まさか、そんなはずは・・・俺はその後ろ姿を幻を見るかのように吸い込まれながら歩いていく。
おれは確信した。
もう無理だった、体が自然と動いたのだ。
俺は
彼女に優しく抱きついた。
彼女はピクッと驚き横を見る。
俺は泣いていた。
この感情をもう誰にも止められない。俺は今、昨日までのあの苦しかった時間その全てを手放していた。
>>>>
それからどれくらい経ったのだろう。
3分、いや5分経っただろか
もしかしたら、1分かもしれない。彼女は本を閉じたまま、ただじっとしている。
俺は起き上がり涙を拭いた。
それを見計らったかのように
彼女はゆっくり本を開く。
たぶん、俺が落ち着くのを待っているのだろう。
静かに深く息を吸い込んでベンチの前へ歩いていく。彼女の前に立ち、
「おはようございます」
と声をかけた。それを待っていたかのようにゆっくりと本から視線を外し見上げる。
「おはようございます」
彼女は自然な仕草でベンチへ座るように促す。横に座る。
「早いですね、」
「久しぶに図書館に行きたいなって思ってたら、早く起きてしまって」
「僕も朝早く目が覚めて、足が向いていました」
目が合い、また熱い想いがこみ上げそうになる。視線をそらし、彼女に聞く。
「僕もここで本読んでいいですか」
「えぇ、どうぞ」
彼女は本を開いて読み始める。僕もカバンから本を取り出す。手を伸ばせば触れることろに彼女がいる。悶々と過ごしてきた毎日。自問自答し自信をなくしそうだった日々が嘘のようだ。
確かに彼女は今ここにいる。
また目頭が熱くなる。嬉しくて、泣きそうだ。俺は深呼吸をし上を見上げる。
そこへ急に彼女が言った。
「少し散歩しません?
天気がいいし、気持ち良さそう」
「はぃ。」
本を閉じ鞄へ入れる。彼女は立ち上がり僕を見てほほ笑む。
僕たちは歩き始めた。まるで離れていた時間を取り戻すように、時々目が合ってはお互いにほほ笑む。穏やかな時間だった。桜並木が二人の道をつくっているかのように先へ先へと広がっていく。時々、桜の花びらがひらひらと揺らめいては飛ぶ準備をしているようにみえる。彼女は指先で花びらに触れようと手を伸ばす。
昨日までの沈みかけていた気持ちがまるで嘘のように消えていた。足が軽かった。心が軽かった。ホッとしていた。失うことの辛さを経験してる俺にとって二度は考えられなかった。
彼女が俺の顔を覗き込んで言う。
「卒業おめでとう」
俺は素直に嬉しかった。
「ありがとうございます。頂いたペン大切にします」
「あの色見つけた時、ユイ君が好きそうだなって思ったの」
「好きな色なんです。カバンもペンケースも随分探しました」
「あら、時計も同じ色?」
彼女は笑いながら聞く。
「あっ、はい!」
俺も笑う。
一緒にいるだけでこんなに満たされていく自分に驚く。
彼女の前にいるのが俺でなくてもいい。時々会ってほんの少し話すだけでいい。ただ必要とされた時に隣にいるのが俺であってほしい。そんな気持ちにさえなってくる。雪さんはどう感じているんだろう。そんなことを考えていると、
「歩いたら、お腹すいてきちゃったね。」
「じゃ、この先にカフェありますよ。
安くて美味しいから人気なんです」
「そうなの?じゃ、そこ行きましょう!」
嬉しそうに言う。彼女の足取りが急に軽やかになる。可愛い人だ。
>>>>>
店内は早朝の為人が少ない。ふたりにはそれが丁度よかった。テーブルに荷物を置き、彼女に声をかける。
「コーヒーはホットですかアイスですか?」
彼女は少し考えてから
「アイスにしようかな?」
「AセットとBセットどっちにします?」
「Bセットかな」
「じゃ、ちょっと待っててください」
俺はレジへ向かう。Bセットを2つ頼み、ケースに入っているショートケーキも1つ頼む。
席に戻ると、お水がテーブルに2つ置かれていた。雪さんが取ってきてくれたようだ。そんな些細なことでも嬉しかった。僕たちは、他愛のない話をしながら食事をした。セミナーでの用紙の落書きのことを聞かれ、あれは気がついて欲しくて書いたと正直に話すと彼女は笑っていた。俺にとってまるで夢のような時間だった。
