まず、6年間と3ヶ月と少しありがとうございました。
言葉が上手く纏まりませんが頑張ります。
メイド喫茶にコンカフェに通うようになって、友達が興味を持って友達を連れてそしたらその友達がコンカフェで働くようになりました。それをちょっといいなぁと思ってたまたまオープニング募集していたメイリーフに出会いました。別に受かると思ってなんかおらずただ受けてみたいと思い受けてみました。受かりました。動揺しました。集まった子、可愛い子ばかりで、なんでこんな可愛い子のなかで私みたいなブス根暗コミュ障が居るんだろうって。でもどうせ続けても2年とかやろ、とか思いました。
それがあれよあれよと地味に居続けました。
何年も居たのは、やっぱりチハヤさんの存在が一番大きかったです。仲良くなれてよくいっしょに過ごして、お泊りして当たり前にそこに居ました。チハヤさんの為に、チハヤさんが居るならと続けました。チハヤさんが辞められた時正直あの頃の記憶ないです。気が付いたら周年パーティーでした。でも、バースデーの約束を皆様といていたから居なきゃしなくちゃ約束を裏切りたくはないとバースデーをしました。
そして気が付いたら私はキーパーでした。
ただ長いだけで、もちろん長いからそれに伴いイベントも盛り上がって下さります。本当に身に余る光栄です。なんの魅力もない、かわいくもない、面白くも楽しくもない、残念な私があれだけ愛されるのはメイリーフという場所のお陰だと思います。長いだけでキーパーになったようなもんです。
自己評価は死ぬほど低い私ですがそれが間違っているとも思いません。この業界はかわいいは正義ですが、例えばそれがなくても愛されることのできる甘い世界です。そんな世界に甘んじて私はそのままメイド長までさせて頂きました。とても貴重な経験です。
ですが、私は溜め込んで溜め込んでダメになってしまうタイプです。しんどいなってなった時変わりゆくメイリーフを見て、あ、私要らないや、と思いました。私は昔のメイリーフが好きです。過去に囚われて生きてます。新しいメイリーフに私は要らないと決断するのはわりとサクッと早かったです。かわいい後輩達が好きでなかなかすぐに申告は出来なかったけど、要らないと思ってしまった時点でもうダメだと思いました。昔のような向上心や店の誰かの為ならなんでもできるような熱い心もなかったからです。本当に向いてない人材でした。
メイドさんとしても向いてない人材で気が利かないしお喋りも下手でした。だから自分の理想とするメイドさんになりたくて、匂わせをしないどころか男友達と縁を切りました。そこからどんどん自然とメイドとしてのアヤカという存在が生まれました。オンの状態だと色々出来ました。オフだと相変わらずなにも出来ません。知らない人と話すのも苦手なのは変わりません。自分でもびっくりしました。可愛げのないめっちゃ喋る子で声高いメガネみたいなイメージだったと思います!笑
こんなのを推して下さった方々本当に本当にありがとうございます。私は幸せです。
辛いこともありました。むしろ辛いことばかりでした。話すのが苦手なので当たり前なんですが、バースデーはブルーになりますし。いつになっても人が来るか心配で。私は私なりになるべくいろんなイベントには参加して出勤をする努力をしました。出勤日数多い方だったと思います。いつも居てすみません。でも私に出来るのはそれくらいでした。
出勤が多いほどどんどん悩みは増えました。下ネタは苦手どころか嫌いだし、忙しくてお話しできないと怒られたり。まあ、それは店側の人材不足ですけども。勝手に勘違いして嫌われたりしました。何故かフられたりもしました←告白してません笑
人と人が会話をして関わる世界だから普通の飲食店じゃありえないことがたくさん起こります。すごく怖かったです。
私のこと嫌いになってもいいです。私は転生なんてしません。私の接客は褒められたものではありません、変なところで嘘をつけず今お客様がきっとこの言葉を欲しいのであろうって言葉を口にしませんでした。メイドとして激しく減点です。けれど、私にとってメイド喫茶は楽しくお話しする場所でありむやみやたらにお客様を持ち上げ媚を売る所でも疑似恋愛する場所でも無いからです。それが私にとってのメイド喫茶です。そんなメイド喫茶が、コンカフェが私はこれからもずっと大好きです。
本当に褒められたメイド人生ではありませんでしたが、苦しくも本当に楽しく幸せな日々でした。この貴重な経験を大切な思い出として私は生きていきたいです。
メイドとして最後だけ口にした大好きですの言葉をここでも言わせいただきます。
だいすきでした。
ありがとうございました。
アヤカ