いています。
背広を着ない仕事に腹をくくったつもりでしたが、背広を着る機会に恵まれているよ。不思議なものですね。
1999年。
嵐になる直前。
気に入っていたドレッドを、ほどけと言われました。
必死に守り抜いてきた、無遅刻無欠席が急に叶わなくなりました。
“はぁ…。なんだこれ…。とんでもないことに巻き込まれた。辞めようと思っていたのに。”
そう思っていることと思います。
イラついて、ピリピリしてると思います。
でも。
そんな“【あなたの社会】への建て前”と“自分への言い訳”を鎧に纏っているもの。
自分でその道を選び、歩き始めます。
誰も背中なんか押しちゃいないのに。
結局のところ、“夢”だったっつーことかな。
不安だとは思う。
しかし。
不安が努力を突き動かす。
どうか頑張って下さい。
「無理しないでね。」
人は言うかも知れません。
死ぬほど無理して下さい。
別に死にゃしないから。
こっちも未だに、“これで本当に良かったのか”分かってはいません。
でもまあ…“悪くはないかな”ってところまでは来られたよ。
来られるよ。
人生是一方通行。
どうか。
ただ前だけを。
無理しないように。
2014年1月 櫻井翔
彼は伝える人だから。
彼自身が今まできっとたくさんの努力と経験をしてきて、広い視野を持っているからこそ、彼の言葉はとても説得力があります。
死ぬほど無理して下さい。
別に死にゃしないから。
この言葉にどれだけ励まされたことか。
「死ぬほど無理して」っていうのは自分じゃなきゃ言えないかなあと。
人には言えない。自分だから言える。だからエールを送るとしたらそういう言葉かなあってちょっと思ったんですよね。
やっぱりすごいよしょうくん。
こんなに自分に厳しく努力している人がいる。それに比べたらわたしの努力なんてまだまだだから、もっともっとがんばろうって思いました。
今もすこしつらい時期なのですが、こういうときにしょうくんの言葉を思い出して、それを励みにしています。もちろん、これだけではありませんが。
いつもありがとう。
この手紙の後にインタビューが載っているのですが、結構長くて読み応えがあります。
最近、レギュラー番組や特番でハワイでの嵐さんが特集されていますが、そのとき必ず出るデビューの話が、このHでもしょうくんが話してくれています。
「デビュー時の気持ちは?」と訊かれて、メディアでは「とんでもないことに巻き込まれたなあって思ってた」って答え続けてきたけど、「やりたくないのに嵐っていうのを組まされちゃって」って言っていないと踏み出せなかったんでしょうね。
「いいじゃん、やってみなよ」って言った人なんか誰もいなかった。もっと言えば、誰にも相談してない。勝手に決めちゃったんでしょうね。
でも、東京ドームでコンサートできた、アジアに行けた、国立競技場でコンサートできたっていうときに、「こんな景色見られるのかあ」っていうのが積み重なって、自分の中で「悪くないかな」って思った。
(要約)
しょうくんが自ら選んだ、嵐デビューという道。期待も不安もきっとあったと思いますが、その先にすてきだと思える景色が広がっていてよかった。これも、しょうくんの努力の賜物ですね。
わたしもくじけそうになるときがありますが、このしょうくんの厳しくもあたたかいエールを思い出して、がんばっていきます。