こんな時間を過ごすと知っていれば、あの頃の俺はどうしただろうか・・・。彼女はそのことには一度も触れたことがなかった。何故かはわからない。これからも、それは変わらない感じがした。
どうやら、彼女はカフェが好きなようで休日はそこで何時間でもいて、本を読んだりパソコンで書類を整理したり、インスタなどもしてるらしい・・・。長い時間カフェにいる事が多いらしく、朝ごはんも昼ごはんも食べて1日に数回オーダーするからすぐに店員さんとも仲良くなると笑っていた。
近くにお気に入りのカフェがあるらしく、そこは店内も広く天井が高いから落ち着くようだ。僕にも勧めてくれた。あっという間に時間は過ぎていった。二人とも図書館には行かなかった。もうすっかり忘れていたのだ。帰り際に、彼女からお勧めのカフェの名刺をもらう。
ホームまで送り、彼女は軽く手を振って電車に乗りこんだ。俺は思わず右手が前にでそうになった。彼女を引き留めたい衝動を抑える。伸ばしかけた手を強く握りしめる。
まだ帰したくなかった。
もっと側にいたかった。
ただ、ただ見ていたかった。
ゆっくりと広げて手を振る。僕は電車が見えなくなっても、その場からしばらく動こうとはしなかった。
>>>>>
駅が見えなくなっても、ずっと外を見ていた。イヤホンをつける。ふぅーっと静かに息を吐く。抱きしめられた時、すぐに彼だとわかった。何故だか分わからないが、彼でいて欲しかったのかもしれない。出張中も彼のことを考えていた。毎日のように考えている自分がいたから。
彼が泣いていると知った時、私も泣きそうになった。
彼を抱きしめて、ごめんねと言いたくなった。合わない時間が私の想いを膨らませていたようにきっと彼はそれ以上に苦しく深く悩んだはず。その想いが募る一方で、喪失感をその何倍も何十倍も感じていたとは知らなかった。
本を閉じた。
じっとして私は動かなかった。
私は今にも泣きそうだったからだ。彼が立ち上がった時、落ち着かせるように本を広げ深呼吸をする。
私の前に立ったその時、
私が1つ目の扉を開けた瞬間だった。
横に座った彼は、本を開いて動かない。そーっと見てみると、彼は今にも泣きそうだった。私は胸を抑える衝動に駆られ、つられて泣きそうになる。私は彼に声をかけ散歩へ誘った。
しばらく歩き、少し落ち着いたように見えた。
わたしは彼に話しかける。
撮った花の写真を見せると笑っていた。そして、彼は嬉しそうにペンのお礼を言った。私はロンドンに行く前に千佳にお願いした。二人からと言ってこのペンを渡して欲しいと・・彼女はそれは変だと言ったが結局OKをしてくれた。どうしてあげたかったのか、自分でもよく分からない。わかっていることは、私は彼が気になっているということ。そして、絆創膏を貼ったあの時のように、彼にはどこか懐かしいような・・何かに惹かれたからだ。
そろそろ図書館の開く時間がきた。でももう少しだけ・・一緒にいたかった。そんな気持ちのせいか、朝食を食べてきたのにお腹がすいたと言った自分に驚く。
カフェでは、私が話してばかりだったけど、私の話を聞いている彼は嬉しそうだった。悲しい顔はもうどこにもなかった。食事中の彼の笑顔をみて私は幸せだった。そして強く思った。彼の泣く姿をもう二度と見たくないと。私がした軽率な行動が彼を深く傷つけてしまったことに後悔をしていた。化粧室で名刺にLINEのIDを書いて本に挟んだ。
ホームまで送ってくれた彼。ドアが閉まる直前身体中に何かが込み上げてくる。もしこれが恋人同士なら、きっと駆け下りていただろう。
ドアが閉まる。
目が合い手を振ってくれる彼。見えなくなるまで・・・なんども手をあげる。次第にホームが小さくなり彼も消えていった。
わたしはしばらく外を見たまま立ちつくしていた。
>>>>>
ピーンポーン!
