碧井綾子 愛道(マナイズム)ネオフェミニン

碧井綾子 愛道(マナイズム)ネオフェミニン

「ネオフェミニン」とは──
古い“癒し”や“我慢”の女性像を超え、
しなやかさと誇りをもって自分を生きる、新しい女性性のスタイル。

30年にわたり海外で学び、マウイ島でリトリートを運営してきた経験をもとに得た気づきを綴っています

こんにちは。

ネオフェミニンな生き方をサポートする

Women’s ライフコーチの碧井綾子です。

 

 

冬至も明けましたね。陰極まれば陽となる。

 

今年もあっという間に過ぎた感がありますが、

皆さんの一年はどんなだったでしょうか?

 

唐突ですが、

 

「オリジナル」であること、を意識されてますか?

 

誰かの言っていること、

本に書かれていること、

社会一般のいわゆる世論、、、

 

それらを鵜呑みにしたり、そのままフォローせず、

諸々の「見方」というものを取っ払った俯瞰した目線を養うことが、

これからの時代にますます大事になると思うのです。

 

 

と同時に、「見方」にも千差万別があるということをよく知っておきたい。

 

「見方」というものは、

各々個人の感情や、文化、国、性別、年齢によって異なる。

 

異なることは当たり前なわけで、それはむしろ喜ばしいこと。

ただ、その「差異」の存在を認めておきたい。

 

 

 

先日、あるスタディーグループに参加しました。

あるアメリカの著名人の本を読み進める勉強会です。

その著名人が80年以上前に言述した膨大なリーデイングを彼の弟子たちが書き留めた古い本があり、私たちはその日本語訳を読んでいるわけです。

 

そこに書かれている言葉の節々に、違和感を覚えてモヤモヤし、

家に帰って原文を調べました。

 

英語の原文で読んでようやく、その違和感の意味がわかってスッキリしたのです。

 

日本語とは美しい言語ですが、謙り畏まる言語なのですよね〜〜。

 

英語で書かれた言葉は、もっとストレートでわかりやすい。だから軽やかなのです。

 

対して、日本語では、著者への敬意ももちろんですが、

 

彼の語った内容が「神」に対する姿勢だったこともあり、
その大いなる存在への畏怖感が、
重々しくなり過ぎている。

 

ここ!

 

この「権威あるもの」に対する
“ハハーッ”という姿勢。

私は、そこに強い違和感があります。

 

どうしてそんなに謙るのでしょう?

 

確かに、相手を尊敬するのは大事なことだけれど、

自分の立ち位置を下げなくてもいい。

 

 

女性として。
日本人として。
家庭に生きる一人の人間として。

政治も、経済も。

私たちは、もっともっと
「生意気」でいいんです。

 

そして、こんな「差異」を意識していきたいのです。

 

 

英語と日本語訳の「差異」。
男性目線と女性目線の「差異」。
訳者と読者の、精神性背景の「差異」。

 

 

この「差異」の存在を理解し、

みんながそれを超越したら、

その先には、「神」との一体感やワンネスがあるのかもしれません。

 

でも同時に、
「差異」を味わい、

その味わうプロセスを楽しむために、
私たちは人間として地球に生まれてきているのだとも思うのです。

 

白か黒じゃない。

all or nothing じゃない。

 

そこが人間の面白いところですよね。

 

 

謙るのはやめて、差異を楽しんでオリジナルでいきましょう、ね、ネオフェミニンなみなさん。