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映画『沈黙-サイレンス-』を観て
映画『沈黙-サイレンス-』のことを書きます。そのつもりはないけれど、あるいはネタバレになっているかもしれません。
静謐な作品でした。次は「寄り」だろう、と予想される絵が「引き」になっているところがたくさんあって。
展開とともに湧き上がってくる感情が、ふっとそこで抑えられる。
そこに、監督のこの作品に対する向き合い方を見た気がしました。
私が新人の頃、お年寄りに戦争体験の話を伺う際に取るべき態度を教えられたことがあります。
安易に相槌を打つな、先方は小娘が想像できるような生半可な経験を積んできたわけではないのだ、聞いて分かったような態度は絶対にとるな、ただただ黙って話を聴け、と。
切支丹の人たちが晒された苦しみは、我々が到底共有できるものではない、入り込んではいけない、彼らの苦難の傍らにただ立ちすくんで描くしかないのだ、というスコセッシ監督の畏敬の念や真摯さを感じました。
そんな作品の中で、たびたび大映しになる絵があります。踏み絵です。
「沈黙」の中では描かれてはいませんが、この踏み絵にも哀しい物語があります。
踏み絵を制作したのは、萩原祐佐という長崎の鋳物師。長崎奉行所の命によって20枚作り、そのうちの19枚が現在東京国立博物館に所蔵されているそうです。
この踏み絵の出来があまりに素晴らしかったために、萩原祐佐は自らもキリシタンではと疑われ、ついには処刑されてしまうのです。腕の良さが招いた悲劇でした。
この史実を下敷きにして大正時代に書かれたのが、長與善郎「青銅の基督」です。この物語は、過去に1度映画化され、2度ドラマ化されました。
そして、映画『沈黙-サイレンスー』に合わせるかのように、去年再び映画化されたのを先ほど知りました。
http://kaerucafe.co.jp/seidonochrist/
残念ながら劇場公開は終わってしまっているようですが、機会があればこちらも是非鑑賞したいと思います。
静謐な作品でした。次は「寄り」だろう、と予想される絵が「引き」になっているところがたくさんあって。
展開とともに湧き上がってくる感情が、ふっとそこで抑えられる。
そこに、監督のこの作品に対する向き合い方を見た気がしました。
私が新人の頃、お年寄りに戦争体験の話を伺う際に取るべき態度を教えられたことがあります。
安易に相槌を打つな、先方は小娘が想像できるような生半可な経験を積んできたわけではないのだ、聞いて分かったような態度は絶対にとるな、ただただ黙って話を聴け、と。
切支丹の人たちが晒された苦しみは、我々が到底共有できるものではない、入り込んではいけない、彼らの苦難の傍らにただ立ちすくんで描くしかないのだ、というスコセッシ監督の畏敬の念や真摯さを感じました。
そんな作品の中で、たびたび大映しになる絵があります。踏み絵です。
「沈黙」の中では描かれてはいませんが、この踏み絵にも哀しい物語があります。
踏み絵を制作したのは、萩原祐佐という長崎の鋳物師。長崎奉行所の命によって20枚作り、そのうちの19枚が現在東京国立博物館に所蔵されているそうです。
この踏み絵の出来があまりに素晴らしかったために、萩原祐佐は自らもキリシタンではと疑われ、ついには処刑されてしまうのです。腕の良さが招いた悲劇でした。
この史実を下敷きにして大正時代に書かれたのが、長與善郎「青銅の基督」です。この物語は、過去に1度映画化され、2度ドラマ化されました。
そして、映画『沈黙-サイレンスー』に合わせるかのように、去年再び映画化されたのを先ほど知りました。
http://kaerucafe.co.jp/seidonochrist/
残念ながら劇場公開は終わってしまっているようですが、機会があればこちらも是非鑑賞したいと思います。
おむすびオバケが「またおいで」と言ってくれる店
近所の、一方通行のごく細い道に、知らないうちに欧風料理店がオープンしていました。
自宅の1階を改装したつくり。
さっそく入ってみました。
聞けば、去年5月に始めたとのこと。
シェフは、生まれも育ちもこの場所。
マダムの出身地である富山・高岡でイタリア料理店を構えること15年。
そして、ご両親のご昇天にともない帰郷してきたそうです。
まさにご近所さんの憩いの場所。
普段着姿のおばちゃんたちが、賑やかにワインを酌み交わしていました。
好き、こういうお店♪(^ ^)
オムレツやタコのソテーをあてに、私もシャブリを堪能しました。
そして、締めにおむすびを頼んだら…
一人旅において孤独を感じるシチュエーション
403.5kmのロングドライブの末、長崎市内へ入りました。
折しもランタンフェスティバルの真っ最中。
街は大にぎわい!
島原でも天草でも、行く先々私一人。
他に訪門者は見当たりませんでした。
でも、ちっとも寂しくなかったんです。
むしろ、脳内は饒舌。祭り状態でした。
でも…
街のこの賑やかさの中で独りでいることの、なんと寂しいことよ…。
中国式赤提灯を眺めながら屋台でビールでも、と思ったけど、早々に退散しました。
逃げ込むように入った地魚料理の店。
私:「この長崎くじらっていうのは、長崎に揚がったくじらってこと?」
若いバイト君:
「(^o^) 違うと思います。
長崎ではふつうに食べるんです。
おせちにも入ってて、自分けっこう好きです」
そのやりとりを聞いていた板さん:
「ふつうは2人前からんだけど、一人前つくろうか?」