画面には、千佳が早く早くと指を指している。私は笑ってボタンを押す。
玄関へ行き、靴を寄せドアを開ける。
「おっかえりー!!早かったね、昨日着いたの?」
「うん、早く終わったから、一日早い便で帰ってきたの」
「あっちは寒かった?」
「寒かったよ、凍えたもの。」
「だよね、ほらドーナツ買ってきた
多めに買ったから、残りはまた後で食べるといいよ」
「ありがとう!これ、お土産」
「うわ、悪いわね、
荷物多いのに、ありがとね!」
「どういたしまして」
「紅茶がいい??コーヒー?」
「紅茶!」
「じゃ、茶葉選んでね」
小さなガラス瓶の蓋を開け匂いをかいでいく。
「これにする」
茶葉を受け取り、ガラスポットにお湯を注ぐ。
「出かけてたの?」
いつもの部屋着でないことに気が付いたようだ。
「うん、図書館に行ってきたの」
「そーなんだ、私はこれがいい」
お皿にドーナツをのせる。
「実は今朝、ユイ君に会ったの」
茶葉を取り出し、紅茶をカップへ入れる。
「えー、そうなの?私昨日、陸くんと3人でご飯食べに行ったのよ。今日帰って来るって言っておいたんだけど、偶然?」
「うん、たぶんそうだと思う。八時ごろだったし」
「はっやいなー、彼もなんでそんなに早くいたんだろうね」
「なんか早く目が覚めたらしい私も早く起きたの。たぶん時差ボケもあると思う。散歩のつもりで行ったら、彼もいて」
「それで、どうしたのよ」
「少し歩いて、カフェでお茶したの」
顔がほてっくるのがわかる。
「あれぇ?どうしたの雪?」
千佳はニヤニヤしながら私に聞く。
「なんか心境の変化があった?お茶するなんて、すごい展開ね。何?なんで顔が赤いのよ!」
「何言ってるのよ、赤くないでしょ。全くぅ、いつも私をからかって楽しんでるでしょう」
「だって、超楽しいんだもん。こんな女子会みたいな話、何年ぶりだと思ってるのよ」
確かにそうだ。二人とも自分の身の回りのことで手一杯で恋どころか、出会えさえもなく毎日めまぐるしく過ごしてきたから。
「まだ何も言ってないでしょう?」
「何言ってるの、その顔が物語ってるわよ」
紅茶をすすりながら顎でつつく。
「で、彼と何があったの?進展あったから、お茶したんでしょ?」
私は、彼に会って泣きそうになったこと。彼と話して、とても楽しかったこと。そして名刺の後ろにIDを書いて渡したことを話した。
「やっと教えてあげたのね。彼、喜んでいたでしょう!」
「ううん、IDの話はしないで渡したから」
「え!!なに?彼、知らないの?メールきた??」
「ううん、来てない」
「なんで言ってあげないのよ。」
呆れ顔で言う。
「ただ、言いそびれただけよ」
「いつ、気がつくかな?昨日会った時、彼元気なかったよ。私を見つけて驚いてたし。何か聞きたそうだけど、聞かずにいたし。それに、あの日からずっとセミナーも休んでいるでしょう。彼はかなり傷ついていたと思うよ」
それは私が一番わかっている。
彼に抱きしめられた時、全身でそれを感じた。彼の中で膨れ上がっていったであろう喪失感を、全て私が受け取ったから。
>>>>>
「なぁ、この色どうかな?」
「ああいいんじゃないか、こっちも着てみるといい」
濃紺のスーツを手渡す
「じゃ、この二つ試着するわ」
陸はスーツを手に試着室に向かう。俺は、手持ちぶたさでネクタイを物色する。近くにあった椅子に座る。今朝のことを思い出す。あんなに笑顔の彼女を見たのは初めてだった。時々髪を触る仕草や、はにかんだように唇を噛む仕草も全てが新鮮でドキドキとした。また思い出し顔が緩む。何も知らない陸は、俺の余韻をバッサリと遮る。
「どうよ、俺」
鏡の前で満足そうにポーズをする。
「あぁ、それの方がいいな。これと合わせてみろよ」
ネクタイを渡す。
「おっ、いいじゃん。決ーめた!」
寸法を測ってもらい、支払いを済ませる。
近くの店に入りハンバーガーを頬張る。
「お前朝からどこ行ってたんだよ。携帯も出ないし、家行ってもいないしさ」
「出かけてたんだ」
「また図書館か?それとも成田?」
