■書評■ 決断力 | 知磨き倶楽部 ~ビジネス書で「知」のトレーニングを!~

■書評■ 決断力

先日、齋藤孝先生が「イチローさんや羽生善治さんといった勝負の世界のスーパースターの言葉は、学ぶこと、学ぶ方法について多くの示唆を私に与えてくれます。(『地アタマを鍛える知的勉強法』 p.188)」とお書きになっているのを読み、そう言えば僕は経営者をはじめとするビジネスパーソン以外の方が書かれた本というのをあまり読まないなあ…と思ったので、まずは第一弾として羽生善治さんの本を読んでみた。
※参考: 【書評】地アタマを鍛える知的勉強法

この本、書店などではよく見かけていたのだけれど、羽生さんの本だし、「決断力」といっても将棋に関することが多いんだろうなあ…と思ってスルーしてきていた。
今、読み終えて思うことは、この本をスルーしてきたなんて、なんと勿体無いことをしていたんだと思うとともに、スルーしたままにならなくてよかったと思う、充実した一冊だった。


羽生さんはご存知の通り将棋の世界のスーパースター。
弱冠26歳で将棋界の七冠を独占するという偉業を成し遂げたことは、今でも強く印象に残っている出来事だし、「羽生マジック」などの流行語も生まれるほどに有名になったし、それまで将棋に興味がなかった人(今でもない人も含む)でさえも、その名を知っているであろうほど。
野球に興味がなくてもイチローの名前くらいは知っているというのと同じくらいだろうか。

午堂登紀雄さんが「上級者になる過程で得られること(基本を徹底するとか、技能はある日突然伸びるから継続が大事とか、プレッシャーを楽しむなど)は、どの分野もほぼ同じ(『知的生産力を鍛える!「読む・考える・書く」技術―あなたのアウトプット力を飛躍させる50の方法』 p.50)」と言っていたけれど、本書はまさにそのことを実感させられるものだった。
※参考: 【書評】知的生産力を鍛える!「読む・考える・書く」技術

僕がそうしたことを感じさせられた言葉をいくつか紹介させていただきたい。

「知識」を「知恵」に:定跡は、ただ記憶するだけでは実戦でほとんど役に立たない。そこに自分のアイデアや判断をつけ加えて、より高いレベルに昇華させる必要がある。(p.26)
言い換えれば、知識は単に得ればいいというものではなく、知識を積み重ねて理解していく中で「知恵」に変えないと生かすことはできない。(p.27)

特にたくさん本を読んでいるのに成果に繋がっていないんじゃないかと悩みやすいビジネスパーソンには耳の痛い言葉。
多読の弊害のように言われることもあるけれど、多読が悪いのではなく、多読にこだわるあまり、自分の頭で考える時間を確保していないことが駄目なのだ。
多読でも、きちんと自分の頭で考えて本の「知識」を「知恵」に昇華している人はいるのだから。


決断は自分の中に:私は、決断するときのよりどころは自分の中にあると思っている。王をとるか、とられるかの厳しい局面では、最終的に自らリスクを負わなければならない。そういうところでの決断には、その人の本質が出てくるのだ。(p.69)
私は、積極的にリスクを負うことは未来のリスクを最小限にすると、いつも自分に言い聞かせている。(p.72)

僕は、ストレングス・ファインダーで浮かび上がった資質の一つに「分析思考」という資質があるように、何事にも取り掛かる前にできる限りのデータや情報を集めて分析・判断しようとする傾向がある。
これは悪く発現すると、取るべきリスクも取れず(決断できず)、結局何も進められないということになりかねない危険な資質だと思っている。
※参考: 【書評】さあ、才能(じぶん)に目覚めよう
羽生さんのおっしゃることもまさにその点だと理解している。
「未来のリスクを最小限にする」という発想は心で理解したい言葉だ。


