久々に開いたら、自動でログイン出来なくなってた。


ここ数ヶ月が目まぐるしかった。



楽しいことを目標にして、期日を決めてしまうと、人ってこんなにも自分の時間を犠牲にしても、辛くないし、疲れないし、頑張れるし、やり切ってしまえるものなんだなって、思った。


それが、終わってしまうと、また次の楽しい事はないか探してしまう。



つまり、今の仕事に飽きちゃった。



だから、辞める決意をした。



決意をしたら、今度は、辞める為の準備が自然と始まっていく。



名残惜しいなんて、微塵も感じる隙間を作らないくらい、ハイスピードで事が展開していく。



私が、『はい、辞めるよ』って決めるのを待ってたみたいに。



次の楽しいことはきっと、今よりももっと活動的で、創造的で、自由に出来るものがある気がする。



自分の未来が楽しみだニコニコ
今、人気のドラマである。

彼は、このドラマに出てくる家政婦のマネをしてくる。


彼「何かご用でしょうか?」

私「茶碗洗いして。」


彼「それは、業務命令でしょうか?」


私「もちろん!」


彼「…それは出来ません。」

私「出来ないなら家にいる意味ないねぇ。」





これをエンドレスに続けている。


無駄な時間なようで、


唯一の会話が出来る貴重な時間でもある。



最近、つくづく思う。


言葉の大切さ。


買い物に行って、何かを注文して買う時、


「○○下さい。」


と最後までいう人はどれだけいるだろうか。


たまに、単語でしか言わない人達がいる。


「りんご。」


とか


「梨。」


とか言われたら、どう感じるだろう?


え、林檎をどうしたいの?買いたいの?試食したいの?林檎狩りしたいの?


っていっぱい聞きたくなる。


たぶん、買いたいってことだろうけど、


最後まで日本語喋れ!


って思う。


インターネットで単語入力したら検索してくれる機械じゃないんだぞって思う。

また、
たまに見かけるのは、まだ小学生くらいの子供に一人でタバコを買いに行かせる親。


見かけた時は、
こーいうのってアリなの?って不思議な気持ちになった。


どーか、子供の前では、正しい日本語と、モラルある行動を見せてあげてほしい。


子供に、タバコ買いに行かせるお手伝いさせるよりも、


もっと他にお手伝い出来る事いっぱいあるぢゃん。


私も車で、オッチャンにぶちギレてた時、


あ、隣にもし子供が乗ってたらこんな言葉遣えただろうか?


とか、


こんな余裕のない自分を見せていいんだろうか。


とか、


ふと、思った。


色んな事をゆるしていける自分でありたいと思う。