俺の行動を予測しているかのように聞く。
「図書館だよ」
「でも今日帰ってくるんだろ?会えるとしても午後じゃないか?」
「俺も会えると思ってなかったんだよ」
「えっ、じゃ雪さんに会えたのか?」
「あぁ、会えたよ」
「それで、今日機嫌がいいのか」
納得したように言う。
「で、どうだった?話せたのか?」
「あぁ、話したよ。」
「なに話したんだよ、」
「いいだろ、気にするなよ」
「気になるだろうが!この一ヶ月どれだけ俺が世話してきたと思うんだ!」
「日本語間違ってないか?暇で暇で仕方なくて、俺の家に泊まっては食いまくっていただけだろ」
「ひっどいこと言うなー、倒れてないかって心配だったんだよ!で、雪さんはどんな感じだった?元気か?」
「元気そうだったよ。そういえば、帰り際にお気に入りのカフェを紹介してもらったよ。確か名刺をもらったな・・」
俺は財布から名刺を出して、陸に手渡す。
「ん、どれ、図書館の近くかな?俺行ったことないな」
名刺をひっくり返す。
「オィ!!これ、、」
陸が慌てて、名刺の裏側を俺に見せる。そこにはIDが書かれていた。俺は慌てて、陸から名刺を受け取る。
「やったなお前!よく、頑張ったよ」
陸が肩をたたく。俺は嬉しかった。
「よっしゃ!!」
大きな声でガッツポーズをする。
近くにいた女子高生たちが驚いて笑っている。だが今の俺にはそんな視線でも心地よかった。片手を上げ、陸もつられるように手をあげる。
「 パチーン!! 」
店内に大きな音が鳴り響いた。
>>>>>
新聞を纏め玄関へ運ぶ。部屋中にコーヒーの香りが広がっていた。カップを手にソファーに腰掛け、携帯をいじる。
まずは挨拶だよな。
:星野唯一です。帰国したばかりで、疲れていたんじゃんないでしょうか?
長居させてしまってすいません。大丈夫ですか?久しぶりに雪さんに会って、色々な話ができたて楽しかったです。まだ寒い日が続きそうです。風邪に気をつけて仕事頑張ってください。
送信ボタンを押す。
今日一日でかなり雪さんとの距離が近くなった。できればこの状況を維持したい。踏み込みすぎるのは危険だ。やっと掴んだチャンスなのだから。俺は誘いたい衝動を抑えつつも、この無難なメールに満足していた。
>>>>>
ピリン!
携帯に手を伸ばす。見つけてくれたんだと少し嬉しくなる。すぐ返信した方がいいよね・・・。
:こんばんは。少し 時差ぼけしていたんですが、だいぶ良くなりました。
今朝は、私も楽しかったです。ご馳走様でした。ありがとう。
すぐに返信が来た。
期待が半分、不安が半分以上・・・メールをみる。それは自分と同様無難な文章で、つい笑ってしまった。
>>>>>>
あれから1週間が経った。
雪さんはまだ来ていない。続々とみんな座り出す。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に僕の心臓がドクドクと飛び跳ねる。
振り返ると雪さんが僕を見ていた。
「こんにちは」
僕は答えた。
雪さんは通路挟んだ僕の横に座ったいつもは前の席に座るのに、僕は驚きを隠せない。バックから本を出し読み始める。いつもの雪さんだ。
ここ一ヶ月の間で参加メンバーが入れ替わったこともあり、雪さんをチラチラ遠目で見る人が多い。前回よりも若い人が増え、女性よりも男が増えたせいだ。あちらこちらで、笑い声やヒソヒソ声が聞こえる。セミナーが始まりだした。時々メモを取る雪さん。ペンを持つ指先が俺の視線の中に入ってくる。来週は入社式だ。研修も始まるだろう。しばらく、会えなくなるかもしれない。
今日しかないな。
どうやって誘えばいいのか・・・。先生の声が断片的にしか入ってこない為、集中できない。もう途中から理解することを諦めた。
セミナーが終わり、講師に手伝いをお願いされた。片付けを済ませ雪さんを探すが見当たらない。しまった!急いで出口へ向かう。
見つけた。
だが男性と楽しそうに話をしている。どうやら、とても親しいようだ。雪さんの仕草で警戒心のなさがわかる。
一体誰なんだろうか?
