こんばんは
お気に入りのガジェットが突然なくなり3-4日必死であちこち探したけど出てこず、諦めていたら、洗濯機の後ろに落ちていたのを中3女子が見つけてくれて嬉しさのあまり泣いてしまったあやひめです![]()
![]()
![]()
![]()
ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ
今では学習塾で生徒の指導にあたったり、保護者の話を受けて、冷静にお話できていますが、私の子育てに対する想いはこれからのママさんには、私が長男にしたような子育てをして欲しくない一心です。
何ヶ月かに一度は思い返す長男への私の反省子育て・・・
かつての私の長男への子育ては「自分が“よい親”にならなくては」という思いと、「我が子を“よい子”に育てたい」という願いしかありませんでした。
そして、その想いや願いを叶えるために、自分のやりたいことや欲しいものは我慢して、子どものことを最優先に行動する、そんな母親だったと思います。(またそんな自分に酔いしれていたか他人からよく見られたい気持ちだったかもしれません)
そして、子どももまた、そんな親の期待に応えようとか、褒められたいと思い行動していたのではないかと思います。
たとえば、
成績で期待されていると思えば、テストでよい成績が取れるよう自ら机に向かったり、とりあえず提出物は出すでしょうね。しかし、その目的は、「自分の目標を達成すること」ではなく、「親の期待に応えること」になってしまっていたと思います。
テストで彼なりに一生懸命勉強したにもかかわらず、もし、私の思ったような成績でなかったら長男に努力が足りないとか、提出物が100%出ていなければ、横について出すまで口出ししたりしていました。
その結果、親の敷いたレールの上しか歩けなくなって、自分で決断できなくなったのではないかと思います。つまり、親が子どものためによかれと思ってしたことが、結果的に子ども自身を苦しめていたんじゃないかと思ってます。
”他人の成功したという教育”を目指していても、我が子に必ずしもうまくいくとは限らないですよね。(いかないほうが普通です)子どもの教育によさそうなことをあれこれ実践してみても、子どもがそれに対応できず嫌がったり、親自身が手いっぱいになってしまったりして、筋書きどおりにいかないこともありました。
子育てにおいて
・〇〇でないとダメ
・〇〇しなくてはいけない
と、マニュアルを信じて完璧主義に近かった私にとってはストレスとなってしまうことがありました。特に、自分の子育てが他人からどう思われているかを気にしてストレスが増す、そしてガミガミ叱ってしまうということもしばしばでした。
また、一番良くないのは他人と自分の子育てとを比較してしまったということです。
加えて、我が子が失敗するのを恐れていつも先回りして問題回避もしていました。
今でも自分で考えることをせず、「指示待ち人間」になってはいないか不安です![]()
すべては私自身が世間体を気にしていた
ということです。
今、長男には本当に申し訳ない気持ちです![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
親としては、「○○が脳に良い」とか「1日○時間勉強したほうが良い」といった情報を耳にすれば、あれもこれもと全てやらせたくなっていました。
しかし、何から何まで実践して「他人の成功した教育」を目指しても、結果的に子どものためにならないことも多いことがわかりました。
大切なのは、子どものことをよく見て、その子に合わせて取捨選択すること。
手はかけず目をかける
とは全く逆の言動をしてきました。
「他人が成功した教育」を目指すことは親にとっても子どもにとっても負担になっていました。「これくらいでいいんじゃない」と少し肩の力を抜いてみることは大切。
そして、結局のところ、自分の想いを子どもに向けて、期待を背負わせてしまった気がします。親は(特に母親は)自分自身が楽しく笑顔で過ごしていることが大事で、その環境にいる子どもはその背中を見て安心していることでガミガミ言わなくても、成長するのではないでしょうか。
子育てに正解はないのです。
やってみて
ちょっと違うなーと思えば他の方法を試せばいいんです。
そんな気持ちで子育てをしてもらいたいです




今日も最後まで読んでいただきありがとうございます![]()