色遊びをして、
自分の感じたことや思いとともに
インスタに投稿した時
なんか後ろめたい気がして
自己否定が始まって。
どう思ってるの?って聞いたら、
自分の作品や言葉に対して
きたない、排せつのようだ、
外に出すべきじゃない
って。
衝撃的なことを、私の一部が思ってた。
そして、あーーーー!
芋づる式に色んなことが解けた。
私が言葉にこだわってることも
清く正しく美しく
他人に不快感を与えないようにと
ものすごく考えて
表現を整えしまうことも。
愚痴やネガティブな言葉への強い抵抗、
言っている人を悪だとジャッジして
距離をおいたり
裁判官のように正そうとすることも。
そのままを出すことを
許していなかったからだ。
ろ過して、きれいにして
不快感を与えない
悪いものがない
と、私の中で合格したものじゃないと
外に出しちゃいけない。
表現しちゃいけない。
良いも、悪いも
きれいも、きたないも
ただ私がジャッジして決めてるだけ。
自分の中にあるもの
そのまんまに、認めて
表現したいなと感じたら
そのまんまに表現することを、許して
そのうえで
自分の中だけで味わいたいこと
外に出して分かち合いたいこと
心地よい言葉、使いたい言葉
使わない言葉を
選択していく。
そしたらもっと、
シンプルに、ふわっと身軽に
私にも人にもやさしくなれそう。
今の私は、世紀の大発見!くらいの
衝撃を感じているけど
すこし先の未来の私から見たら
こんなこと思ってたのね、かわいいね。
ふふふ🤭
って感じなんだろうな。