また親戚か?彼氏ではないはずだ。陸が千佳さんに聞いたからだ。それに、もしいたとすれば連絡先なんてもらえないはずだ。
遠くて顔が見えない。
そんな俺の視線に気が付いたのは男の方だった。
こちらからは相手の顔が暗くて見えなかったが、数秒目が合った。間違いない俺に気が付いた。男は雪さんの肘に優しく触れながら誘導する。二人は横断歩道を渡って真っ直ぐ歩いて行く。
俺は二人の後姿を眺めることしかできなかった。
>>>>>
「仕事忙しいの?」
「いいえ、少し落ち着いてきたので連絡したんです。久しぶりに雪さんとご飯でもって思って・・・」
蓮君は笑った。彼と会うのは久しぶりだった。
「ここです」
ドアを開けて手を差し出し、私を先に通す。彼のこういう自然な仕草は女性だとドキッとするだろうな。といつも感心する。先にテーブルへゆっくりと向かう彼。後ろにいる私に合わせて歩く。私はその後をゆっくりと歩いていく。
椅子を引いてくれる。
「ありがとう」
彼はにっこりと笑う。
私の顔をみてとメニューを手渡そうとする。
「何がいいですか?」
「んー、任せるわ」
「わかりました」
お薦めメニューを見たあとワインリストを広げる。
「ワインはどうしますか?」
「白がいい」
私は即答する。
彼は軽く手をあげてスタッフを呼び、手際よく料理とワインを注文した。
「雪さんは白が好きですよね」
「うん、白が好き」
「そういえば兄貴はいつも白オンリーで、白がない時は1人ビール飲んでたぐらいです」
「そう言う人なのね。そういうところはホント困った人ね」
私は少し困惑しつつも、彼の話に同調する。それを察してか話題をかえてきた。
「葵ちゃんは元気ですか?」
「葵?えぇ、元気よ。でも、学校が忙しいみたいだけど」
「大変だけど今が一番楽しい時期ですね。彼氏できたかな?」
「私が見たところ、まだいないわね」
「理想が高いのかな」
二人で笑う。
「ところで、セミナー楽しいですか?」
「色々な話が聞けるから、私は楽しいわよ。」
「結構若い人多いですね少し驚きました。年齢層高いと思っていたので。そういえば、最後にカッコいい子が出てきて周りの女の子が騒いでましたね」
「身長高かった?」
「高かったですね。リュックに飛行機のキーホルダー付けてましたよ。」
「たぶん星野君だと思うわ。教室でも目立ってるから、今日はぼーっとしていたようだったけど」
「知り合いなんですか?」
「えぇ、知ってるわ」
「そうなんですね、彼もしかしたら僕とも会ってるかもしれません。この前千佳さんを迎えに行った時に紹介してもらったんです。ユイ君と陸君だったかな?彼と仲いいんですか?」
「そう!ユイ君!知ってたのね。数回偶然に会って話したことあるの。とても気さくでいい子よ。」
「いい子って子供みたいですね」
蓮は苦笑いした。
「だって彼大学生だもの、今年卒業だから。葵と近いわよ」
私は笑って言う。彼も笑う。
笑いながら何故か胸につかえる。
そうだ葵と近い年だ。
もし葵が大学生なら恋人だったとしても可笑しくない。そんな年だ。何だろう。この変な気持ちは。ワイングラスを見つめる。内側についているラインをさらうように白ワインを回す。
ほろ苦い思いと一緒にワインを一気に口へ入れた。
>>>>>
ピーンポーン!
こんな時間に誰だろう。
画面を覗き込むと男女二人が立っていた。わたしは慌てて解鍵ボタンを押す。玄関へ向かいドアを開ける。
「蓮兄さん!どうしたんですか?」
「葵ちゃん、それがワインを飲みすぎてしまって・・・」
蓮兄さんに抱えられて立っているママを見て私は驚いた。
「嘘みたい!とりあえず入ってください。私一人ではベットまで無理なので」
「そうだね、じゃお邪魔するね」
そう言うと、蓮兄さんはママのバッグを渡した。わたしは反対側のママの腕を取る。あまりの重さによろける。酔ってる人ってこんなに重いなんて、、ママ重すぎるよ~と心の中で叫ぶ。どうにか横に寝かせ布団をかけることができた。
「一体どうしたんですか?ママが人に送られて帰ってくるなんて始めてだよ。何があったの?」
