2015年4月21日わたしの移植は無事行われました。
5月の下旬には退院をし、ドナーのお姉ちゃんも無事です。
景色は違って見える。心に余裕がだいぶできた。
生まれつきの病気だったから、疲れてないと疲れることの意味がわからずにきた私だったけど
最近はそれがわかるようになった。
疲れることが、だいぶ減って、だいたいいつもニコニコしてる
一人で街へ出かけても。
静養中で、まだいろんなルールの中での生活だけど、とても幸せ。
私が、術後にテレビが観れる状態になったとき、ネパール地震の直後だった。
野外テントで、怪我をした子供が袋にはいった軽食をかじってたり
頼りないテントの下で治療を受ける人たち。
衛生は大丈夫なのか、物資は足りてるのか。
自分の治療が、計画的に行われ、安全で安心な治療を受けてるのに運命に不公平さを感じざる得なかった。そして、自分の状況を心から感謝したい。
術後はしばらく歩けなかったので、トイレもシャワーも、食事もなし。
でも、毎日、病院での手厚い看護のおかげで、日々回復していった。
今日は、管が一つ抜けた、歩けた。
一つずつできるようになった時の感動は、いまでも忘れてないし。忘れずにいたい。
自分にとって当たり前だったことができることの喜び。
最近は、習い事ばかりしてる。
術前より、頭がいろんなことを吸収しやすいみたい。
疲れてないと、こんなに余裕ができるのかと。
感動。
お金がないとか、彼氏がいないとかいろんな不満を言う人が最近気になる。
ないものより、あるものに目を向けて、感謝や喜びを発見してほしい。
5月の下旬には退院をし、ドナーのお姉ちゃんも無事です。
景色は違って見える。心に余裕がだいぶできた。
生まれつきの病気だったから、疲れてないと疲れることの意味がわからずにきた私だったけど
最近はそれがわかるようになった。
疲れることが、だいぶ減って、だいたいいつもニコニコしてる
一人で街へ出かけても。
静養中で、まだいろんなルールの中での生活だけど、とても幸せ。
私が、術後にテレビが観れる状態になったとき、ネパール地震の直後だった。
野外テントで、怪我をした子供が袋にはいった軽食をかじってたり
頼りないテントの下で治療を受ける人たち。
衛生は大丈夫なのか、物資は足りてるのか。
自分の治療が、計画的に行われ、安全で安心な治療を受けてるのに運命に不公平さを感じざる得なかった。そして、自分の状況を心から感謝したい。
術後はしばらく歩けなかったので、トイレもシャワーも、食事もなし。
でも、毎日、病院での手厚い看護のおかげで、日々回復していった。
今日は、管が一つ抜けた、歩けた。
一つずつできるようになった時の感動は、いまでも忘れてないし。忘れずにいたい。
自分にとって当たり前だったことができることの喜び。
最近は、習い事ばかりしてる。
術前より、頭がいろんなことを吸収しやすいみたい。
疲れてないと、こんなに余裕ができるのかと。
感動。
お金がないとか、彼氏がいないとかいろんな不満を言う人が最近気になる。
ないものより、あるものに目を向けて、感謝や喜びを発見してほしい。