「好き」という気持ちが原動力:子どもは、好きなことなら時間がたつのも忘れてやり続けることができる。本当に夢中になったら黙っていても集中するのだ。集中力がある子に育てようとするのではなく、本当に好きなこと、興味を持てること、打ち込めるものが見つけられる環境を与えてやることが大切だ。(p.92)
何かに興味を持ち、それを好きになって打ち込むことは、集中力だけでなく、思考力や想像力を養うことにもつながると思っている。(p.92)

まったく同感であり、自分の子どもにそういう環境を用意してやれるように最大限の努力をしたいと思っている。
しかし、思っていることと実践することの間には天と地ほどの開きがあり、たとえゲームでもいいんだと言われようと、やはりゲームばかりに打ち込まれては心配にもなるだろう。
ただ、これビル・ゲイツが学業よりもパソコンに打ち込んで人より早く1万時間の経験を蓄積したことなどのように、実証事例はいくらでもあるんだよね。
※参考: 【書評】天才! 成功する人々の法則

僕自身がどうだったかと考えると、それほどまでに好きで打ち込んだという記憶がないんだよな… 勉強くらいしか(汗)


遠回りの効能:遠回りをすると目標に到達するのに時間はかかるだろうが、歩みの過程で思わぬ発見や出会いがあったりする。将棋でも、直接対局に関係ないように思えることが、あとになってプラスになったということはいろいろある。(p.155)
私は、自ら努力せずに効率よくやろうとすると、身につくことが少ない気がしている。近道思考で、簡単に手に入れたものは、もしかしたらメッキかもしれない。メッキはすぐに剥げてしまうだろう。(p.156)

ビジネスシーンでも、様々な生産性を向上させるツールが出現していることにより、仕事量が増える一方という状況の中で「効率性」は永遠のテーマである。
しかし、若手ビジネスパーソンを見ていると、「効率性」をはき違えている気がする場面も少なくない。
今一瞬の効率性を求めたその行動は、もう少し長い時間で見た時に非効率な行動かもしれない。

僕自身においては、実は今「読書」に関して掲げているテーマがまさに「遠回り」の発想。
今のビジネスやキャリアに直結しなそうなものについても積極的に取り入れていこうという考え方は、単なる趣味の読書ではない以上、遠回りの効能に期待しているものに違いないから。


才能とは…:以前、私は、才能は一瞬のきらめきだと思っていた。しかし今は、十年とか二十年、三十年と同じ姿勢で、同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。直感でどういう手が浮かぶとか、ある手をぱっと切り捨てることができるとか、確かに個人の能力に差はある。しかし、そういうことより、継続できる情熱を持てる人のほうが、長い目で見ると伸びるのだ。(p.170)

まだまだそれだけの情熱を傾けてきた分野というものがないし、今取り組んでいるものに、同じだけの情熱を傾けて取り組み続けられるかという自信もない。
こういう「才能」を発揮できる場所を見つけられたという人は、それだけで周りの人を一歩も二歩もリードしているんだろうな。
組織にあっては部下や後輩の見極めも、今使えるか使えないか、で判断していてはいけないということを再度肝に銘じたい。


本書は5章立てになっているので、ここでは各章から一つずつ言葉を抜き出して紹介した。
しかし、僕が付箋を貼ることになった箇所はこんなものではない。
抜き出した箇所からも分かっていただけるとおり、将棋というものを通して語られる羽生さんの言葉は、ビジネス、子育て等、様々な場面において通用するものばかり。

羽生さん自身がお若いこともあるが、やはり人生訓として活かしやすいのは、20代~30代の若手ビジネスパーソンだろう。
是非とも読んでいただきたい一冊としてお薦めする。


■ 基礎データ
著者: 羽生善治
出版社: 角川書店(角川oneテーマ21) 2005年7月
ページ数: 201頁
紹介文:
決断するときは、たとえ危険でも単純で、簡単な方法を選ぶ。
・決断とリスクはワンセットである
・欠点は裏返すと長所でもある
・早い段階で定跡や前例から離れる
・直感の七割は正しい
・事前研究が三、四割を占める
・ミスには面白い法則がある

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