「それが、僕にも全然わからないんだ。少しピッチが早いなって思ってはいたけど、まさかこんなことになるなんて。僕がトイレに行ってる間に追加のワインを注文したらしく、もう遅かったんだ。ごめんな。」
「ううん、蓮兄さんは悪くなから。ママが飲みたかったんだと思うし。それより、大丈夫ですか帰り?もう電車ないんじゃ?」
「それは気にしないでいいよ、タクシーで帰るから」
と優しく微笑む。
「じゃ、コーヒー? 冷たい麦茶がいい?」
「そうだな、麦茶を頼むよ」
わたしは、キッチンへ行きグラスに氷を2つ入れて麦茶を注いだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「ママ、どうしたんだろう。なんかあったのかな?」
「そんな風には見えなかったけどな。最初楽しそうに話してたし。ただ途中から少しボーとする時があって、疲れてるのかな?って思ったけど。まさか、あんなに酔ってるとは思わなかったんだ」
「でも一緒にいたのが蓮兄さんで良かった。ママ、重かったでしょう!」
笑って私は聞く。
「痩せすぎなぐらいだよ。ほっといたら風に飛ばされそうだし」
蓮兄さんは優しく笑った。
「ママは飛ばされないよ。あんなに重いんだもん!」
わたしは口をとがらせて言う。
「それより、こんな時間までママと飲んでると彼女に怒られるよ。」
わたしは勘ぐるように聞く。
「仕事忙しくて彼女なんてできないよ。」
首を横に振る。
「またぁ、誰も寄せ付けない空気出してるからでしょう。そんなことしてたら結婚できなくなるよ!ほんと蓮兄さんて、そういうところママとそっくりなんだから。」
「そうかな?」
「そうだよ」
わたしは少し困った顔を作ってから笑う。
「葵ちゃんは彼氏いないの?」
ニヤっとして聞く蓮兄さん。
「わたしは王子様を待ってるから」
笑って言う。
「王子様?どこにいるんだそんな男??俺もお姫様待ってみようかな?」
ワザとらしく周りをキョロキョロする。二人で笑った。こう言うやり取りがわたしは好き。蓮兄さんは全然変わらない。さりげない優しさと、ほっこりジョークで周りを明るくする。
探さなくても、ここにも1人いるんだけどね。
>>>>>
数時間前
「おい、ユイなんで黙ってるんだよ」
陸が呆れ顔で聞く。
「陸、ユイが黙ってるのはいつものことだろ?」
「違うんだ、黙っていても表情があるんだよ」
「なんだよ、どんな表情だよ。見てわかるのか?それ親友しかわからないとか言わないよな?」
「見ればわかるじゃん、どう見ても楽しくなさそうにさっきから水を飲んでるだろうが」
「そうか?いつものユイだと思うけど」
「わかってないなー」
呆れて言う陸。
俺の顔を見て何か言いたそうだ。会話に混ざりたくない俺は、
「トイレ行ってくる」
と席を立つ。
「ほらみろ、めんどくさいから逃げただろ」
「確かにそうだな?」
「なんかあったなあれは、、今日はセミナーだったしな」
「セミナー?何か関係あるのか?」
「あーぁ、大ありだよ。ユイの人生は今セミナー中心に動いているからな」
「そんな凄いセミナーなのか?俺も受けてみようかな?」
「おい、間違ってもそれ今言うなよ。もっと機嫌が悪くなる。勘弁しろよぉ」
「わかったよ、言わないよ。で、どんなセミナーなんだよ」
「やめろ、詮索するとユイが帰るぞ。いいのか?」
「ダメだ!ユイが今日の主役なんだからな。帰るなんて絶対許さないぞ」
「だったら、セミナーの話は禁止だ。わかったか?」
「あぁ、わかったよ。なんで俺が怒られるんだよぉ〜。・・・おっ、メールだ!今向かってるって!」
はぁ、あんな機嫌悪くて大丈夫か。
今日無事終われるだろうか。
無理やり連れてきた俺も悪いが、まさかこんなに機嫌が悪いとは予想もしてなかった。一体誰だよ〜、こんなに怒らせたのは!
勘弁してくれ。
トイレ前の壁にもたれながら、メールを打つ
:こんばんは、今何してますか?
来週入社式でこれから忙しくなりそうなので、その前に良ければご飯でもどうかと思ってメールしました。
よし、これでいい。
送信ボタンを押す。今、あの男と一緒なのだろうか?
