今日も耳鳴りが止まない。
難聴に始まったもの故かかりつけの医者には

「だってもう聞こえてるじゃないですか」

と邪険にされ、しまいには心配のしすぎだとノイローゼを疑われた。

「この本、読んでみてください。某有名大学院出身の先生の本です。これを読めばいかに有酸素運動が大事か分かります。」

そう言われ、渡された小さなメモを頼りに中古の本を購入した。



興味深い本だった上に著者が現役で診察をしているという情報を得て、週末横浜まで出向いた。



エレベーターが二箇所あり、誤って違う方向の3階に降りてしまった為、履き慣れたパンプスでコツコツと階段を下る。
降りた先では予備校の受付前で母親らしき人が扉の前からじっと動かず何かを待っている。



病院の扉が開くと、私以外患者は誰もいない。

受付の事務員が伸びをしている途中で、気怠そうに「こんにちはー」と声をかけてきた。



もう嫌というほど聴力検査は受けたが、またあの何の音も聞こえない小さな部屋へ作業的に押し込まれ、重たくて冷たいヘッドホンを付けられる。

一通りの検査を終えた後、流行りのものとは程遠い色と、丈の合っていないジーンズが印象的な医師が矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる。本の著者である。



「症状は?いつから?誰と住んでる?耳鳴りの音は?めまいは?運動はしてる?」

私の方には一瞥もくれず、ただただ質問を投げかけ、目の前の紙に回答をサラサラと書いている。



「すぐ治ります。こっち来て。」

そう言われ、エレベーターホールに連れて行かれた後、



「はいここで足踏み50歩して。」



誰もいない広いホールに足音だけがこだまする。



「病名なんて言われたの?」

「え、低音障害型感音難聴と」

「あー違います。誤診です。誰?開業医に診てもらったんでしょう?」

「あ、はい、そちらで先生の本を勧められまして。」

「なに、本読んだの」

言葉の端から少し高揚しているのが伝わってきた。



「薬、何もらったの?」
「これです」

「はい、全部違う。効果ない。全部捨てていいから。」



つづく