最初は、いいかなーって思ったんです。

なんだかんだで行く機会、今までもこれからもあった(ある)し。今回は見送ってもいいかなーって、思ったんです。


けど…

一周年だよ…

という言葉に、ん…?


船上パーティーらしいよ…

の言葉に、んん…?


高次元パスポートだよ…

の言葉に、んんんーーっっ!?



もらってきた青いチラシを目の前に、『悩んでる(フリをしてる)けど、きっと行くんだろうな…』なんて思ったり思わなかったり…。


とにかくパスポートを買って、次の日の予約もしました。


その前後、関西のお友達に、『行くつもりやの…』と言い。

『私も行くよー』『楽しもうよー』『(関東の)知り合い、紹介するよー』の言葉をもらい(えへへ、MARIAちゃん、みやびちゃん、ありがとう★)。


じゅりあす・わんさんも、行くと聞き、電話をし。

『どうやって行くのー?』『どこに泊まるのー?』教えてもらい。


そして昨日、ようやく、新幹線のチケット購入とホテルの予約をしました。


ようやくようやく、『ああ、東京に行くんだー』という気分です。



今週末、東京に行ってきます。


関東のみなさま、全国から東京に行かれるみなさま、どうぞよろしくお願いいたします★
結局さ、


自分のことは自分ではわからない

本当の相手(他人)のことはわからない


んだよね。



そうしたら、結局さ、自分だと思い込んでいる自分は、まーったく、なーんにも、わかんないってことなんだよね。


自分のことはわかんない。
他人のこともわかんない。

そんな自分が、あれがいいとか悪いとか、これがどうだとかああだとか、ジャッジしていることが、なんだか馬鹿らしくなってきた。



自分の中の判断基準、それだって、『なんにもわかんない自分』が決めたもの。

じゃあ、その判断基準そのものが、間違っていることだってあるんだよね。



ノージャッジ。

すっごいことを教えてもらったけど、一度それを本気で体感したら、いろんなところで、ジャッジとノージャッジが見えてきた。


そして、いろんなところで、『ジャッジできない理由』も、見えてきた。



なんにもわかんない自分が、何かをジャッジする。



ふーん、変なの……。


なんて思うのです。



なんにもわかんない自分が、ジャッジなんてできないよね…。


なんて、思うのです。
なんや、どっちでもいいやん…って思う。


今まで思ってきた、
こうでなきゃいけないこと。
こうであってほしいこと。
自分の中のこだわりやルール。


なんだか、ぜーんぶ、どっちでもいいか…って思う。



なーんや、なにもかも、全部、どっちでもいいやんか…って思ったら、涙が出てきた。



どっちでもいい。

なんでもいい。

これでいい……。