間違いなく一緒のはずだ。たとえ一緒でも、雪さんならメールに気づけばすぐ返信してくれるはずだ。
席に戻ると、もう女の子たちも来ていた。
「ユイ、こっちだ」
陸が手招きする。陸の隣の空いてる席、真ん中だ。俺は陸を横目で睨む。目を合わせないように陸は言う。
「じゃ、揃ったので乾杯しましょう」
「かんぱーい!」
「かんぱーい」
今の俺にとって退屈な時間が始まった。
ポケットのスマホを気にしつつ、始まってから一時間が経った。そろそろ頃合いだな。陸の足を蹴る。
「ん?」
「じゃあな」
俺は耳の後ろで囁く。
「えっ!待て待て、一次会でなく1時間しか経ってないぞ」
陸が俺にだけ聞こえるように慌てて話す。
「十分だろ?」
俺は呆れ顔で言う。
「いやいや、お前が十分でも女の子たちは不満だろうよ。確かに無理に連れてきた俺が悪い。でも、なぁ頼むよ、俺の顔を立てると思ってあと1時間だけいてくれよ。マジで頼む!」
陸は悲痛な顔でねだる。
「俺、もう行かないと」
「どこに行くんだよ」
「連絡待ちなんだ今」
俺の言葉で相手が誰か悟ったようだ。
「マジか・・・」
肩を落として呟く。
「あぁ。」
俺は悪気なく答える。
陸はそれでも引かない。
「じゃ、連絡くるまででいいからさ、頼むよユイ!」
泣きそうな顔を作る陸。俺の心はもうすでにここにはなかった。小さくため息をついて答える。
「わかったよ」
陸は嬉しそうニンマリと笑う。
「どうしたの?」
前の席の女の子が聞く。
「いや、なんでもないよ。美鈴ちゃん飲み物お代わりは?」
陸が優しく聞く。
「じゃ、ジンジャエールで」
「もう飲まないの?」
「お酒あまり強くないから、少し休憩しようかと思って」
「お水頼もうか?」
「ううん、大丈夫。
ユイ君だっけ、どうしてユイってみんな呼ぶの?」
俺はまたかと言う顔をした。
それに気づいた陸が慌てて喋り出す。
「あーぁユウイチって小さい時呼びにくくて自分のことユイって呼んでいたら、周りもみんなユイって呼ぶようになったんだって」
「そうなんだ。小さい頃のユイ君って可愛かったんでしょう?」
と美鈴は笑って俺に聞く。その時、ポケットの携帯が震える。俺は慌てて携帯を取り出し、陸を見る。
「悪い、俺行くわ」
その様子を見た陸は、肩を落としながらも
「ああ、わかった。」
と言った。
俺は反対側のポケットからお金を取りだし、陸のジャンパーに入れる。
「じゃ。」
陸は頷き、顎で早く行って来いと合図をした。
店を出て携帯を見ると雪さんからだった。
:こんばんは、メール気付くの遅くなってしまってごめんなさい。今友達と食事中なの。ワインを飲んでいてて、また今度にしましょ
これだけだった。
なんか変だ。誤字もそうだが、文章が途中で切れているような感じがしたからだ。
:どこにいるんですか?
僕も外なので、帰る頃迎えに行きましょうか?
すぐに返信が来た。
:大丈夫、ありがとう
大丈夫って?あの男と一緒だよな。何が大丈夫なんだ。俺は焦ってまたメールを送る。
:どこのお店ですか?
その後は既読がつかない。
急いで陸へ電話する。
「お前!千佳さんの連絡先知ってるよな」
俺は怒っていた。
「もしもし!! おいおいどうしたんだよ、ユイ!」
「千佳さんに連絡して雪さんがどこにいるか聞いてくれ!迎えに行きたいんだ!」
俺の焦った声に驚いた陸は、何も聞かずに返事をする。
「わっ、わかった!すぐ電話して折り返すから待ってろ !」
と言って電話を切った。
長い時間だった。
だがきっと5分も経っていない。
でも、俺には三十分も待ってる気分だった。携帯が鳴った。
「千佳さんが雪さんは大丈夫だって!一緒にいるのは千佳さんも知ってる人だから心配ないって伝えるようにって。大丈夫か、ユイ?」
心配ないって、一体誰なんだあの男は!
「あぁ、大丈夫だ。悪かったな。」
「本当に大丈夫か?」
「あぁ。悪かった。」
電話を切る。くそっ!怒りが込み上げていた。一体俺は何してるんだ。
「もしもし、千佳さん?ユイには伝えましたけど、あれでいいんですか?」
「どんな様子だった?」
「かなり怒ってましたね」
「でしょうね、まぁ仕方ないわ」
「どうしたんですか?」
「雪が珍しく酔ってて、それで心配で探していたんだと思う」
「そーなんですか。で、雪さんは誰と一緒なんですか?」
「古い知り合いよ。だから心配はないんだけど、ユイ君は面白くないでしょうね。そうよ!二人とも彼に会ってるわよ!」
「えっ、いつですか?」
「ほら、この前迎えに来てた蓮よ」
「あーぁ、そうなんですね。いつも冷静なユイが、かなり焦って俺に電話してきたので驚きましたよ。」
「冷静さを失ったのは分かるけど、あの子は雪にとっては弟だから。彼に嫉妬したら雪が離れていくかもしれないわ。」
「そーなんですか」
「えぇ。とりあえず、連絡貰って良かったわ。ありがとう」
「いいえ、あのー、今度ランチでもどうですか」
「いいわよ、時間作って連絡するね」
「はい、じゃおやすみなさい」
「楽しんでね、おやすみ」
電話を切る。
まったく雪ったら、、ため息をつく。明日、問い詰めなきゃ!!顔は笑っていた。
>>>>>
何か音がする。
うっすらと目を開け窓を見る。外は明るくなっていた。
頭が割れるように痛い。
携帯のアラームがそれに追い打ちをかける。携帯、携帯、、あれどこだろう。。。枕周りを手探りで探してると、急にドアが開いた。
「ママ、携帯ここ」
机の上の携帯を私に渡す。
「ありがとう」
「ママ大丈夫?昨日の事覚えている?」
「蓮君とご飯食べに行ったこと、なんで?」
「どうやって帰ってきたの?」
「どうやってって、タクシーでしょう」
「誰と?」
「えっ?」
「えっ、じゃないよ。蓮兄さんが連れてきたんだよ」
葵は蓮君の事を蓮兄さんと呼ぶ。まだ若い蓮君をおじさんと呼ばせるには忍びなかったからだった。
「・・・」
「わたしの方が驚いたんだから。ママ完全に酔っ払ってたよ」
「・・」
確かにタクシーに乗ったところまでしか思い出せない。頭がガンガンするし、胃もムカムカしてきた。
「気分悪いかも・・・」
「薬飲む?」
「薬ないでしょう」
「蓮兄さんが買ってきてくれてたよ。途中で薬局寄ったって言ってた」
やれやれという顔で葵が言う。
わたしは、冷静を装うように言う。
「そっ、そうなの。じゃあ、飲みたい」
なんてことだろう。口の中はカラカラだし喉が痛い。ため息をついて携帯を見る。ユイ君からメールが来てる。
:どこのお店ですか?
うわー、最悪だわ。。自分が送ったメールを見て更に落ち込む。
千佳からもメールが来ていた。
:ユイ君にメールする前に私にメールした方がいいわよ(ハート)
怖い!千佳のメールの方がもっと怖かった。
今は、どちらもメールできない。
いや、メールしたくないのよぉ!
私は布団を頭まで被った。
:ママ、今起きたよ。頭痛いって薬飲んだから。もう大丈夫。
葵ちゃんからメールだった。
:それなら良かった。お大事にって伝えておいて。
送信ボタンを押す。
雪さんのあんな姿は初めてだった。まさか、一人で歩けないほど飲んでいたなんて立ち上がるまで気がつかなかった。不覚だったな、俺としたことが。。。でも、そのお陰で良いこともあった。
「お連れさんは大丈夫ですか?」
タクシーの運転手さんが聞く。
「はい、大丈夫です」
「気分悪そうなら言ってください」
「すいません」
運転手さんに謝まる。
横にいる雪さんを見ると、すっかり寝ていた。つい笑顔になる。車が揺れている。コトンと肩に頭が当たる。そして俺の腕に両手を絡ませて抱きついてきた。俺は驚いてのけ反る。
雪さんは起きる様子もなく気持ち良さそうに寝ていた。恥ずかしさよりも嬉しかった。彼女の温もりを感じて鼓動が早まる。ふと、昔兄貴が言ってことを思い出す。
「雪って可愛いんだよ!
眠くなるといつも俺の肩にもたれて、必ず腕を組んでくるんだ。それが凄く可愛くって、幸せな気分になる。俺ってほんと好きなんだなって思うよ!」
と、のろけていた。
俺はまたかと思いながら聞いていたっけ。あの頃が、兄貴にとって一番幸せだったのかもしれない。
スヤスヤと寝ている彼女の前髪をかき上げる。月明りが彼女の顔を照らす。
本当だ、幸せな気分だ。こんなに幸せだったんだな兄貴は・・・。
今ならわかるよ俺も。
今、その兄貴の場所に俺がいる。
わかってるよ兄貴、
雪さんの幸せが兄貴の幸せだってこと。わかってるから。ガラス越しに見える月の明かりを眺めながら俺は呟いた。
次回、『引き寄せ合う二つの心』
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第5話こちらです